※ブログ更新が遅くてすみません。
昨日(28日)、冬コミに出かけ、あちこち歩いたせいで筋肉痛バッキバキのワタシです(-_-;)
旅行記の続きを気にして頂いている方がいらしたら申し訳ない思いですが、ノンビリペースで書いていきますので、宜しくお願いします<(_ _)>
4月7日(日)
この日はロンドンから日帰りでレスターに行きました。
レスターの位置
日本人に馴染みの少ないレスターという街は、ロンドンから北に電車で約1時間の場所、バーミンガムの東にあります。
ここも前日訪れたウェイマス同様、コレといった観光地ではないのですが、イギリス旅行も回を重ねるとロンドンから日帰りで行かれる場所も限られてきまして‥(^^;)
レスターにはまだ行った事がありませんでしたし、ロンドンから日帰り可能なのでどんな街なのか取りあえず行ってみました。
この街はサッカーや大学で有名で、確かA家の眞子さんはレスター大学に留学していたのではないでしょうか。
ロンドンのセント・パンクラス駅を9時に出発、レスター着は10時40分。
レスター駅
レスター大聖堂
レスター大聖堂はレスター中心部に位置し、レスター駅から徒歩15分ほど。
中世に建てられた大聖堂はイギリス王室の歴史における重要な建物。ゴシック様式の大聖堂では豪華なインテリアや有名なリチャード 3 世に関する展示品が見どころです。
リチャード三世のお墓
映画や舞台では比較的年配な俳優さんが演じる事もありますが、彼は31歳の若さで戦死しました。
墓石にはリチャードのモットーであった「Loyaulte Me Lie」が記されています。これは古いラテン語で、“Loyalty binds me”(忠誠がわたくしを縛る)という意味で、彼が忠誠心を持って行動していた人物であったことが想像できます。
大聖堂ではリチャード 3 世の霊廟も見学することができます。1485年のボズワースの戦いで戦死したリチャード3 世の遺体は考古学者により市内中心部の駐車場の下で発見され、2015年にこの場所に安置されました。
■シェークスピアの史劇『リチャード3世』の中で、醜い姿をした不機嫌な人物としてえがかれているリチャード3世(1452~85年、在位1483~85年)=図上。
王位に就くため、妻、兄、幼い2人の甥など近親者を次々と手にかけた「惨忍な暴君」というイメージが定着していますが、一方で戦場では「勇猛果敢な王」だったとも言われています。2012年、そのリチャード王の遺骨が、埋葬されたと伝えられるレスターの修道院跡地(現在の駐車場)で発掘され、一大ニュースとなりました。そして、その歴史的発見を辿ることができるビジターセンターが、同地にオープン。開館前から行列ができる人気ぶりとなっています。
大聖堂のすぐ近くに「リチャード三世・ビジターセンター」はあります。
街の中にはマーケットもありました。
レスターはインドからの移民が多く『カレー』が有名で、イギリスの公式的なカレーの街として認知されています。
『ゴールデンマイル』という通りには、イギリス最高のアジアカレーハウスの店があるそうです。
(どのお店か分からず、ご紹介出来なくてすみません)
時間の関係で私達はインド料理を堪能する事なく、ロンドンに戻りました。
ロンドンのセント・パンクラス駅はユーロスターの発着駅という事もあるのか、色々なお店が充実していてブラリと覗くだけでも楽しいです。
日本でもお馴染みのキャス・キッドソンのお店もありました。
私と母がその可愛さに一目惚れしたお財布。
母は以前からお財布を買い替えたいと言っていたので、即買い♡
10%割引で購入出来たので、お得でした。現在は母の財布として活躍しています。
この日は年に一度の「レガッタ」の日でして、昨年のレガッタはスキップトン(ヨークシャー)のホテルで生中継を見ていたのですが、今年は大会の時間までにホテルに戻れなかったので、TVニュースで結果を見ました。
ちなみに女子も男子もケンブリッジの勝利でした。
※レガッタ=ザ・ボートレース。オックスフォード大学ボートクラブとケンブリッジ大学ボートクラブが毎年4月にテムズ川で行う競漕大会。
2020年のボートレースは3月29日だそうですが、私達の旅行は4月の予定なので、現地でニュースを見る事はなさそうです。
旅行記はまだ少し続きます<(_ _)>
追記:この後もまだロンドンからの日帰り旅行が続くので、それについて書くつもりでいましたが、家族が病気療養に入り、身辺が慌ただしくなって参りました為、旅行記はここで一度ストップさせて頂きます。
もしも続きを待って下さった方がいらしたら申し訳ありません。