偽善ってなんだ | 赤い糸、絡ませて。

偽善ってなんだ


社会に出てそう長くはないわたしですが、

そんな社会人生活の中で、一番仕事に追われていた時期。

自分と同じ年代か、少し上かという子達と一緒に働き、

彼らに指示を与えたり管理する立場にいた時のこと。



ある日出勤すると、

同じく出勤していたある男の子に「今、いいですか」と。

二人で話したいんです、と人払いするように頼まれた。


何か仕事に対して悩み事でもあるんだろうかと思い、

二つ返事で了承したところ。

彼が切り出してきたのは、わたしの予想を上回る話だった。



「テツカさんだったら、引かずに聞いてくれるかと思って。

 僕ね、」



彼が口にしたのは、自分はある病気を患っているということだった。


当時、ストレスの温床のような状況だったその職場。

そして何より、その過度のストレスがこの病気を大敵なのだと言う。

わたしにそれを告げることによって、わたしが上に掛け合って、

少しでもその原因が取り除けられれば、と思ったそうだ。


彼の告白を聞いた直後のわたしの返事は、


「あ、そうなの。」


あっさりしすぎか。笑



驚かなかったと言えば嘘。

でも、衝撃を受けなかったのは本当。

だって今となっては世界中に蔓延している病だから。

自分の生活範囲内にそんな人が居ても、ちっとも不思議じゃない。


恥ずかしい話、わたしはこの病気に対して、

予備知識なんてものは皆無に等しくて。

ただ知っていたのは、この病気を患うこと=差別の対象、になり易いこと。


それだけを知っていたからこそ、

平静を装おうとしていたのかも知れないけれど。



それから後、仕事はどんどん慌しくなっていった。

正直わたしは自分のことに手一杯になり、

自分に振られた仕事と職場の全体像を把握することが限界で、

いつの間にか彼の言葉を忘れてしまっていた。


少し経って、彼はその仕事を辞めた。

辞めた理由を又聞きすると、

友達の店を手伝うだとか、一緒に店を出すだとか、そんな感じ。

本当にその通りだったなら、そう悪いことではない。


でも、それって本当?


理由を聞いてすぐ、そう思った。

きっとそう思ったのは、わたしだけだと思う。



今思えば、わたしは彼を特別視しなかった。最後まで。

面接で顔を合わせた時から、研修が始まってから、

病気の話をされてから、そうして辞める当日まで。


距離を取ろうともしなかったし、縮めようともしなかったってこと。


本当にそれで良かったのかなあ、なんて今更思うのです。

いや、九割くらいはそれで良かったと思っているのだけれど。


緊張か、恐れか、話しながらも細かく震えていた彼の姿が印象に残る。

彼は今元気だろうか。



なんて、唐突に思い出したのでした。