小説ってほど長くはありません。
上げる予定はなかったのですが、一時的に上げます。
ちなみに、この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません!
↑重要!!
まあ、舞台は幕末です。そういうことです。
絵本のテキストのつもりだったので、さいごは無理にまとめちゃってます。
そんなんでも良かったら、読んでくださると嬉しいです。
因みに(二回目)、また直して上げるかもしれません。(結局未完……)
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『梅次郎のこころざし』
いぬは忠義な生物だという。
忠義とは、自分のまことの心を信じる者にぜんぶあげてしまうことだ。
「梅次郎はかしこいいぬですね」
忠義をおしえてくれたひとが梅次郎の頭をなでる。
ここはお地蔵さまが守ってくださるお寺。
近くにすむこどもたちとあそぶために、そのひとはよくここに来る。
そのひともお寺のすぐ近くにすんでいるのだ。
「梅次郎に仲間はいないのですか?」
忠義はひとりでは役に立てられないという。家族や仲間、自分ではない誰かのために忠義はある。そして、それがあると背中がぴんとして、まっすぐ立っていられるらしい。
梅次郎はそのひとの目をじいっと見た。
忠義は目の中に見える。そのひとの目は底の見えない池に似ていた。
「わたしが仲間ですか? よかった! そう思っているのがわたしだけだったらかなしい、と思っていたんです」
そのひとはたしかに梅次郎の仲間だ。
そう思ったのは、はじめてあったときで、やっぱりこのお寺だった。
梅次郎にはまだ名前がなかった。ちいさな梅次郎を見たひとはいぬっこ、なんて呼んだ。
ぼろっ、としていてみすぼらしいいぬっこは、いつもひとりでうろうろとしていた。
その日は朝から雨で、夜になるほど強く降った。
いぬっこは、三日の間なにも食べていなかった。
雨はざんざん叩きつけるようで、いぬっこはもう立ってはいられない。
屋根のあるところへ。
いぬっこがとび込んだのは、お地蔵さまのお寺。その中のちいさなお堂の屋根の下だった。
ざんざん ざんざん
まるたけえびすに おしおいけ
雨の音にまじって、ちいさな声が聞こえた。
あねさんろっかく たこにしき
だんだん声は大きくなる。それはこどもがよく歌っているてまり唄だ。
その歌がぴたりと止まる。そして、いぬっこの目の前に大きなおとなの足があらわれる。
「おや、せんきゃくが」
門は閉まっているのに、そのひともこっそりとここへ来たようだ。
「となり、いいですか?」
そのひとはいぬっこの横に座った。そして、大きなため息をつく。
「あのこたちをこわがらせたくはなかったのに。けがをさせるなんて」
そのひとはとても落ち込んでいるようだった。いぬっこはじっと雨の音を聞いている。
何かを思い出したように、となりに座る人はふところから紙を取りだした。
赤や黄、茶色のちいさなおせんべいやお砂糖菓子。
それがたくさん挟まっている。
「もらいものなんですけど、これはふきよせという、ひがしをあつめたおかしです」
そのひとは「どうぞ」と言って、いぬっこのまえに紙を広げた。
「それをたべるあいだ、わたしのはなしをきいてくれませんか?」
そのひとの話には、いぬっこにはわからない言葉がたくさんあった。
ただ、そのひとは、自分の鼻にある痛そうな怪我より大きな傷を持っていて、それがとても痛いと思うことは、もっと痛い思いをしたひとたちに悪いから、その傷を雨で埋めてしまうためにここへ来たのだ。ということは、わかった。
「はなしをきいてもらえてよかったです。ありがとうございました」
そのひとは話し終わるとすぐに立ち上がった。
本当はもっとはやく帰らなければいけなかったのだという。
ざんざん ざんざん
「そうだ!」
そのひとは急にいぬっこの方を向いて「おなまえは?」ときいた。
いぬっこはだまっていた。
「なら、うめじろうとよんでもいいですか?」
そのひとは地面に枝で梅次郎、と書き、こどものように首をかしげた。
「わんっ」
いぬっこは一つほえた。
「よかった。このおどうのかみさまは、うめをとてもたいせつになさるんです。きっとうめじろうをまもってくれますよ。じろうはむかしのわたしのなまえなんです。もらってくれますか?」
梅次郎がまた一つほえると、そのひとは本当に嬉しそうに笑った。
「こんどは、いろいろもってきます」
そう言って、そのひとは走って去っていった。
それが、もみじが赤くなりはじめたころ。それから、梅次郎は毎日このお寺に来た。
次の、次の日。
雨の日に会ったひとは本当にいろいろ持ってやって来た。
お腹を空かせた梅次郎におにぎりを渡して、てぬぐいで汚れた梅次郎のからだをふいてくれた。
そのひとがお寺に来ると、当たり前のように近所のこどもたちが集まってくる。
梅次郎もみんなと鬼ごっこやかくれんぼをしてあそんだ。
こどもたちは梅次郎がどろだらけになっても、なでたり、抱きついたりする。
みんな、梅次郎の仲間だ。
ある日、梅次郎はこの辺りで一番大きな川の河原を歩いていた。
ここには小間物やお団子を売るたくさんのおみせが並んでいる。
その中のひとつで、お団子を食べているのは名前をくれたあのひとだった。
近くに行きたい。
そう思ったけれど、梅次郎はやめた。
そのひとは腰に刀を差していた。
あれはひとを傷付ける。あのひとは傷付けることが心から嫌いなようだったのに。どうして持っているのだろう。
それに、ひとりではないようだった。同じ柄のはおりを着ているひとがとなりに座っている。
梅次郎は、別のみせをそっとのぞいてみた。
「まあ、かいらしおいぬはんやなあ」
丁度、みせから出てきたおんなのひとが梅次郎を見て言った。
おんなのひとは、お春という名前だという。
お春と梅次郎は川をさがりはじめた。
お春はひとを探しているらしい。
「おいぬはんはのらやのに、はんなりしとるなあ」
梅次郎のきれいな毛並みをお春はほめているようだ。
「あんひとに、ちょいとにとるわ」
お春の探し人は品がなく、せっかちで無鉄砲に見えるが、実は誰よりも遠い先のことをじっくりと考えているらしい。
ぴーー!
とつぜん、高い笛の音が響いた。
「そこのもの、てむかいするようならきるぞ!」
遠くからでも大きな声が聞こえた。
おとこが四人。ふたりはさっき見たあのそろいのはおりを着て、刀を抜いている。
他のふたりは棒のような物を持って、はおりのふたりに襲いかかる。
だんっ!
襲いかかったひとりが刀で斬られて倒れた。もうひとりは「ひい」と叫んで逃げる。
はおりのふたりはそのあとを追った。
ひとが斬られたおとこのまわりに集まる。
「……よかった」
梅次郎はよくない。あのはおりのふたりは、たしかにお団子を食べていたふたりだったのだ。
「なんちゅうやつや、ておもたろ? ほんでも、きられたんがあんひとやのうてよかったおもうとるのが、うちのほんねえ」
お春には命と同じくらい大事な秘密があるそうだ。今の世の中、命より大切なものを抱えて、たたかうひとがたくさんいるという。
あの斬られたおとこはそれを守りきれなかった。斬ったほうは守った。
「たいせつなもんのかたちは、ひとつやない。そやけど、よびかたはひとつ。こころざし、や」
梅次郎にはよくわからない。けれど、こころざしは忠義によく似ていると思った。
「うちのさがしとるひとな、うめゆうさかい。おったら、うちんとこしらせにきてや」
梅次郎はちょっとおどろいてお春を見上げた。
梅の香りがどこからかただよってくる。
梅は、梅次郎にふしぎな梅の縁を運んできたようだ。
「うめじろう、わたしがひとをきるところ、みていたのでしょう?」
蝉が鳴きはじめたころ、とつぜん、そのひとはそう言った。
お地蔵さまのお寺で、名前をくれたひとと梅次郎が並んで座るのはもう何度目だろうか。数えられないほどだ。
「まえに、ちゅうぎのはなしをしましたね。でも、ひとはちゅうぎだけではすぐにしんでしまう、とはいいませんでした」
信じるものがなくなってしまったとき、忠義だけでは自分もなくなってしまう。
けれど、決してなくならないものが、本当はあるという。
「それがこころざしです」
「わんっ」
梅次郎がほえた。
「うめじろうは、しっていましたか」
そのひとは誇らしそうに笑う。
「さすが、わたしのなづけたうめじろうです!」
それから、そのひとは立ち上がると、差してもいない刀を、腰からすらりと抜くふりをした。
その目に見えない刃を梅次郎に向けて見せる。
「わたしはことばではたたかえません。たたかえないと、たいせつなものをまもることもできない。だから、けんをてにとります。それがぶし、といういきものです。ぶしは、ぶしのみちをあるくものです。そのみちのはてに、こころざしはあります。はっきりとしたすがたはみえない、それをまもるために、ぶしはみちをさえぎるものをきりすてます。それがたとえ、じぶんのたいせつなもののひとつだったとしても。ぶしは、こころざしにちゅうぎをつくさなければいけないんです。ぶしとは、こころざしのうつわなのだから」
梅次郎の目に、あるはずのない刀が見えた。
そこには、見たことのある底のない池の水面が見える。そのなかで、魚のような影がゆっくりと動いた。
梅次郎の何倍もある、大きな影だ。
魚なのかもわからない、あれがこころざしというものなのだろうか。
「あ、おったおった。うめじろうもおる」
遠くからこどもの声が聞こえた。
「ためぼう!」
にっこりと笑ってこどもに振っているその手に、もう刀は見えなかった。
「みんないそがしいゆうて、あそんでくれへんから」
ためぼうの本当の名は為三郎だ。お寺の横に住んでいるから、ここへは他の子よりもよく来る。
「じゃあ、きょうはなにをしましょう――」
こほっ こほっ ごほっ
言いかけて、急にせき込む。
「どないしたん? くるしいんか?」
ばっ、とせきとともに赤いものが飛んだ。
「……それ、ちいやないか?」
血を吐くのは肺の病だと、誰かが言っていた。それは、ほとんど治ることがない、とも。
為三郎が人を呼びに行こうとする。
「あのひとたちには……いわないで……」
「せやけど――」
「ためさぶろうっ!」
どんなときでも笑っているひとが、鬼のような顔で怒鳴るとそれは恐ろしい。
本当は声を出すのもつらいはずだ。
為三郎は固まってから、こくりと頷いた。
「ためぼう……かえのきものを、かしてはくれませんか?」
やっとせきが止まる。為三郎はすっとんで着がえを取りに行った。
ひゅー、ひゅー、としばらく荒い息が続く。
「……ちゃんとはなしますから。よいやまのひに」
梅次郎の見て、何を思ったのか、そう言って笑った。
宵山とは、この辺りでとくに賑やかなお祭りをはじめる準備のためのお祭りだ。
「ここで」と言ったとき、為三郎が戻ってきた。
さっと着がえて、ふたりは去っていく。為三郎はずっと泣いていた。
きっと、重い刀を持つのだってあのひとには大変なのだ。
それでも、刀を持たない弱いものになって、武士の道を外れることは、あのひとにとって、ふらふらだった梅次郎の何万倍も辛いに違いない。
宵山の日。梅次郎がお寺の中で座っていると、
「いけだやはんで、おっきなとりものやて」
「またみぶろやろ? あないにやばんなやつら、ろうぜきもんとなんぼもかわらんやないか」
そんな話声が、祭りのにぎわいの中から聞こえてきた。
梅次郎はとりものもみぶろもなにかわからない。
だが、なぜか心がざわざわとした。
池田屋は店の名前だ。その前を何度か通ったから知っている。
梅次郎は池田屋に向かって走り出した。
「こらっ、はいってくるなっ」
池田屋の周りには武器を持ったひとが大勢いた。
そのひとたちの間を梅次郎は走り抜ける。
「ばかやろー! こんなになるまでなにやってんだよ、おまえは」
店からそんな怒声が響いてきた。
姿が見えたわけではない。
だが、梅次郎には、あのひとの病が知れてはいけないひとに知れたのだとわかった。
もう、刀は持てないのだろうか。
「わんっ! わんっ!」
梅次郎が大きく何度もほえた。
「いぬ? なんだっていっぴきでこんなとこを――」
店の中から驚いたような空気が伝わってきた。
「おろしてください! うめじろうなんです!」
梅次郎が店の中に飛び込んだ。
「あ! うめじろう! やっぱりうめじろうはちゅうぎものです」
斬った相手の血と、自分の吐いた血で着物は汚れている。
倒れて戸板で運ばれるはずが、梅次郎の声で目を覚ましたようだった。
なでようとしても、手が上がらない。梅次郎がその手に鼻を押し付けると、そのひとは嬉しそうに笑った。
こころざしとは、なんだろうか。梅次郎には、まだ見つからない。
今の梅次郎にあるのは、忠義のこころだ。
けれど、きっと、この世を歩いていれば、こころざしはいずれ見つかるはずだ、と梅次郎は思う。
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ここまで読んでくださってありがとうございましたm(_ _)m
いやー、絵本のテキストしばりは、だいぶきついですね。
実際、絵本じゃないし。
これはまた、良い用途を考えて消すつもりですが、それまではよろしくお願いします。