担当:とみ

 

0.笑顔の効果の根拠

 

0-1経験としての笑いの効果

a 笑いやユーモアなどのポジティブな心理効果が身体的健康と結びついている

b 古来より人々の経験的に知っている

Ex)笑う門には福来たる←ことわざ,a merry heart doeth good like a medicine←聖書に示される言葉

 

1.笑いの心身への影響についての研究

 

1-1      快感情を伴う笑いの肯定的影響

1-1-1 Cousins(1976, 1979)による報告

a 身体的、精神的健康に肯定的な影響

b 研究者自身を被験者とした例

→笑いのどの要素が影響を及ぼしたのか不鮮明

c  笑いによって赤血球沈降速度の低下

d β-エンドルフィンのような内因性の麻薬物質が生成

→免疫システム機能が亢進された可能性

β-エンドルフィン:脳内で働く神経伝達物質の一種。鎮痛効果や気分の高揚・幸福感などが得られる(厚生労働省)

e 強直性脊椎炎を患い、痛みによって眠ることも困難

f 10分 間の健康的な笑いは痛みの抑制を引き起こす

g 2時間痛みから解放され眠ることができたと報告

1-1-2  Takahashi et al (2001)による報告

a 笑いによる不快気分の低下、ポジティブ気分の増大

b 被験者にコミックビデオを視聴させ、前後で気分を測定

c 不安や心配などの否定的感情の改善が認められた

1-1-2 Dillon, Minchoff and Baker(1985)による報告

a 身体的健康の増進

b 2つの異なるビデオを視聴する条件で比較

c 30分のコメディビデオの視聴

d 30分の教育的ビデオの視聴

e コメディビデオ条件において免疫グロブリン(SIgA)の値がベースライン よりも高くなることを報告

免疫グロブリン(SIgA): 唾 液、鼻 汁、汗などの分泌液に存在。病 原体の粘膜侵入の阻止や毒素の中和作 用をもつことから、粘膜免疫の主体とされている。疾病から体を守る重要な役割 をもつ。

1-1-3 McClelland and Cheriff(1997)による報告

a 身体的健康の増進

b 2つの異なるビデオを視聴する条件で比較

c コメディビデオの視聴

d 第二次世界大戦のドキュメンタリービデオの視聴

e コメディビデオ条件においてSIgAの値が高まる

 

1-1-4 聖マリアンナ医科大学研究チームによる報告

a NK細胞の活性が上昇

落語を聴いた後にNK細胞の働きがどのように変化したのかを調査

NK細胞: ウイルスによる感染やがん細胞に対する初期防御機構としての働きを担っているリンパ球の一種。

1-1-5 吉野槙一(2003)による報告

a 気分の上昇

b コルチゾール、インターロイキンの減少

コルチゾール:ストレスに起因するホルモンの一種。肝臓での糖の新生,脂肪の分解,タンパク質代謝,血糖上昇作用などの代謝作用を有し,また,抗炎症および免疫抑制などにも関与する。(公益社団法人 日本産婦人科医会)

インターロイキン:関節の炎症を起こす免疫細胞の一種。

c 落語を1時間聴いて笑った前後の状態を調査

d 関節リウマチ患者は痛みの大幅減少が確認

 

1-2 快感情を伴わない意図的に作られた笑顔

1-2-1 Shahidi et al (2010)による報告

a 身体的健康の増進

b 笑いヨガの実施群と実施していない群の比較

c 抑うつ得点の低下、生活満足度の得点の向上

1-2-2 西田・福島(2012)による報告

a 身体的健康の増進

b  笑いヨガによってNK細胞の活性増大が認められる

1-2-3 Hirosaki et al(2010)による報告

a 身体的健康の増進

b 笑いと運動からなるプログラムを60歳以上の高齢者に実施

c 実施した群の骨密度上昇

1-2-4 田中ら(2003)による報告

a 精神的健康の増進

b 看護師を対象

c 笑顔で過ごすことの有効性についての勉強会、笑顔マニュアルの作成、配布

d 業務中の積極的な笑顔の取り入れ

e バーンアウト尺度の得点の低下

→ストレス軽減

 

1-3 笑顔を作っているという意識を伴わない笑顔

a ペンホールディング法(Strack et al.(1988)):ペンを咥える ことによって笑顔を作っているという意識や認識を生じさせることなく笑顔を作る方法

b 笑顔でいるという認識を持たない

→健康への影響の偽薬効果を排除

c 自発的笑いと意図的笑顔の身体的、精神的影響を比較

d 笑いに伴う快感情の有無が必要かを検討

e 意図的笑顔:意図的に作った笑顔

f 自発的笑い:笑い喚起刺激によって引き起こされる笑い

g 機械的笑い:笑顔を作っているという意識を伴わない笑顔

1-3-1 Strack et al.(1988)の報告

a 笑顔を作っているという意識がなくとも,その笑顔が心身に影響が及ぼす可 能性

b ペンを上下の前歯でかむようにして咥えることで笑顔に似た表情を作る条件

c ペンを唇で咥えることで笑顔とは異なる表情を作る条件

d 2つの条件下において風刺漫 画の面白さ評定を比較

e 笑顔条件において風刺漫画の面白さ評定が高い

1-3-2 無意識的な笑顔が心身の健康に及ぼす影響

←検討した研究はほとんど行われていない

a 健康増進に影響する笑いの要因を明らかにすることを目的

b 3種類に分類した笑顔の作業ストレスの 軽減に及ぼす影響について検討

c 自発的笑い:快感情を伴う笑い

d 意図的笑顔:快感情は伴わないが笑顔を作っているという 認識を持つ

e 機械的笑顔:快感情も伴わず笑顔という認識を持たない

 

1-4  藤原 裕弥(2015)による報告

1-4-1 結果

a 精神的健康の増進には、快感情を伴う笑いが必要

b 身体的健康を亢進させる笑いの要素(快感情、笑 いの意図性)については不明瞭

1-4-2 自発的笑い

a 精神的健康に肯定的影響を及ぼす

b 身体的健康には影響しない可能性

c ストレス負荷によって低下したポジティブ気分を回復させる

1-4-3 意図的笑顔や機械的笑顔

a 精神的健康,身体的健康のどちらにも肯定的な影響を及ぼさない可能性

b 実験前後での被験者への特異的な影響はない

1-4-4 考察

a 笑いの身体的健康への影響

→長時間の笑いや、より強い笑いが必要である可能性

b 笑いよる精神的健康への影響

→低い健康状態を平均的な値まで押し上げる平均化効果 (normalizing effect)である可能性

c 健康状態を平均 以上に増進するわけではない

 

2.笑いの身体的/精神的影響

 

2-1 考察

2-1-1 笑いのポジティブ効果

a 笑いには身体面、精神面両方での効果が期待される

b 様々な見解があり、断定できる段階にない

 

2-2 身体面に及ぼす効果

2-2-1 免疫

a チュラルキラー細胞(NK細胞)の上昇

b 癌患者の外科的治療後、免疫学的スコアの維持

c 癌患者の化学療法後、免疫学的スコアの上昇

2-2-2 ストレス

a コルチゾール濃度の低下

2-2-3 自律神経系

a 心拍数の低下

b LF(低周波成分)/HF(高周波成分)の低下

LF(低周波成分)/HF(高周波成分):交感神経と副交感神経のバランスによって、心拍変動へのHFの変動波とLFに変動波の現れる大きさが変わるため、これを利用して心拍変動から自律神経のバランスを推定することが出切る。

c 加速度脈波a-a間隔の低下

加速度脈波a-a間隔:末梢血液循環を評価する指標

d 皮膚表面温度の上昇

e 末梢血管径のわずかな増大

2-2-4 心疾患

a 心疾患率が低い

2-2-5 睡眠

a 睡眠時間が長い

b 睡眠の質得点および量得点が高い傾向

c 睡眠の位相(リズム)得点が高い

d 3次元型睡眠尺度が低い

3次元型睡眠尺度:位相・質・量の3つの睡眠関連問題について 測定する尺度。低い方が良好な睡眠といわれる。

2-2-6 骨密度

a 骨密度の上昇

2-2-7 疼痛改善

a 疼痛感覚VAS(Visual Analogue Scale)が改善

b 高齢者うつ尺度短縮版(GDS-S-J)の体の痛みの軽減

2-2-8 嚥下機能

a 嚥下時間感覚の減少

 

2-3 精神に及ぼす効果

2-3-1 気分

a 日本版POMS短縮版の緊張―不安、抑うつー落ち込み、怒りー敵意、疲労―混乱の減少・活気の増加

日本版POMS短縮版:「緊張」「抑鬱」「怒り」「活気」 「疲労」「混乱」の6尺度から、被験者の最近の気分や感情の状態を測定する、質問紙法の気分プロフィール検査。

b STAI状態・特性不安検査の低下

STAI状態・特性不安検査:不安の2因子、「状態不安」と「特性不安」を測定。

状態不安:たった今この瞬間にじぶんに当てはまる不安。

特性不安:普段のいつもの自分に当てはまる不安。

c パーキンソン患者の自己評価抑うつ尺度の低下

d SF-8(QOLを測定する尺度)のMHZ(心の健康)の増加

2-3-2 ストレス

a 2次元気分尺度の低下

b 自覚的ストレス度が低い

c バーンアウト得点が低い

バーンアウト:身体的・精神的な疲労によって、エネルギーが奪い取られ疲れ果ててしまう状態。

d 育児をしている母親の日本版PSI育児ストレスショートフォームの改善

PSI育児ストレスショートフォーム:親の育児ストレスを測定することのできるツール

2-3-3  対人関係

a 日本語版自己開示尺度のメンバー間のコミュニティー促進

2-3-4 ワーカホリズム、ワーク・エンゲイジメント

a ワーカホリズムスケールが低い

ワーカホリズム:過度に働くことへの衝動性ないしコントロール不可能な欲求を表す概念。

b ワーク・エンゲイジメントスケールが低い

ワーク・エンゲイジメント:従業員が仕事に対して感じている充実感や就業意欲を総合的に表現した言葉であり、心の健康度を示す概念。

 

3.笑いと長生き

 

3-1 幸福感と寿命

3-1-1健康長寿の達成

a  ヨーロッパの研究

b 自分が幸福だと感じる人ほど長生き

←介護をも必要としていない

3-1-2 日本人を対象とした研究

a 人生を楽しんでいる男性は脳卒中、心臓病になりにくい

→これらの病気による死亡率の低下

3-1-3 自律神経

a 交感神経よりも副交感神経を刺激

Ex)娯楽、リラックス、趣味

b 交感神経:ストレスの影響を受けやすく、体が緊張状態になる

c 副交感神経:リラックスした状態になり、体のコンディションが整う

3-1-4 ポジティブサイコロジー

a 人間のプラスの特性を科学的に研究する学問

b 幸福感や感謝等のポジティブ感情やウェルビーイング、強みや美徳等

c マーティン・セリグマン(Martin Seligman)(2007)が提唱

d 人間の本来持っている力に目を向ける

→より良く生きていくことができるという考えから誕生

3-1-5 幸福度と長寿の研究

ドイツのハイデンベルグでの研究(1996)

自分が幸福だと感じている人ほど長寿←健康的

生活を楽しむ意識の高い男性は心臓血管系の病気になりにくいEx)脳卒中、心筋梗塞

 

3-2 笑顔と寿命

a Abel and Kruger(2010)による報告

b 写真上の笑顔と寿命との関連を検討

3-2-1 結果

a 寿命に7歳もの差が生まれる

b 笑顔が全くみられなかった被験者の平均寿命→72.9歳

c 歯を見せて満面の笑みを浮かべていた 選手の平均寿命→79.9歳

3-2-2 研究方法

a  米国のプロ野球選手を対象

b  1952年の時点で現役 であった230人の選手の顔写真を分析

c 笑顔の程度を3段階に評価

→その後の寿命との関連を検討

d 2009年までの 追跡調査で184人が死亡

e その後同様に米国のプ ロ野球選手を対象として再解析

→笑顔と寿命との関連はみられなかった(Dufner et al., 2018)

 

3-3 笑いと寿命(死亡)

a JAGES(Japan Gerontological Evaluation Study,日本老年学的評価研究)による報告(2020)

3-3-1 結果

a ほとんど笑わない人において死亡 リスクが上昇しやすい

b 週に1回以上声を出して笑う人と比較した死亡リスク

c 週1回未満、月1回→0.85倍

d ほとんど笑わない(月1回未満)人→ 1.93倍

e 性・年齢調整済み

3-3-2 研究方法

a 40歳以上の山形県住民男女17,152人を対象

b 日常生活における声を出して笑う頻度を検診に併せて評価

e その後最大8年間(中央値5.4年)の総死亡との関連を調査

3-3-3 笑いの 頻度と死亡との関連

a 健診時の高血圧、糖尿病、喫煙、飲酒を調整した後も同様の関連がみられる

←性別、年齢だけでない

b これらの因子とは独立して死亡を減らすことと関連している可能性

 

3-4 笑いと介護

a 日 本 老 年 学 的 評 価 研 究(JAGES: Japan Gerontological Evaluation Study) の調査(2013 )

3-4-1 結果

a ほぼ毎日声を出 して笑う人と比較した死亡率と要介護認定率

b 週1~5回→1.10倍、1.13倍

c 月1~ 3回→1.35倍、1.22倍

d ほとんど笑わない(月1回未満)→1.52倍、2.14倍

e 性・年齢 調整済み

3-4-2 研究方法

a 9つの県の23市町村に住む要介護認定を受けていない65歳以上の地 域住民男女14,233人を対象

b 日常生 活における声を出して笑う頻度を質問票にて評価

c その後3年以上の間(中央値3.3 年)における総死亡及び新規の要介護認定 (要介護2~5)との関連をみた

3-4-3 その他要因と笑いの関連

a 性、年齢、高血圧、糖尿 病、喫煙、飲酒に加えて、家族構成、社会参加、うつ症状、認知機能、日常生活機能、 教育歴及び収入を調整

b 死亡との 関連に統計学的有意差はみられない

c 新規要介護認定との関連は、弱まったものの死亡率と同様に みられた

d ほとんど笑わない(月1回未満)の要介護率→1.42倍

 

3-5 笑いと循環器疾患

a 心筋梗 塞、脳卒中等の循環器疾患は要介護や死亡の原因

b 日本老年学的評価研究(JAGES)(2013)の調査

c 日常生活に おける声を出して笑う頻度と心疾患、脳卒 中との関連をみる

d 65歳以上の地域住 民男女20,934人を対象

3-5-1 結果

a 笑う頻度が低い人ほど心疾患、脳卒中発症率が高い

b ほぼ毎日声を出して笑う人と比較した心疾患有病率と脳卒中有病率

c 週1~5回→1.13倍、1.12倍

d 月1~3回→1.18倍、1.28倍

e ほとんど笑わない(月1回未 満)→1.21倍、1.67倍

f 多変量調整(性、年齢、肥 満度、飲酒、喫煙、身体活動、うつを 調整)済み

 

3-6 前向きコホート研究による笑いと循環器疾患

a 前向きコホート研究:結果に関連付けられるであろう要因から特定の疾病発生までを時間の流れに沿って追跡する手法。

b 40歳以上の山形県 内の地域住民17,152人を対象

3-6 結果

a 笑 いの頻度が少ない人において循環器疾患が 発症しやすいことが示唆

b 週に1回以上声を出して笑う人と比較した発症リスク

c 週1回未満、月1回以上 →1.63倍、

d ほとんど笑 わない(月1回未満)→1.35倍

e 性・年齢調整済み

f  高血圧、糖尿病との関連

←循環器疾患の危険因子

 

3-7 笑いと糖尿病

a 秋田 県、大阪府の地域住民男女4,780人を対象

b 日常生活における声を出して笑う頻度と糖尿病の有病率との関連をみる

3-7-1 結果

a ほぼ毎日声を出して笑う人と比較した糖尿病有病リスク

b 週に1~5回程度→1.26倍

c 週1回未満→1.51 倍

d 男性に比べて女性の方が笑いと糖尿病との関連がみられる

e 多変量調整(性、年齢、肥満度を調整)済み

3-7-2追跡調査(平均 5.4年間)

a 笑いの頻度と糖尿病 発症との関連を検討

3-7-3 結果

a 男女ともに笑いの頻度と糖尿病発症との有意な関連がみられる

b 笑いの頻度が 少ない人では、高血圧、糖尿病が発症しや すくなる可能性

c ほぼ毎日声を出して笑っている人との比較で糖尿病発症のリスク

d 週1回未満→1.84倍

e 多変量調整済み