そんな時やった。

「今日の夜、店行くな。兄貴と一緒に。」

夕方、バイトに入る前のうちに、健二からそう電話がかかってきた。

この日、もし健二がバイト先に来なければ、もし、健二がお兄さんと一緒じゃなければ、、、

あんなに辛くて悲しい思いをしなかったのかもしれない。

流さなくてもいい涙を、流すこともなかったのだろう。



健二とお兄さんは、店が混み始めた夜の9時頃に来た。

テーブル席が空いていなかったので、うちの目の前のカウンターに並んで座ってた。



「愛子。終わったら、電話してな。」

小声でそう言って、帰っていった。

夜の10時頃のことだった。



その日は、結局11時頃に上がったうち。

店を出たらすぐに電話をかけた。



「もしもし、健二。今終わって帰ってるとこ。健二は、もぉ家?」

『ううん。兄貴と飲んでたんやけど、兄貴、どっかいってもた。』

「え?それって健二がはぐれたってこと?」

『わからん。電池ないし、また家帰ったら電話するわ。』

「わかった。ちゃんとまっすぐ家帰ってや?」

『うん。好きやで、愛子』

「愛子も好きやで。じゃぁまたね。」

『またね。』


そんな会話をしてうちらの電話は切れた。

この時、もっとちゃんと健二に家に帰れと言っていたら、、、


その後、健二からの連絡はなく、こっちから何回かけても、

「おかけになった電話は、電波の届かないところか、電源が入っていないため・・・・・・・・・・。」

機械的なアナウンスが流れるだけだった。


何日経っても連絡はつかず、おまけに仕事も休んでるみたいで、何度か健二のお姉さんからも居場所のことで電話がかかってきていた。



1週間が過ぎ、1ヶ月記念日も2人で過ごせないままだった。

そんな時だった。


休日で家にいたうちのケータイが鳴った。

ディスプレイには、お姉さんのも文字。

健二のことや、そう思ってすぐに出た。


「はい、愛子です。」

『もしもし、愛子ちゃん?優やけど。』

「はい。」

『健二、見つかってん。』

「え?ほんまですか?見つかったんですか?」

ほんと、嬉しかったんだ。最悪、大阪湾とか淀川で浮いてたらって考えたこともあったし。

『うん。でも、驚かんといてね。』

え?驚くような見つかり方?もしかして・・・

『健二な、警察にいてるねん。つかまってて、いつ出れるかわからんねん。』

「え?警察?何したんですか?」

『あの日な、恭平と飲みに行った帰りにはぐれたらしくて。で、恭平はちゃんと帰って来たんやけどな、健二、タクシーに乗ってんて。お金もないのに。ほんで、家の前まで来てんのに、乗り逃げしようとしたらしいわ。それで現行犯。家の前まで来てるんやったら、ちょっと待っててもらったらいいのに。アホやわ、ほんまに。』

「そうなんですか。でも、生きてて良かったぁ。」

うちはこの時、涙を流してしまった。

『健二には黙っててって言われてたんやけどな。いつかはばれるやんか。』

「そうですね。ありがとうございます。」

『ほんま情けない弟やわ。また、何かあったら連絡するわ。』

「はい。ありがとうございました。」


確か、お姉さんとの電話でのやり取りはこんな感じだったと思う。



あの日、うちのバイト先に来たあの日の帰り道。

健二は捕まってしまった。


会えない日々が始まる。。。