すみだトリフォニーホール開館20周年記念
すみだ平和祈念コンサート2018《すみだ×広島》
下野竜也指揮 広島交響楽団
2018年3月8日(木) 19:00開演
すみだトリフォニーホール 大ホール
下野竜也[指揮]
藤村実穂子[メゾ・ソプラノ]*
広島交響楽団
ゼレンカ(下野竜也編)/ミゼレーレ ハ短調より(管弦楽版)
ベートーヴェン/「葬送行進曲」(交響曲第3番「英雄」より第2楽章)
マーラー/亡き子をしのぶ歌*
シューマン/交響曲第1番「春」変ロ長調 作品38
ホールの席に着くと、ステージの上手前方に、見るからに古色蒼然としたアップライトピアノがあった。
これは「明子さんのピアノ」として知られる「被爆ピアノ」で、原爆投下の翌日に19歳で亡くなった河本明子さんが愛用されていた、アメリカ製のピアノだ。
大変な修復作業を経て復活したこのピアノは、アルゲリッチやゼルキンという世界的ピアニストにも演奏され、また昨日は、広島交響楽団の公演前に萩原麻未さんによっても弾かれたそうだ。
残念ながら私はそれには間に合わず、実際の音色を耳にすることは出来なかったのだが、ステージの脇に置いてあるだけでも、まるで共に音楽に参加しているようで、幸せな佇まいを感じた。
あの戦争で、道半ばにして命を絶たれた、多くの若い音楽家のことを思った。
オーケストラのメンバーが舞台に登場すると、客席からは拍手が湧き上がる。
ふだんのN響定期演奏会では、全くもってそこで拍手なんかしたこともない私も、最後の1人が席につかれるまで拍手してしまった そういう気分になったのだ。
下野さんのタクトが振られ、最初はゼレンカのミゼレーレ。
ゼレンカは、J.S.バッハと同時期にドレスデンで活躍した作曲家だ。
ドレスデンは、第二次世界大戦の容赦ない空襲で壊滅させられた旧都で、以前に私が訪ねた時も、まだその廃墟が残っているくらいだったが、ゼレンカの自筆譜も、その空襲で大部分が焼けてしまったと聞いた。
それでもやはり音楽は不滅だ。
人が忘れない限りは残っていく。
出だしからグッと胸を掴まれた「ミゼレーレ」に続いて、ベートーヴェンの「英雄」から葬送行進曲。
広響の演奏は重厚で、思いの丈が深く伝わってくる。
そして前半のお楽しみ、マーラー「なき子をしのぶ歌」での藤村実穂子さんの素晴らしさ!
彼女の素直で自然なようで、細心の注意を払ってコントロールされた声の、強い美しさが心にしみる。
人間にとって、なにが悲しいと言って、家族を失うことの悲しさ、それも自分の子供を失うことの悲しさ辛さを超えるものはあるだろうか?
その辛い胸の襞が、感傷を廃した深いところから歌われ、オーケストラは救いの手を差し伸べ、かと思うと時に残酷に奏でる。
広島交響楽団を、生で初めて聴いたけれど、良いオーケストラだ。
突飛な比喩をして申し訳ないけれど、とても愛されて育ち、今は自らが助けとなる大型盲導犬の優しい目が、急に脳裏に浮かんだ。
伝わるかどうか分からないけれど、そんなイメージのオーケストラだ。
昨年広島を旅行した時も実感したけれど、広島の人は人懐っこく温かい。
そして、なにかと育て上手だ。
野球の広島カープもそうだし、広島交響楽団もそう。
市民が一丸となり、自分たちの愛を傾けて応援している。
そういう「愛されて育った」ものには共通する強さと明るさ、そして温かさがあって、昨日の後半演目のシューマン「春」に至っては、聴きながら身体のコリまで解きほぐされるような気持ちになった。
もし私が広島出身者だったら、どんなに誇らしく思ったことだろう。
いや、ふつうに日本人として、自国の広島という街に、こんな素敵なオーケストラが息づいていることを誇りたい。
広島交響楽団の皆様、また東京に演奏しにいらして下さい。
再び、必ず、待ち構えます!!