「遊子の会」秋の上州路、万座温泉旅行(1) | 魚との対話

「遊子の会」秋の上州路、万座温泉旅行(1)

二週連続でやって来た台風18号、19号が通り過ぎた10月16日(木)~17日(金)に掛けて、

「遊子の会」では34名が参加して日栄観光のトイレ付大型貸切バスで、秋の上州路(群馬)、万座温泉の

旅に出た。


行き先は、主宰者YUさんからの第44回「遊子の会」秋の上州路、万座温泉旅行の栞に網羅されているので、ここに掲載しよう。

 今年の秋の旅行は、錦秋の上州路を巡り、白濁の万座温泉に泊まります。先ず水沢うどんを食べ水沢

 観音をお参りして、榛名湖から草津・白根ルートで万座に入ります。万座温泉の宿は、混浴露天風呂

 (湯船七ヶ所)も有るプリンス「万座高原ホテル」です。

 翌日も草津ルートで軽井沢・碓氷峠から旧中山道を通り、高野辰之が唱歌「紅葉」の作詞をした地として

 名高い旧信越本線「熊の平」、メガネ橋、碓氷湖、富岡製糸場、織田宗家の城下町「甘楽」等々をご案内

 します。  


一日目 10月16日(木) 晴れ後くもり


行程

 

 館山旧市民センター駐車場(7時30分発)→関越自動車道・渋川伊香保IC→水沢観音・水沢うどんの

 昼食→伊香保温泉→榛名湖→八ッ場→草津・白根ルート→万座高原ホテル(宿泊)


水沢観音・水沢うどんの昼食


昼食は水沢観音に隣接する山本屋で水沢うどんを食す。水沢うどんは秋田県の稲庭うどん、香川県の

讃岐うどんと並び日本三大うどんの一つで、稲庭と讃岐が常食うどんなのに対して水沢は参詣客向けの

観光うどんと言う。


水沢観音(水澤寺、水澤観世音)は飛鳥時代の創建で坂東三十三箇所の十六番目の札所。

歴代天皇の勅願寺、上野の国司の菩提寺、徳川家の祈願寺の歴史を持つ。

ご本尊は国司高野辺家成公の三女伊香保姫のご持仏の十一面千手観世音菩薩。


我々は本堂で参拝してから境内を巡り、釈迦堂で坂東三十三観音と対面し感嘆の声を上げる。


本堂

本堂 : 参拝記念の集合写真


十一面千手観世音菩薩

ご本尊の十一面千手観世音菩薩の前立ち : N子さんが写真を撮ってもいいそうよ、と言うので格子窓

                            越しに撮って喜んでいたら、ご本尊は後の扉の中だと言う。


仁王門

仁王門


鐘楼

鐘楼 : 鐘を突くMさん


私は、ここで坂東三十三観音霊場巡りの三十三という数字の由来を知る。即ち、観世音菩薩は娑婆世界で苦しみ悩める衆生の声を聞くと、その人と同じ姿に身を変えて(変化身)彼らに最も相応しい教えを授け

救いを与える。そして、観世音菩薩の変化身は三十三にも及ぶというそうな。


榛名湖


榛名湖畔は、高峰三枝子が歌う「湖畔の宿」のモデルという。ここでバスから下りてしばし佇み、秋の榛名湖・榛名山の景観を楽しむ。


榛名湖・榛名山

秋の榛名湖・榛名山


榛名湖・榛名山

榛名湖・榛名山 : おどける写経グループ


バス車中


バス車中では、YUさんから行く先々の解説があるのが恒例である。恒例と言えば、もう一つ民話の達人

Sさんからの結び文がある。今回も都心を抜けてから、めいめいが手にした結び文を披露する。

都々逸や川柳も混じり、皆笑ったり感心したり。

私が手にしたものは、「女ゆえ 命ひとつの 嘘をつく」 西原典子


伊香保温泉では街のシンボルである石段を一瞬眺めて通過後、YUさんから徳富蘆花の「不如帰」の話が出た。

 片岡陸軍中将の愛娘浪子は、海軍少尉川島武男と幸福な結婚生活を送っていた。しかし、武男が日清

 戦争へ出陣してしまった間に浪子は結核を理由に離婚を強いられ、夫を慕いつつ死んでゆく。

YUさんは詩吟で培った口調で、浪子の近代文学を代表する名セリフを絶叫する。

「ああ、人間はなぜ死ぬのでしょう!生きたいわ!千年も万年も生きたいわ!」

「ああ、つらい!つらい!もう女なんぞに生まれはしませんよ」


今回の旅のテーマソングは「湖畔の宿」と「紅葉」と言う。榛名湖では、艶歌の女王KANさんの「湖畔の宿」の模範歌唱に続いて、皆が合唱する。


バスは八ッ場から白根火山ロープウェイが行き来する荒涼とした山岳風景を眺める草津・白根ルートを進み、万座温泉郷(標高1,800m)に入ったのである。


万座高原ホテル


一服してから同室のKさん、Hさんと共に石庭露天風呂に行く。

混浴の為、入り口には女性に配慮願いますとの貼紙が・・・・・。しかし、メタボ紳士には部屋に置いてあるタオルでは到底腰周りを全て覆うのは無理というものだ。一方、女性はレンタル(100円)の大きなバスタオルで胸から膝下まで全てを隠して湯船に入る。

白濁の七つの湯船があり眺めは最高!一つ一つ入って行ったが、青味がかった所は入り易いが黄色味

がかった所は熱くて長く入っていられない。

「遊子の会」のコ(古)ギャルは、待てど暮らせどやって来ない。七つの湯船をクリアーしてのぼせ気味となったところで、464号室の4人が青いバスタオルをまいてやって来たが、もはや我等は退散せざるを

得なかった。


さて、バイキングの夕食後貸切の大広間で全員が参加して懇親会が開かれた。

ShozoさんとHisaさんが司会と進行役で汗をかいてくれた。カラオケの後、次週の25(土)~26(日)に

行われるイベント、即ち旧安房南高校舎一般公開時の語りの会、吟道大会、そして語り部桜貝公演に出演する会員が、自分の演目を披露してくれる。私は、応援がてら写真係として駆け付けようと思った。

宴も終わりに近づいた頃、日頃静かな岐阜出身のAさんが正調木曽節を披露する。

それは、かつて重大な病を患った人とは思えない力強い歌声で、何とも素晴らしいものであった。

かくして、バスツアー一日目は終わったのである。