こんばんは。

もう一週間経ってしまいましたが、友人とシネマ歌舞伎『壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)阿古屋』を観てきました。

今日はその感想を書いておきます。

シネマ歌舞伎とは、松竹株式会社が制作する、歌舞伎の舞台公演をHD高性能カメラ(SONY製だそうです)で撮影し、スクリーンでデジタル上映する映像作品の名称です。

2003年春から開発に着手されて、2005年に第1作『野田版 鼠小僧(作・演出/野田秀樹さん、2003年8月歌舞伎座にて上演)』が公開になり、これまでに20作品以上にも及ぶ作品が公開されているようです。

僕は今回、初めて「シネマ歌舞伎」を劇場で観させていただいたのですが、「美」と「臨場感」に徹底的にこだわったというだけあり、滲み、ブレなどない、とても鮮明でクリアな映像で、スクリーンで観ているというより、歌舞伎座で生の歌舞伎を観ているかのような感覚を覚えるほどの見事な映像美でした。すごい技術だと思いました。すぐそこに役者さんたちがいるかのようでしたよ〜。

鑑賞した劇場は東京都中央区築地にある東銀座東劇ビル内にある東京劇場(通称、東劇)です。歌舞伎座と新橋演舞場の中間に建つ高層ビルの中にあります。

3階まで伸びる長いエスカレーターを上がると、全面ガラス張りのエントランスに繋がります。ロビー天井の照明がガラスに反射し、明るくとても清潔感のある、昭和の薫りを残した老舗劇場の品格を感じました。館内の座席は新しい劇場と違い、少し低めで深々と腰を降ろすことができ、ゆったりと落ち着いた雰囲気で鑑賞することができました。

やはり、劇場の雰囲気って大事ですよね〜。

『壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)阿古屋』
◎遊君阿古屋:坂東玉三郎さん
◎岩永左衛門:坂東亀三郎さん
◎榛沢六郎:尾上菊之助さん
◎秩父庄司重忠:坂東功一さん

◉物語を簡単に説明します。
平家が滅亡した後、生き残った平家の武将・景清は源氏に追われていました。そして景清の恋人・阿古屋(坂東玉三郎さん)が、景清の行方に関して聴取を受けることになります。景清がどこにいるのかわからないと話す阿古屋に、代官の秩父庄司重忠(尾上菊之助さん)は、阿古屋がうそをついていれば演奏の音色に乱れが生じると判断し、琴・三味線・胡弓の三曲を演奏させるのですが阿古屋は乱れの無い見事な演奏を披露し、解放されるのでした…。

『壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)』というのは、時代物の浄瑠璃(5段)です。文耕堂、長谷川千四作。享保17 (1732) 年大坂竹本座初演されました。中世の舞曲、謡曲や『出世景清』をはじめとする浄瑠璃などで舞台化された平家の残党景清の悲劇を扱う景清物浄瑠璃の実質的に最後の作と言われています。「阿古屋」はその3段目です。

『阿古屋』は通称「琴責め」とも言われ、琴・三味線・胡弓の三曲を阿古屋自ら演奏するという趣向が眼目の演目なのです。3つの楽器の弾き分けをはじめ、傾城の気品や色気、景清を想う心理描写も表現しなければならないため、女形屈指の大役と言われているのです。

高度な技術、表現力、美しさが必要なことから、女形でも限られた人しか演じることができない演目なのです。六世中村歌右衛門さん亡き後は、現在、玉三郎さんのみが演じています。

玉三郎さんが10度目となる阿古屋を演じた舞台が、シネマ歌舞伎として今回スクリーンで上映されたのです。

玉三郎さんは、いずれやるだろうからとお父様の14世守田勘弥さんに言われ、20歳までに琴・三味線・胡弓の三曲を上げたとおっしゃっているのですが、大変だったとか、苦労したなどとは一言も口にされず、さらりと何気無く話されるところに歌舞伎俳優として、女形としての高いプライドを感じます。

玉三郎さんはこうもおっしゃっています。
「私が生きているうちに、次の人が出てきてほしい役。正直言うと、私のところで途絶えるのは困るな」と。

今回拝見して、阿古屋という役は、技術だけでも高度なテクニックが必要だし、技術以外の役者としての表現力も大切なんだなとよくわかりましたが、難しいというだけで敬遠せずに、私もやりたいです!と手を上げてくれる若手を玉三郎さんは待っていると思うんですけどね〜。

こんなに素晴らしいお手本がいらっしゃるのに、玉三郎さんの女形の芸を受け継ぎたいという若い方が早く出てきてほしいです。

今回は映像ですので、舞台と違って大きなスクリーンで役者さんたちの“寄り”も楽しめますし、細かい仕草も堪能できますし、息遣いも感じられるようで見応えがありました〜。

今回は舞台映像だけでなく、冒頭に15分ほど、舞台裏で『阿古屋』という作品を支える人々の様子をとらえた特別映像も流れるのです。大道具、小道具、衣装に鬘、照明、音響に至るまで玉三郎さんから細かい指示が出ます。その緻密で高度な要求に決して手を抜かず、どうすればもっと良い舞台が作れるのかと真剣に取り組む多くのスタッフに注がれる玉三郎さんの眼差しがとても優しくて胸が打たれました。

華やかな照明を浴びるものだけが主役では無い。私がこうして舞台で輝けるのは、こうしたたくさんのスタッフの力があってのことという玉三郎さんの声が聞こえてくるようでした。

その映像に乗せた玉三郎さんのナレーションがまた良いんですよ〜(笑)。淡々と話されているのですが、言葉の一つ一つに舞台を支える人々に向ける玉三郎さんの愛が溢れているようで泣きそうでした(笑)。

複数のカメラを駆使してさまざまな角度から撮影した膨大な映像を、玉三郎さん自ら編集もされているんです!

一つの道を極め、凛としたお姿で、いつも妥協なき人生を歩んでおられる玉三郎さんはとても素敵です。

最近、歌舞伎を観る機会が増えて、歌舞伎というもののの奥深さを改めて認識させられています。

こういう形で名優の姿を映像で記録しておくというのは、とても意義のあることだと思います。『シネマ歌舞伎』という松竹さんのこの試みはもっと評価されていいと思います。