東北元気学プロジェクトのブログ

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「東北の元気を学ぶ」PR 活動を通じて、東北を「知って」「行って」
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最後に気仙沼に行ったのは、忘れもしない、昨年2012年11月23日。

東北元気学プロジェクトのブログ-気仙沼・南三陸復興スタンプラリー

さかのぼって9月、復興 屋台村気仙沼横町のPRを通じて、東北、そして宮城の復興を、身の丈レベルで後押しできないかと、東京近郊にお住まいで、東北に想いを寄せてくださる方々にご参加いただき、「甚大な被害をもたらした東日本大震災から、1年半が経過し、震災復興の風化が始まっているとテレビのNEWSはいうけれど、私たちは忘れない。皆さんと、ともに! という気持ちです」そんなメッセージを共有する講演会を開催した。(※【報告】東北元気学プロジェクト 食応援プログラム 気仙沼応援セミナー&旬の“戻り鰹”をいただくミニ交流会→http://ameblo.jp/tohokugenki/entry-11405649325.html

東京・青山で私たちが主催したそのイベントのご縁もあり、この日、11月23日の復興 屋台村気仙沼横町の一周年記念祭があると聞いて、年末進行の過酷なスケジュールが待っているのは承知していながら、居ても立ってもいられず、正確にいうと、迷いに迷って、やっとのことで前日22日の朝方に「やっぱ、行こう!」と思い立ち、その日の予定を、巻きに巻いてかたずけて、夕刻に仙台駅に着く新幹線に飛び乗り、2、3の連絡事項を携帯電話で済ませ、青葉通りから出ている宮城交通の高速バスに飛び乗って気仙沼を目指した。

そうなんだ。仙台から気仙沼に行くには、在来の電車が津波の被害で整備されていないため、乗合バスに2時間半から、3時間ほど揺られて、やっと気仙沼駅前にたどり着ける。

そんな不自由な現実は、おそらく、同じ宮城県の方でも、たとえば仙台市内在住でツアーで初めて気仙沼を訪れるような人だと、想像ができないだろう。でも、気仙沼出身で、仙台市内に勤務するために地元から通う方たちは、この窮屈な現実を毎度毎度味わっている、ということだ。

そう思うと、この状況に文句は言えない。そうは言うものの…。身長180cmで割と縦長な私としては、2列×2列の乗合バスが、満席ぎゅうぎゅう状態で発車すると、後は一刻も早くこの、気仙沼名物・さんまの缶詰状態から解放して欲しいと、願うばかりだった。
(※気仙沼名物・さんまの缶詰は、あくまで親しみを込めた比喩で、言うまでもなく実際はめちゃくちゃ旨い!)

(つづく)