半年ほど前、病院で睡眠時無呼吸症候群と診断された。
会議中、昼間に眠くなったりして困るので、寝る時にCPAPという機械で鼻に装着したマスクからホースを通じて空気を送りこむ。





睡眠時無呼吸症候群の人はのどのやわらかい組織が内側にひきこまれ、気道が狭くなってしまう。狭くなった気道を空気が通ると、まわりの組織が振動する。
これがいびきらしい。
完全に狭くなってしまうと、無呼吸となってしまう。

CPAPを使うとホースからの風圧により、のどの中にスペースが確保され、やわらかい組織を強制的に押し開く。
すると鼻でスムースに呼吸をすることが出来るようになる。

家族に聞くと、やはりぼくのイビキはすごいらしい。
小学校にあがる前の娘が、朝「パパの夕べのゆびき、すごかった。」と困惑顔をしたりする。

昔よく得意先の業者会でホテルの二人部屋に宿泊することがあった。
そんな時、必ずぼくはこう切り出して挨拶したものだ。
「ぼくのいびきは、すごいのでご迷惑かけるといけないので、宴会部屋に寝ますよ。」
すると、相室の方は決まってこうおっしゃるのであった。
「わたしのいびきもすごいので、お互い様ですよ。」
かくして、ぼくはついその優しさに甘え、しかしながら相室の方のいびきを確認した後、うつ伏せで寝入る。

翌朝、おはようのご挨拶とともに「やはりぼくのいびき、すごかったでしょう?ご迷惑おかけしました。」

お相手は、決まってこう切り返す。
「いえいえお酒も飲んでましたから、ぐっすり眠れましたよ。こちらこそ、ご迷惑おかけしたんじゃないですか?」と必ず赤い怖い目をして。

気まずーい。


このCPAPを寝る時、使うとホースから鼻へ送り込まれる空気の影響で、「プシューハー プシューハー」という呼吸音になってしまう。
しかし、この機械のホースの力を信じるしかない。


なんかこの呼吸音に聞き覚えがあるなーと思い巡らしていたら、余計寝付けないことになった。

ある夜、神の啓示があった。

「ダースベーダーだ!」

そうぼくの呼吸音は、ダースベーダーになっていたのだ。




こうして、この半年間寝る前には、ダースベーダーのことを考えるようになった。

「ダースベーダーは、いったい夜眠るんだろうか?」

一日の悪事を終えて、寝室に入るダースベーダー。

眠るのは、宇宙船の寝室であろうか?
寝室は、やはり暗黒面を象徴する黒で統一されてるのだろうか?やはり、布団ではなく、ベッド?
黒マントや手袋、ブーツは脱ぐのだろうか?トレードマークの黒いマスクとヘルメットも外すのだろうか?
ぼくはあれらの下には、普通の人間の顔があることを知っている。

寝入る前には、やはりデス・スター完成の大幅な遅れをとがめる悪の提督と忠実だが仕事のトロい部下たちとの板挟みで悩むのだろうか?
世の中間管理職と同じように自身の立場に悲哀を感じているのか?
悪のフォースを使えば、No.2に甘んじることなく、悪の提督を倒すことなど夜中のら~めん前なのになぜしないんだろうか?




やはりジェダイであり続ければ、家庭の崩壊もなかったと今では後悔しているんではないだろうか?

ダースベーダーのマスクとヘルメットが、彼を無表情にさせている。

昔、ミナミの居酒屋で仲間とワイワイ飲んで盛り上がっていた。
ふと、トイレに向かう途中、なんだか見たことのある小さなおじさんの顔がトイレ近くの席にあった。
「あほの坂田師匠」だ。
いつものテレビで見るあほ顔ではなかった。
師匠の表情は、見たこともないほど沈んでいた。
何か嫌なことでもあったのかな?
ぼくはなんだか見てはいけないものを見てしまった気がした。





大切なことに気づいたのだ。

人は、ひとりぼっちの時は決して笑っていない。

普段どんなにひょうきんな人もひとりの時は、笑っていない。
もし笑っていたとしたら、その方が不気味で恐ろしい。

人の暗黒面を見てしまうと恐い。
ぼくたちは、きっとそこに自分の表情を見てしまうのだ。
自分でもわからない悲しみや哀しみ。

そしてきっとその真実に恐れをなすのだろう。

そんなこんなとを眠らずいろいろ考えていたら、小鳥の鳴き声が聞こえてきた。