気骨
今日は仕事終わりに湯島の居酒屋でとある雑誌の編集長と飲んできました。
この編集長、敏腕で通称「立ち上げ人」
過去1000冊以上の雑誌に関わり、あらゆる種類の雑誌を立ち上げてきました。
バイク、車、旅、ファッション、ライフスタイル、医療。
僕がよく撮影させていただいてるチョキチョキという雑誌を立ち上げたメンバーの一人でもあります。
色々と編集長の幼少時代からの話を聞いたわけですが、編集長から言わせるとみんな甘いと。
ライター諸氏含めみんな甘いと言っていました。「自分がやるという気骨がない」と。
50代より上の方々はみんな気骨があります。編集長の話を聞いていると、ばんばんまた営業にまわりたくなりました。
明日明後日はギャップ前でファッション誌のスナップです。頑張ります!
ものを生む力
今日はとある雑誌の企画で、本郷を歩いてきました。あの辺は夏目漱石ゆかりの地とかで漱石を始め色々な文豪の碑や建物が残っています。今回の企画は漱石ゆかりの地を歩くという企画だったので、漱石に詳しい作家の先生と一緒に歩きました。
途中、漱石の「猫」という作品についてのお話を聞きました。そう、みんなが知っている「我が輩は猫である。名前はまだない。」というあの書き出しの小説です。
勉強不足の僕はまったく漱石については知りませんでしたが、あれがどうやら処女作だそうで。イギリスから帰ったばかりの漱石が友人の編集者に依頼され書いたのがあの「猫」だったそうです。
漱石は人間ではない「猫」の目を通して人間社会の矛盾やばからしさを痛烈に批判することが出来たそうです。
今日一緒に歩いた先生はこう言っていました。「もし虚子が漱石に「猫」を書くチャンスを与えなければ、小説家としての漱石はもとより、狂死していたかもしれない。」
僕たちがおもしろおかしく読んでいたあの猫という小説は漱石が生きていくために胸にため込んだ思いをはき出す漱石自身の治療のための小説だったのです。
ピカソのゲルニカしかり、ゴッホの絵しかり、フジコヘミングウェイの音楽しかり、人の心を打つ名作はこらえきれない苦しみの中から生まれるのが常なのでしょうか。色々と考えさせられる取材でした。