「伝えていくこと」


自然とは美しいもの、
癒されるもの。



しかし、自然は時として、
人に対して牙を向く
恐ろしさを持っています。




2011年は震災だけでなく、
豪雪による雪害、
大型台風による水害もありました。



東日本大震災が起こるまで、


震災といえば
阪神淡路大震災を指していました。



ブロガー仲間の方の
阪神淡路大震災
追悼の記事を
毎年読まさせてもらいました。



「大変でしたね」
「これからは頑張ろう」


と書いていましたが、

一歩踏み込めない
自分がいる。




体験してないから。
経験してないから。


どこか他人事のような
自分がいました。




2011年3月11日
東日本大震災が起きました。



東北の方々の
苦しみに比べたら、



東京に住んでいる
僕の苦しみなんて
微々たるものですが、




それでも
震災を体験しました。



肌で恐怖やつらさを
経験しました。




東日本大震災の事は
忘れてはならない。



復興には
10年、20年かかると
言われています。



福島第一原発の後処理には、
もっと長い年月が必要です。



今の子ども達が社会に出る頃、
どんな職業についたとしても、



東日本大震災からの
復興というテーマを
避けて通る事は
できないでしょう。



震災は
自分たちと無関係ではない事を
感じてもらう為に
伝えて欲しい。



被災して
つらい思いをしている人達の声も
伝えて欲しい。




むしろ、
大人よりも子どものほうが、
震災を忘れないで
いるかもしれません。

震災を風化させずに、

伝えていくこと。



それが、
亡くなった人達への
鎮魂にも
つながると思っています。






午後2時46分は
ここにいました。


皇居北の丸公園

天皇陛下は式典でご不在です。


たかたか日記-120311_144355.jpg

たかたか日記-120311_144557.jpg

偶然ですが、

2時46分

日本武道館の前で黙祷。




大丈夫。


日本は大丈夫。



復興を信じています。



_



_

歌番組をバカにしていました。


裏番組を見ていた途中からでしたが、



FMS音楽番組

『上を向いて歩こう』


久しぶりに歌番組を見て

心動かされました。




「被災者が見ないなら意味ない」

と思いましたが、


一曲一曲、心がこもった歌。

被災地にもしっかりと

届いていればいいなと願います。



ここ最近、

テレビ番組が被災情報から

通常放送に変わりつつある中、




その裏では、


決死の覚悟で

福島原発の放水任務にあたっている


消防隊員、

自衛隊のみなさん。



テレビに映された彼らの姿に、

おもわず心が熱くなります。



被爆覚悟で

日本を

核爆発から守っているのは

彼らだと言うことを忘れません。




また、

被災地へ燃料や救援物資を

必死で届ける人たちや

ボランティアに駆けつける人々にも、

本当に頭が下がる思いです。




そして、今日

震災から半月になりました。



地震や津波の

”天災” は

防ぎようがありませんでした。



しかし、”人災” はどうでしょう。


福島原発

水道水の汚染

福島・茨城の農作物被害



これはすべて”人災” だと思います。



原因はすべて

福島原発が始まりです。



そして、”人災” の原因は

管直人首相、あなたです。



あなたの判断の不手際で

放射能被害は広がりました。




震災直後に、


在日アメリカ軍が

現場に駆けつけようとしたのに、


あなたはアメリカの援助を断りました。


何故ですか?




東京消防署と

神奈川消防署が


県知事の要請を待たず、

すぐに福島原発に駆けつけました。


でも退却命令を出しました。



何故ですか?




あの時、

アメリカ軍の助けがあれば

今の放射能汚染はなかった。



あの時、

東京消防署と

神奈川消防署が

直ちに熔鉱炉を調べていれば

今の放射能汚染はなかった。





もし、

放射能汚染がなくなっていたら



アメリカは

「米国が日本を救った」


と世界に宣伝していただろう。



あなたは

アメリカに手柄をたてるのが

面白くなかったと思います。




でも国民はどうでもいいんです。



野菜は新鮮なほうがいい、

水は綺麗なほうがいいんです。



あなたの変なプライドで

東日本が汚染まみれになりました。



日本の食物は

安全だと言われていました。



日本の水は

世界一安全だと言われていました。



新鮮な水を返して下さい。


綺麗な水を返して下さい。



元の日本に戻して下さい。


初期の不手際を

国民に謝って下さい。



管直人さん、

お願いします。




そしてあなたは、


震災本部を

いくつ作れば気が済みますか?



今、震災本部と

呼ばれているのは6つですよ。


6つ。


多くないですか?



東北の自治体は

何処に頼めばいいか分かりません。



蓮蓬大臣

海江田大臣

馬渕大臣

岡田幹事長



復興のために

何をしているのか分かりません。



テレビによく出ている人ばかりで

あなたは人を使いこなす能力がありません。



民主党議員は400人いるのです。



誰がどんな経験、

知識を持っているか把握して下さい。




民主党には、

原実さんという人がいます。



原衆議院議員は、

阪神淡路大震災のときに、



消防庁長官に任命されて

消化・救助活動を指揮した素晴らしい人です。



あなたより全然、震災の知識は豊富です。


何故、

原さんを使わないのか分かりません。





自民党には、

長島忠美さんという人がいます。



長島衆議院議員は、

中越大地震のときに、

被災地・山古志村の村長さんをしていた人です。



村長として、

救済や復興を指揮した素晴らしい人です。



あなたより全然、地震の知識は豊富です。


何故、

長島さんを使わないのか分かりません。




そして、

原さん、長島さんでは

国会が動かないので



トップの震災大臣を

小沢一郎にして下さい。



小沢一郎が出たら、


「政治と金」という人がいますが、

言わせてやれ!です。




東北のことは、

あなたより小沢一郎が良く知っています。



地元岩手では、

あなたの言うことより、

小沢一郎の言うことを聞くでしょう。



岩手の小沢事務所には

東北の企業と連絡が親密です。




小沢が動けば、

東北の建設会社が動きます。



どうか、

小沢一郎の

党員停止処分を外して、



原実議員、

長島忠美議員


の3人を震災担当に起用して下さい。


お願いします。





最後に・・・


あなたが最初に

被災者の方々へ言った言葉を覚えていますか。



あなたは、
『一人一人が覚悟を持って、
危機を乗り越えてほしい』
と言いました。


そして先日は
『危機を乗り越えていこうではありませんか』

と言いました。





あなた、

何を言っているのですか?



被災者の方々は、

あなたが言う前に頑張っています。




この国のトップなら



被災者の方々に

安心感を与える言葉が先です。



被災者の方々に
未来と希望を与える言葉が先です。


あの言葉は、
末期ガンの患者に

『頑張れよ』と
病人の禁句の言葉を言っていると同じです、



あなたは被災者の方々に


『危機が来ても頑張れ』と
責任を押しつけたのです。




だから、

被災者の方々から

未来が見えないと言われるんです。





私は震災以来、


あなたが被災者の方々に

いたわりの言葉、
優しい言葉の

かけた姿を
見たことがありません。



まず、
被災者の方々に
いたわりの言葉を
かけて下さい。



子供の病気は
どんな薬より
お母さんの優しい言葉が
一番の薬です。



被災者の方々に


『大丈夫ですか』
『困ってませんか』の
優しい言葉をかけて下さい。


お願いします。





改めて、


原発の初期不手際を

国民に謝って下さい。




小沢一郎議員

原実議員、

長島忠美議員



この3人の震災のプロを


今すぐ使って下さい。




そして、

被災者の方々に

いたわりの言葉をかけて下さい。




管直人さん、

お願いします。






_


_


今日は朝から雨。


今日・明日までずっと雨らしい。





雨が降って


空気中をウヨウヨしていた


放射能物質が


雨と一緒に地上に落ちて


放射能を浴びる恐れがあるらしい。





”東京近郊では人体に影響するレベルではない”


ようだけど、



念の為に


雨には濡れないほうがいいみたいです。






夜中に開かれた


福島原発の緊急会見を見ました。





2号機への電源接続が完了したのを受け、


使用済み燃料プールを冷やして安定した状態になった事を報告。


危機的状況は少し脱出したかなと思います。





会見の後の


記者からの質疑応答で


朝日新聞社の記者だったかな?


とてもよい事を言っていました。




福島原発を洗い流していた「水」は

何処へ流れているんですか?』




たしかにそうだ。


洗い流した水は何処へ行った?




放水で使った水は


原発前にある海岸の海水を使用して


放水したのは分かっているけど、




洗い流れた水は海?


海に流れるしかないでしょう。



だとしたら、


あの辺一帯の海は


原子力汚染が広がっていますよね。




この質問に


原発関係者の答えは


全然意味が無い、


的外れな答えをしていました。





すぐに、違う記者が


『答えになっていませんよね。』


と言ったが、無視。




本当にどうなっているのだろう。


洗い流れた水は何処に流れているのか


答えてもらいたい。






それから・・・


放射能の雨を浴びていない変わりに


ACジャパンのCMが


世間で非難を浴びているらしい。




昔は公共広告機構と言っていたよね。



大手企業のCMが無くなった代わりに


ACジャパンのCMが


大量に放送しているのが原因らしい。



『ウザイ!』


『しつこい。』


『飽きた!』




自分の初めはそう思ったけど・・・


でも、仕方ないよ。




ACジャパンのCMは


テレビ・ラジオ・新聞社などの


加盟社1200社の会費で制作しています。





大手企業がCM自粛をしている中、


穴埋め的な役割をはたしているので、


どんだとばっちりを世間から受けて可哀そうだよ。




もう少し、優しい目でみて欲しいと思います。





でも、


福島原発で洗い流れた水は


何処に流れているのか。



答えてもらいたいね。




_

blogを書く前に・・・



『東北地方太平洋沖地震』で

避難されている方へのエールと

多くのお亡くなりになられた方へ、

謹んで哀悼の意を表し、

心からご冥福をお祈り致します。





平成23年3月11日金曜日

午後2時50分頃。






来週の仕事の事で悩んでいる自分。


簡単な仕事を悩んでいる後輩君。


女の子を中心に話しが盛り上がっている仲間達。






いつもと変わらぬ職場でした。




が・・・






宮城県三陸沖で発生した震度7、M9.0の大地震が




ここ東京にも襲ってきました。










最近、数日間


宮城や福島で起きている地震の余波で






東京でも余震を感じていましたが、


いつもすぐに治まっていました。






今回の地震もすぐに治まると思いました。








でも、今回は違った。








初め静かな横揺れ。



そして大きな地震に変わりました






すべてのデスクから、パソコンが全部ひっくり返り、




書類の紙がすべて飛び散りました。








キャスター付きの椅子だから座っていたら危ない。




座っていて大きく横滑りし、


放り出されて怪我をした子も何人かいました。








『立つな!伏せろ!』の声が響きました。






デスクの下に隠れて、




悲鳴を上げている子。


泣いている子もいました。








私は・・と言うと、中腰になり


みんなの安否と被害状況を伺っていました。










ここの職場は、東京湾岸エリアの埋立地で地盤が弱く




海に近い為、津波の心配もありました。


なによりも地上から高い所にいるのでビル倒壊が心配。





以前から、




『大地震が起きて大津波がきたら、全員、助からないよね。』






と冗談半分で言っていました。










現実になりました。










ビルが右に左に揺れているのが分かりました。




心の中で、



このビル、倒壊するの?




津波が来るんじゃないの?








正直、生きた心地がしなかった








死ぬかと思った。






数秒ですが・・・


生まれて初めて、『死』を感じた瞬間。








どのくらい地震は続いたのだろう。


時間はよく分からない。






地震が治まっても余震が怖いから




みんな、その場から暫く動かない。








金曜日の昼下がり、




数時間もすれば帰宅時間になり


楽しい週末を迎えるはずだったオフィスビルが




一瞬のうちにパニックになりました。




けが人は何人かいましたが、


回線や設備の面では問題がなかったようです。




みんな無事で良かった。




生きてて良かったと思いました。






誰かが、


『フジテレビが燃えている』と叫びました。


たかたか日記-110311_145704.jpg


会社の窓から撮った一枚。




後で知りましたが、


燃えていたのはフジテレビでなく、後ろのテレコムセンタービルでした。



でも、この火災で地震の大きさを知りました。







そして、


『東北地方太平洋沖地震』の悲惨さを知るのはこの後。








東京の交通網がストップし、その日は会社で泊まった事。



土曜日の朝、6時間かけて帰宅した事。



帰宅しても家中バラバラだった事。



知り合いの部屋もバラバラでHELPに行った事。






書きたい事がいっぱい。

(時間があれば書きたいと思います)



でも、疲れたとは言わない。



被災者の方々に失礼。







週末の間で、東京の交通網は随分復旧しました。




私もまた、普段と変わりない生活を送れそうですが、




政府がテレビで呼びかけているように、


電気の節電、節制に協力しようと思います。


今、できる事をしていきたいと思います。





このような思いは、今後したくないです。




最後に改めて、



『東北地方太平洋沖地震』で

避難されている方へのエールと

多くのお亡くなりになられた方へ、

謹んで哀悼の意を表し、

心からご冥福をお祈り致します。



_


首都圏以外の方は

ご存じないかもしれませんが、



今日は東京マラソンの日でした。


『東京の街を封鎖して、

 東京の名所を走ろう』


がキャッチコピーです。





たかたか日記-110227_142622.jpg




約3万人の市民ランナーの中に


うちの職場からも
四人の後輩が応募し、
狭き確率で二人がエントリーされました。




今日のこの日まで

外れた二人と一緒に



時間があれば四人で練習を積んで

この日を迎えて来ました。





私達も一昨日・昨日と

激励の為、練習に参加。



おかげで今朝は身体が痛いさぁ~


(T▽T;)





そして迎えた当日。





『応援して待っているから、頑張れ』



と応援場所に選んだ所が



銀座四丁目

和光と三越の間で応援してました。





たかたか日記-110227_142946.jpg




そう、日本で一番地価が高い所です。




何故、ここを選んだかと言うと・・・





フジテレビの中継地点で、

コーナーが狭く

見やすい場所だからです。



ここなら後輩くん達を応援できるだろうと思いました。





たかたか日記-110227_143227.jpg




左奥に入るのが、

テレビ中継地点です。





私達、
全国放送で映っていたのかな?




AKBも大画面で東京マラソンを応援。





たかたか日記-110227_143152.jpg





みなさん、一生懸命走っていました。


ボランティアのサポートも素晴らしく




沿道の方達も温かい声援で、




東京も捨てたものではないなと思いました。





たかたか日記-110227_142228.jpg



中には、ピエロやバニーガールもいて楽しかったよ。




そんなこんなで・・・


自分達やってしまいました~



後輩くん見逃した~


(#⌒∇⌒#)ゞ



なかなか来ないなぁ~


遅いなぁ~


って、ずっと待っていたら、




ゴール地点にいた子から


携帯に


『○○くんゴールしたよ』


の連絡。( ̄□ ̄;)





急いで、ゴール地点のビッグサイトに行って




見逃した事に”ごめん”



応援できなかった事に”ごめん”


o(_ _*)o



悪かったよぉ~、本当にすまん。


ホント、お二人さんお疲れ様でした。






今回初めてマラソンのゴール地点に行きましたが、




みなさん、一度ゴール地点に行ってみたほうがいいですよ。




色々なドラマがありました。








マラソンを通して、




人それぞれ人生があるんだなぁって思いました。






改めて、完走したみなさんお疲れ様でした。




最後に、銀座の街。





たかたか日記-110227_144451.jpg



車が通らない銀座の街って・・・


とても貴重な一枚。



ホント、みなさんお疲れ様でした。


_