2009年駅伝シーズン~惨敗を糧に~
まさかの惨敗だった。アンカー太田が苦悶の表情を浮かべ、手を合わせながらゴールする。全日本大学駅伝3連覇を果たし、勢いをつけて臨んだはずの第85回箱根駅伝。王者復権を高らかに告げた歓喜のゴールから1年。大手町ゴール地点では、涙に暮れる藤色軍団の姿がそこにはあった。
「(敗因は)主力選手に故障者が出てしまったこと。そして、卒業した5人のメンバー穴を埋めるチーム力の底上げができなかったことが全て」(大八木監督)
敗因は層の薄さ-。指揮官はエースの離脱よりも、選手層の薄さを問題点として挙げた。確かに復路のエース区間・9区を予定していた深津の離脱は大きかった。だが、チームの要の欠場よりも、それに替わる選手を配すことが出来なかったとして、チーム全体の課題であることを強調した。
そして、無念のフィニッシュから8ヶ月が経過。今年も恒例のサバイバル夏合宿がやってきた。今年度のテーマは「選手層の底上げ」だ。中でも、1年生の底上げを重点テーマとして、練習メニューをアレンジした。「距離走を多めにした」と指揮官。1年生の育成を図るところに、指揮官の思惑が見えてくる。
理由は2つ。1つ目は例年以上に質の高い新入生が入学したこと。2つ目は、1年生からの突き上げによる上級生の意識の変化が期待できることだ。
今年の新人は有力選手の宝庫だ。全国屈指のエース達が集う都大路1区で区間賞を争った上野(仙台育英出)、千葉(佐久調聖出)、後藤田(埼玉栄出)に加え、都道府県駅伝でその存在をアピールした久我(富里出)、入学後に急成長を遂げている撹上(いわき総合出)、手塚(那須拓陽出)、西澤(草津東出)と多士済々だ。「1年生には、今までに無い手応えを感じている」(同監督)質、量ともに豊富であり、かつ個性的なルーキーズに指揮官も目を細める。
また、1年生の活躍に黙っていないのが上級生である。レギュラーの座を争う新入生の台頭に、目の色が変わってきた。成長著しい3年生の飯田は「下級生には負けたくない」と先輩としての意地を強調。駒澤の強さを培ってきた伝統の競争心が蘇り、闘う集団へと変貌しつつある。「(1年生の活躍が)2、3年生に刺激になり、良い状態になってきた」指揮官の狙いはここにある。
思えば昨年は、卒業生の穴を埋めるべく、4年生の奮闘が目に付いた。我妻、高橋、砂原、岩井。駅伝未出走の選手達が精力的にメニューをこなし、チームに活を入れた。だが最上級生の奮闘だけでは、チーム全体に競争心が生まれず、レギュラーと控えの選手達の間に実力差という見えない壁が出来てしまった。
一方で、今年は「新入生の成長=チームの成長」といった指揮官の考え方が、チーム全体に浸透していることが伺える。Aチームで奮闘する千葉を鼓舞する宇賀地の一言に、Bチームの先頭を切ってペースメイクする渡邉の姿。取材時に垣間見えた先輩達の助言する姿に、駅伝シーズンを見据え、チームに求められていること、今なすべきことを理解している上級生の姿勢が見て取れた。
では、今年のチームは新入生依存型なのか。私はそうは思わない。大八木監督は、以前読売新聞のインタビューに、こう答えている。
「どんなに素質があったとしても1年生や2年生は箱根駅伝を戦えるとは限らない。20㌔を戦える脚力を作り上げるには、走りこんで、蓄積して、鍛え上げなければならない。だから軸は3年生、4年生です」
鍵は、厳しいトレーニングの中で、地道にタフさを蓄積させてきた上級生といえよう。
いよいよ近付いてきた駅伝シーズン。今年は予選会も控えており、例年にないタイトなスケジュールをこなさなくてはならない。「予選会は何が起こるかわからない」(同監督)「経験したことがないということはハンデ。かなり不安」(宇賀地)その不安は正直なところだろう。一発勝負の難しさ、団体競技のプレッシャー、コンディション作りの難しさ、そして何よりも経験の無さ。目に見えない緊迫感が選手達を襲うことだろう。
また、股関節の疲労骨折から調整が遅れているカルテットの一角・星の復調具合も気がかりだ。さらに、1年生の20㌔への対応も未知数で、同じ練習を積んできた3年生渡邉や2年生藤岡のハーフマラソンで思うような結果を出せず、チームを鼓舞できなかった。不安要素は多い。
一方で、指揮官はそんな不安に動じる気配はない。「予選会で得られる経験を自信に、そこから流れを作っていければよい」また予選会に向けた戦略も固まりつつある。「強い選手はそのまま(先頭集団で自由に)走り、中堅の選手達はスタミナ配分を考え、ペース走で走る。大事なのは(アップダウンの控える)後半」シナリオは出来上がった。あとは選手達が応えるのみ。上級生の意地に、新入生の物怖じしない姿勢が結集したとき、予選会からの栄光が見えてくる。
区間配置を予想する~優勝候補駒澤大学~
「85回大会は厳しい戦いになる」「前回より層が薄い」「(箱根駅伝の10区間では)あと二人、三人が足りない」「耐える山になる」-
いずれも、全日本大学駅伝直後の大八木監督のコメントだ。3連覇を果たした全日本大学駅伝。連覇を果たしたことによるチームの手応えよりも、箱根駅伝での苦戦を真っ先に痛感していた。ベストメンバーで臨んだ結果が、2位早稲田大学と44秒の僅差。ライバルのひたひたと迫る足音を、指揮官は確実に感じていた。
だが、ここにきて、自信のコメントが増えるようになってきた。「(チーム全体の)力は上がってきている」「山登りには自信がある」背景には、順調に消化できた大島選抜合宿、さらに、12月に入ってからのポイント練習の消化ぶりがあるのだろう。特に、夏合宿から精力的に練習に励んできた4年生、3年生の急成長に加え、下級生が負けじと喰らいつくようになってきた。競争力という無言の喝が、チームに加わってきたことで、勢いが加速されたといって良い。
注目は、3年生カルテットの宇賀地、深津、高林、星。いずれの選手も主要区間に起用されることが決定的で、宇賀地は2区、深津は9区、高林は7区、星は5区が濃厚とされる。
だが、ポイントは、初出場の選手たちになると考える。特に、高橋、藤山といった三大駅伝初出場の選手たちが鍵を握るだろう。練習は十分にこなせている。残るは、本番のレースで、いかに自分の実力を発揮するか。区間配置を含め、力を出し切らせるための采配が指揮官に求められることだろう。
区間配置では、経験者とサンドイッチさせることで、リラックスさせる手法が想像される。例えば初出場藤山が濃厚といわれる6区。「ウチのポイントは7区」と指揮官。つまり、7区に経験者(高林or池田)を配すことで、ライバル早稲田大学・加藤を必要以上に意識させないように配慮していることが伺える。また、先頭を走ることで生まれる「襷の力」も最大限に活用したいところだろう。そのためには、往路から先行する必要がある。
往路重視-。前回とは違う戦い方だ。絶対的な戦力を誇った前回大会では、復路に主力を配置し、終わってみれば藤色の襷がトップで大手町に戻ってくる、いわば、確実に勝利をもぎ取るレースプランを描いていた。例えば、1区に豊後、3区に深津を配せば、往路から独走することも可能であったと想像されるが、往路独走、復路逃げ切りというようなシナリオにはあえてしなかった。他大学との圧倒的な戦力差に加え、追いかける展開でも、詰める走りができるという確信。これらを踏まえ、確実に勝つための勝利の方程式を描いたからだ。
だが、今回は、往路重視、復路逃げ切りの公算が高い。理由は3点。往路から飛び出す力のある大学が存在すること(留学生を配す山梨学院大学、大西・柏原を往路に投入する東洋大学、木原2区が確実な中央学院大学)、ライバル早稲田大学の復路のスタートに切り札加藤(前回区間賞)がいること、自チームの経験不足を埋めるには、襷の力というアドバンテージを活かす必要があることだ。6区スタート時点で加藤がいることは、往路から早稲田を逃がせるわけにはいかない。加藤が先頭を走った場合、昨年のような展開になってしまえば、追いかけることが出来るほどの圧倒的戦力差は最早ない。それであれば、往路から飛び出す大学に着いていき、先手先手でレースを進める。早稲田の前に常にいれば、追いかける早稲田に焦りが生じることは間違いない。後手を踏めば、スーパールーキーと言えど、20キロ超の長丁場で流れを変える走りまでは期待できないであろう(渡辺監督は流れを変える走りを3年生に期待している。筆者は、それに加え、叩き上げ組の堅実な走りで確実に繋ぎ切ることが重要と考える。射程圏にライバルを常に捉えていたいからだ。安定した走りで、差をキープする走りは、ルーキーよりも、距離を踏んできた叩き上げ組こそ適役と考える)
初心に帰ること、そして、チームワークを襷にこめて。今年も、総合力で戦うスタンスは変わらない。今大会の優勝の鍵を「ミスをしない駅伝をすること」と語った大八木監督。「原点と襷」をテーマに掲げた駒澤大学の集大成を箱根路に展開する時がきた。
一般組の飛躍~優勝候補早稲田大学~
「今年の早稲田は強い」強いインパクトを与えた。故障を抱えながら壮絶なラストスパートを披露したエース竹澤でも、トップを奪ったスーパールーキー三田でもない。7区を任された大学駅伝初出場の三戸である。
全日本大学駅伝7区。中間点を過ぎてロングスパートを仕掛けた駒大・太田に、三戸はついていけない。その差は一時10秒差まで広がった。
普通のランナーであれば、一気に後れをとってしまうところ。肉体的にきつくなっていくところで、精神的にも切れてしまうからだ。併走していたランナーのスパートについていけず、ずるずると下がってしまう選手をこれまでどれほど見てきたことか。だが三戸は違う。遅れてからも、じっと前を見据える走りは変わらない。先に仕掛けた太田のペースが鈍ってきたと見るや、自らの肉体に更なる鞭を打つ。結局ラストスパート合戦で、太田に再度突き放されはしたものの、ラスト1㌔地点で並んだその強靭な精神力に、今年の早稲田の強さを垣間見た気がした。
指導者は、個人競技のトラックレースとは違い、団体競技の駅伝では、「読める選手」(相楽コーチ)こそ起用したい意向を持っている。読める選手とは、計算できる選手のこと。壺にはまれば強いが、まとめ切れない選手よりも、爆発力こそなくとも、安定感のある選手の方こそ、重宝される。三戸というランナーは、まさにそういった選手へと成長していると見て取れた。
「一般の選手は下積みでもの凄い量の練習を積んできて、確実に力をつけながら伸びてきているので、はずれが少ないんです。ある程度使える目処が立ったら、安心して使える選手ばかりですね」相楽コーチが早稲田スポーツの取材に答えたコメントである。三戸も一般入試で早稲田の門を叩いた一人。文字通りはずれが少ない選手へと飛躍を遂げたことが伺える。
箱根駅伝は20㌔を超える区間が9つを数える。さらに、起伏に富んだ難コースが多い。センスだけで走り切ることは極めて難しく、これまでどれだけ距離を踏んできたか、その努力の成果が問われる。早稲田には、三戸の他、全日本の6区を担った朝日、上尾ハーフマラソンで地道な成果を示した芦塚、斉藤、猪俣と控える。いわゆる「叩き上げ組」が足並みを揃えたときのチームは強い。
数多くのエリートランナーが門を叩いた早稲田大学。各メディアは、こぞってオリンピックランナー竹澤、黄金ルーキー八木、三田、矢澤、中山にスポットを当てた。だが、箱根駅伝では、つなぎ区間での勝負になる公算が高い。「つなぎの区間で層の厚さを見せつけたい」駒澤大学と「つなぎの区間に付け入る隙がある」(渡辺監督)と見る早稲田大学。勝負は、つなぎの区間で対峙する選手たちの踏ん張りに掛かっている。当日は、つなぎの区間を任されるであろう「叩き上げ組」の走りに是非注目してほしい。