那覇手であった剛柔流の流祖と言われる東恩納寛量先生は士族でした。

実家は山原船で運搬の仕事をされ少年期から稼業を手伝われ、


自然と足腰が鍛えられ強靭な身体になっていて空手の基礎的な体力が養われていたと言います。


渡口政吉先生も元、士族の出で稼業の伝馬船で水を運ぶ手伝いを幼少の頃からしておられ、



学生の頃は辻町で人力車を引いておられたとよく昔の事を話して下さったものでした。



強靭な足腰の柔軟性、バネは天性のものがあり


演武会では必ずダルマ体操と呼ばれる準備運動をされ型を演武されました。


それは晩年になっても衰える事はありませんでした。



剛柔流空手を正しく稽古すればこのような身体になれるのだと言われるのが常でした。




それを見た海外の人達から、ゴム人間、バネ人間、タコ人間、などと呼ばれました。



先生は名声、お金、地位には目を向けず、空手の普及だけに一生を捧げられました。



武士は食わねど高楊枝、空手を商売とされる方が多い現代。

渡口先生は、清貧な生活を楽しんでおられました。





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