電子も人間も不確定? | すずき院長のブログ

電子も人間も不確定?

人間は極めてあいまいな動物である。


医学治療にともなう「プラセボ効果」がその典型で、薬効のないプラセボ(偽薬)が一定の効果を表す現象である。医師は、見かけの効果 - プラセボ効果 = 真の薬効と判断し、プラセボ効果を単なる気休めで片付けてしまうが、そんな単純なものでないことは別稿 で考察した通りである。


プラセボ効果は人間に本来備わっている潜在的な自然治癒力と位置付けるべきである。東洋医学では人体を統合・調節する「気」の力 = 生命エネルギーを想定している。自然治癒力には「気」の力が関わっているのだが、「気」の存在が科学的に解明されないため証明には至らない。ひとまず、人間は原理的にあいまいであるとしておこう。量子論ではあいまいさを不確定性と表現する。



今、日本の領空を他国の戦闘機が侵犯したとしよう。すると、日本各地の軍事用レーダーが不審機を捕捉する。レーダーが発したマイクロ波の反射波を分析して飛行物体の位置と速度が算出される。


次に、マー君のストレートの球速はスピードガンで測ることができる。原理はレーダーと同じで、キャッチャー方向からマイクロ波をボールに当て、その反射波から速度を計算する。


今度はミクロの世界に入る。


電子のような微粒子の位置と運動量を測定する場合でも電磁波を当てて反射光を分析する必要がある。このとき、γ線のような短い波長なら位置は正確に測れるが、エネルギーが強いため電子がはじき飛ばされて運動量が正確に測れない。逆に、エネルギーの弱い電磁波を当てれば運動量は正確になるが、波長が長いため位置がはっきりしなくなる。


ミクロの世界ではモノの位置と運動量を同時に確定できない。これがハイゼンベルグの唱えた「不確定性原理」で式は


Δx・Δp = h (Δxは位置の不確かさの幅、Δpは運動量の不確かさの幅、h はプランク定数


と表される。
注意すべきは、電子の位置と運動量は本質的にあいまい(不確定)なのであって、測定方法の問題でもなく、また人間の知恵が不足しているせいでもない。


一方、レーダーに映る不審機やマー君の速球の場合、ミクロの粒子に比べてサイズも質量も巨大なため、電磁波が当たり損なうこともなく、当たってもビクともしない。本質的なあいまいさは無視できるため位置と運動量が同時に確定される。日常の物質世界は量子力学以前の古典的な物理学で説明される。



では、不確定性原理がミクロの世界のどんな謎を解いたのか?


古澤明著『量子もつれとは何か―「不確定性原理」と複数の量子を扱う量子力学』にはこんな説明がある。


原子の構造はマイナスの電子が原子核の周囲を惑星のように回っていると考えられていた。古典力学的に電子は中心への加速度運動によってエネルギーを失い原子核に落下するはずだが、現実には原子はつぶれずに存続する。


不確定性原理にしたがえば、電子が原子核に落ち込むと電子の位置が確定するため Δx(位置の不確かさ)がゼロになり、Δp(運動量の不確かさ)が無限大になる。それは運動量が無限大を意味し、もはや電子が存在し得ない。だから、電子の位置と運動量の不確定性がほどほどに決まった状態、つまり電子がモヤモヤと広がった状態に保たれる。これが「電子雲」の説明であり、原子がつぶれずに存続する理由にもなっている。


次に、佐治晴夫氏の『量子は、不確定性原理のゆりかごで、宇宙の夢をみる』によれば、


    λ= h / mv(ド・ブロイの物質波の式)から


    Δx・Δp = h(位置と運動量の不確定性原理)が生まれ、


    E = hν(プランクの光のエネルギーの式) から


    ΔE・ΔT = h (エネルギーと時間の不確定性原理)が導かれるという。


不確定性原理は位置と運動量のみならず、エネルギー(E)と時間(T)との間にも成立する。

ここからの展開がすごい。


例えば光が強い場合、光子(フォトン)の数が大きいため ΔE(エネルギーのばらつき)が大きくなる。これは、


   ΔE・ΔT = h (エネルギーと時間の不確定性原理)


において ΔT (時間の不確かさ)が小さいこと、つまり光子の位置が時間ごとに連続して変化することを意味する。これは波の性質である。


反対に、光が弱い場合は ΔE が小さくΔT が大きくなり、光子の変化が不連続であたかも粒子が動いているように見える。即ち、強い光は波のようにふるまい、弱い光は粒子のようにふるまう。これが不確定性原理から見た「粒子と波の二重性」の説明である。



不確定性原理が導くすごい話をもう一つ。


アインシュタインの相対性理論は時間と空間の概念を変えた。時間も空間も絶対的なものではなく観測者の運動に応じて変化する。たとえば宇宙飛行士が月を往復すると、地球の時間はほんの僅か進んでいるという。


相対性理論は時間と空間のみならず、質量とエネルギーの概念も変革した。それがエネルギーと質量は等価であることを示す式


    E = mc2 (E;物質のエネルギー、m;物質の質量、c;光の速度)


である。この式から、ごく微量のウランが原発の巨大エネルギーを生み、原子爆弾にもなることが理解される。佐治晴夫氏によれば、この式を不確定性原理に適用した


   ΔE = Δm・c2 を


   ΔE・ΔT = h (エネルギーと時間の不確定性原理)


に代入して解いてゆくと、


   Δm・ΔT = h / c2


が得られる。(本著では = ではなく ~ を用いている)


問題はここからだ。h(プランクの定数)とc(光の速度)は一定なので、時間(ΔT)が短くなれば、質量の不確かさ(Δm)が大きくなる。ここから、ごく短時間なら何もない空間で粒子が生成しては消滅するという発想が生まれる。


湯川秀樹氏は、「核力」を説明するために、陽子と中性子を強い力でつなぐ仮想粒子の存在を予言して日本人初のノーベル賞に輝いた。


ある陽子がごく短時間にπ中間子を放出して中性子に変わり、となりの中性子がπ中間子を吸収して陽子に変わる。中間子論である。このような中間子の交換によって生まれる相互作用が「核力」で、プラスの陽子同士の反発力をはるかに超える力で原子核をまとめている。


だが、原子核ではときにα粒子が短時間に大きなエネルギーを獲得し、強い核力を振り切って外部に放出されることがある。それがα崩壊で放射線の正体でもある。核力もα崩壊も不確定性原理によって説明される。α崩壊については追って触れることにしよう。



最後は宇宙の話。


はるか遠い昔、超高温・超高密度の火の玉が大爆発して宇宙が誕生したという。ビッグバン理論である。

「じゃ、その前は?」という疑問が湧くが、そんなことは誰にも分からない。だが、物質の最小単位である素粒子がなければ何も始まらない。じゃ、素粒子が無から生まれたということ?どうやらそうらしい。


かつて真空は無と考えられていた。しかし、上述したように、ごく短時間であれば不確定性原理によって真空でエネルギーのゆらぎが生じ、何もないところから粒子と反粒子が生成しては消滅するという。


何もないはずの真空は無と有の間でゆらいでいる。このような真空のゆらぎがミクロの宇宙を生んだ。だが、何らかの理由で反粒子が僅かに少なかったため、粒子が残って物質宇宙のはじまりとなったらしい。


不確定性原理はミクロの神秘から宇宙創成まで支配しているようである。