今、夜明け前。
Amebaでブログを始めよう!

返事の読み方。

「あー、夜は会食入ってるな」

短い返事が来た。

日曜日の食事に、しかも誕生日に誘ったのは、とてつもない勇気だった。でもあっさり断られてしまった。こんなものだ。

「了解、また今度。」

月曜日の昼から大阪で打ち合わせがある。信吾と一緒にいれるのなら、月曜の朝に新幹線に乗るつもりだったけど、その必要もなくなった。京都に住んでいる両親にも暫く会っていないし、ちょうどいい。日曜の昼には京都に向かおう。

いい女。

ラストオーダーねえ・・・。

ぼんやり考えていると、携帯にメールが届いた。

「日曜休み?ヒマなら食事でも行かない?」

弥生が休日の食事を誘ってくるなんて初めてかもしれない。いつもどこかでお互いが飲んでてその後合流して弥生のマンションに行く、というパターンばっかりだ。

弥生はいい女だ。表参道に出来たカフェのレセプションパーティーで初めて会った夜、信吾は弥生に一目ボレした。マンションに行く間柄になってもベタベタ干渉してこない弥生の性格はラクだった。周りの誰にも弥生との関係は話していなかったし、弥生も話していないだろう。その証拠に、信吾の友達のうち誰か一人はいつも弥生を口説いていた。弥生がその度に上手くあしらっているのが目に浮かんだ。信吾も最初そうされたように。

「あの女、遊んでるわりにホント堅いよな。」

そんな噂がよく耳に入ってきた。

誘う方法。

信吾のことは本気になれない、と思いつつも弥生はいつも信吾がいちばん好きだった。この2年、弥生が自分のマンションに入れたことがあるのは信吾だけだ。もちろん信吾はそんなことは知らないだろうけど。知らなくていい、と思うのは自分の気持ちが信吾にあると思われるのがしゃくだからか、それとも重い女だと思われて、信吾が去っていくのが怖いからなのか、どちらかは自分でもわからなくなっていた。

信吾の20代最後の誕生日は日曜日。私も信吾も休みだ。一緒にいれたらいいのに。

弥生は迷いに迷って、何度も書き直して、そっけないメールを送った。

「日曜休み?ヒマなら食事でも行かない?」

誕生日だよね?なんて、言えない。

ラストオーダー。

本業はいたって順調だ。仕事のランクも収入も20代としては十分すぎる程だと感じる。アシスタントも抱えて、時間に余裕も出来てきた。趣味と実益(人脈を広げることと、いい女に会う確率を高くすること)を兼ねたDJも楽しんでいる。好みのグラビアアイドルのバースデイパーティーにDJとして呼ばれたのもいい気分だった。

今夜は20代最後のバースデイパーティ。「信吾さんも今年がラストオーダーですね。ご注文は?」アシスタントの洋平が冗談交じりにそう言った。

理想と現実と感情。

20代最後の一年か…。

信吾は日曜の誕生日を前に1人で思いに耽っていた。今夜はいつもの様に友人がパーティーを開いてくれる。毎年のことだ。誕生日だからといって女と2人きりで過ごすようなマネはしたくない。全てを許し甘えあう関係なんて信じないし、面倒。

ただ、手を繋ぎたいだけ。

デザイナーの信吾と2人で歩いているとき、信吾の知りあいに会うと必ず「あれ~、信吾の彼女?」と聞かれた。信吾は「いや、友達」といつも否定した。だから弥生も信吾と真面目に向きあわずに都合のいい関係を続けようとしていた。

でも、弥生がホントに欲しかったのは、手を繋ぐことだった。何の迷いもなくパートナーと呼べる相手だった。

世界が終わるとき。

弥生の周りはいつも華やかだった。

彼女の担当するブランドが軌道に乗ってからは公私共に充実していた。毎日寝る時間を削ってでも仕事をし、飲み歩いた。だが、そんな毎日を過ごすうちに弥生は考え出した。

例えば今、世界が終わるとして。助かるためには心から愛し合い、信頼しあう力が必要だとしたら。「二人組を作って手をつないで下さい」と全世界中に告知されたとしたら。誰に手を差し伸べればいいのか。

私を必死で口説いているバーのマスターは、来年結婚が決まっているので最後に足掻きたいだけだろう。いつも連れ歩いている俳優の卵は、私の金と人脈が魅力的なだけだ。この2年、付かず離れずを繰り返しているインテリアデザイナーのアイツは?

金あり、職あり、美貌あり。30女の落とし穴。

「失恋」どこにでもある、面白くない話。今この瞬間にも誰かが恋を失ってメソメソ泣いている。


今日、帰りの地下鉄で彼女は自分の「恋愛勝率」を数えてみた。
もちろん「勝ち」は振った「負けた」は振られた数である。
結果、5割。勝ち負けは同数であった。

これは彼女には意外な数字だった。

というのも、まさに今、こっぴどく振られたところで「なんで私はこんなにも男に振られてばかりいるのか?」と悶々としていたからだ。そっか、振ったこともあったんだっけ・・・。

春日弥生、31歳。アパレル会社の役員。惚れたはれたの人生なんてまっぴらで、ドライな付き合いが出来る男やちょっぴり切ない疑似恋愛気分を味わわせてくれる男、飲み仲間、食事仲間、セックスフレンド、そういうのを用途に合わせて何人か取りそろえていればいい。そう豪語していた数年間だった。実際に、そんな生活だった。若くてカワイイ子を従えて、毎晩六本木あたりのなじみの店で遊び、仕事関係の派手目な付き合いもこなし、それなりに男に口説かれ。人生そんなものだと思っていた。それについての虚しさなんて、感じていなかった。誰が見ても楽しげに人生を渡り歩いている大人の女だった。

そんな弥生が今、どん底に落ちている。