〔事実認定〕
小林充=植村立郎編『刑事事実認定重要判決50選(上)(下)〔第2版〕』(立花書房,平成25年)
用途:刑事系全般(実務修習と研修所の起案の双方を含む)
おすすめ度:☆☆☆
刑事事件の分野における最高裁判所及び下級裁判所の判決を素材として,実体法・訴訟法の解釈・判断のメルクマールを分析した論稿を収めている論文集です。実定法の解釈も整理されているので,司法試験後に忘れてしまった知識を復習することもできます。
使い方については,実務修習では,事件で必要となったトピックについての論稿をその都度読むことになると思います。なお,修習地によっては傍聴することになるであろう,覚せい剤等の密輸入事犯における薬物の認識についての事実認定は,本書よりも,渡邉英敬=飯島英貴「覚醒剤を中心とする違法薬物の営利目的輸入事件における違法薬物の知情性の推認について」『植村立郎退官記念論文集 現代刑事法の諸問題第二巻 第2編 実践編』(立花書房,平成23年)97頁以下,大阪刑事実務研究会「覚せい剤輸入罪における故意」判タ1350号48頁以下の方が,間接事実が整理されているのでおすすめです。
研修所の起案との関係では,起案との関係で重要なトピックを事前に読み込み,起案に臨むべきでしょう。差し当たり,正当防衛,共謀,殺意,窃盗罪における占有,恐喝と強盗との区別,盗品等有償取得罪における盗品の知情,共犯者の供述の信用性,目撃者の供述の信用性に関係するトピックの論稿を読めば最低限対処することができるかと思います。
なお,事実認定の総論的な理解は,白表紙の解説で足りるかと思いますが,どうしても不安ならば,石井一正『刑事事実認定入門〔第3版〕』(判例タイムズ社,平成27年) を読んでもいいかもしれません。ただし,各論的な記述が薄いので,結局は,白表紙以外ならば,本書と,次に紹介する司法研修所編『情況証拠の観点から見た事実認定』(法曹会,平成15年)で学習した方がよいのではないかと思います。
司法研修所編『情況証拠の観点から見た事実認定』(法曹会,平成15年)
用途:刑事系全般(実務修習と研修所の起案の双方を含む)
おすすめ度:☆☆☆
間接事実(情況証拠)による犯人性の認定に関する司法研究。最初の70頁程で,犯人性認定に関する総論的な解説と,各類型の間接事実の解説がなされており,それ以降の資料では,33個の事例に関する各審級における判断がまとめられています。
修習との関係では,前半の解説が重要で,これが,特に検察起案での犯人性の起案で威力を発揮します。本書では,犯人性に関する典型的な間接事実が網羅されていますが,検察起案で出題される間接事実は,本書に挙げられている典型的な間接事実か,あるいはその組み合わせとなりますので,本書で各類型の間接事実の特徴を理解しておけば,検察起案で迷うことがなくなると思います。本書では整理されていないものの,各間接事実が犯人性を推認させる根拠(推認の基礎となる経験則の内実)と,反対仮説として何が想定されるか(推認の基礎となる経験則としていかなる例外が考えられるか)を意識して読めば,いかなる事実が重要となるか意識しながら記録を読むことができるはずです。
後半の資料は,時間があるときに適宜参照すれば足り,通読する必要はないでしょう。
大阪刑事実務研究会「裁判員裁判における法律概念に関する諸問題」(判例タイムズ1350号以降)
用途:刑事系全般(特に刑裁起案)
おすすめ度:☆☆
刑事実体法の法律概念について、実際の裁判員裁判における実例を踏まえつつ、公判前整理手続や審理、評議の在り方等について研究する連載です。法律概念の内容についての検討や,事実認定上のメルクマールにも言及されているため,50選では物足りない場合には,こちらも参照すると良いでしょう。刑裁起案では,法律概念の正確な理解が必須となってくるので,法律概念について学習するためには,本連載は有益です。
連載中,正当防衛に関するもの(判タ1365号46頁,1366号45頁),共謀に関するもの(判タ1355号75頁,1356号50頁,1357号46頁,1358号56頁)が特におすすめです。
〔量刑・情状〕
司法研修所編『裁判員裁判における量刑評議の在り方について』(法曹会,平成24年)
用途:刑事系全般(実務修習と研修所の起案の双方を含む)
おすすめ度:☆☆☆
現在の量刑の考え方について解説した司法研究です。白表紙(プラクティス刑事裁判)にも,量刑の考え方が記載されていますが,数ページで総論的な解説がなされているにとどまるので,量刑理論を理解したいならば,本書を是非参照すべきであるといえます。
本書では,最初に裁判員裁判における量刑判断の在り方を解説し,次いで,各量刑事情について解説がされています。
本書は,裁判所の立場から量刑理論が書かれているので,刑裁修習・刑裁起案では直ちに本書の考え方を使うことができます。
また,検察と刑弁との関係でも,行為責任主義や各量刑事情の考え方自体は当然使うことができます(ただし,裁判員裁判非対象事件の論告・弁論で,本書のような考え方を採るか否かは,実務家によるようです。)。ただし,研修所の検察起案では(終局処分起案をするという性質からでしょうか。),情状事情を広く挙げることが求められ,「社会的類型で織り込み済み」というような記載はしないと思われます。
なお,量刑理論に関する有益な文献としては,岡慎一=神山啓史『刑事弁護の基礎知識』(有斐閣,2015年)190頁以下,松尾浩也=岩瀬徹編『実例刑事訴訟法Ⅲ』(青林書院,2012年)224頁以下があります。
〔刑裁〕
松尾浩也=岩瀬徹編『実例刑事訴訟法ⅡⅢ』(青林書院,2012年)
用途:刑裁修習,刑裁起案
おすすめ度:☆☆
刑事訴訟法上の重要論点を解説する実務家の論文集です。Ⅰ~Ⅲの三分冊で,Ⅰが「捜査」,Ⅱが「公訴の提起・公判」,Ⅲが「証拠・裁判・上訴」に関する論稿を収めています。修習で捜査が問題となることは必ずしも多くないので(刑裁修習や検察修習で偶然,捜査の適法性が問題となる事件に当たる場合くらいでしょう。),ここでは,ⅡとⅢについて紹介します。
ⅡとⅢに収められている論稿には,刑裁修習中に日常的に問題となり得る問題が扱われている上,基本的な事項から解説がなされ,その上で実務上の運用についても言及されているため,本書は座右に置く価値のある文献といえるでしょう(なお,刑裁修習での私の配属部の部長の席には本書が置かれていました。)。
刑裁起案との関係でも,保釈の運用(Ⅱ67頁以下),情況証拠による立証と合理的疑い(Ⅲ185頁以下),量刑判断の考慮要素(Ⅲ224頁)は特に参照する価値が高いといえるでしょう。ただし,研修所の起案との関係では,他の文献での代替も可能です。
〔検察〕
末永ほか著『―6訂版―犯罪事実記載の実務 刑法犯』(実務法規,平成26年)
用途:検察修習,検察起案
おすすめ度:☆☆☆
公訴事実の例を集めた本です。検察講義案にも公訴事実の例は記載されているのですが,公訴事実の書き方についての解説はないため,本書を参照して公訴事実の書き方について学ぶことは有益です。また,刑法犯を網羅している上,各罪について典型的な類型に属する事案における公訴事実も記載されているので,検察修習もこれさえあれば困ることはないと思います。
検察起案との関係では,検察講義案に記載されている罪と,身体犯及び財産犯については,本書で書き方を押さえておくと安心できるでしょう。
前田ほか編『条解刑法〔第3版〕』(弘文堂,平成25年)
用途:刑裁修習,検察修習,検察起案
おすすめ度:☆☆
刑法のコンメンタールです。
本書が刑裁修習や検察修習で役に立つことはもちろんですが,裁判官室や修習生室に本書が置かれていると思いますので,そこで使うためだけならば,本書を購入する必要はありません。
本書が一番必要となるのは,検察起案においてです(そのため,本記事でも,検察の項目に本書を位置付けました。)。検察起案での犯罪の成否の起案では,各構成要件の定義を記載する必要がありますが,検察教官室による講評は,見る限り,基本的には本書の定義に従っています。ですので,本書で刑法各論を復習しておけば,検察起案で間違いはないと理解することが出来ます。
察講義案に記載されている罪と,身体犯及び財産犯について,構成要件の定義と,実行の着手時期,既遂時期,罪数関係を押さえておけば,検察起案で基本的に困ることはないと思われます。
〔刑弁〕
季刊刑事弁護増刊『刑事弁護ビギナーズver.2 』
用途:弁護修習(刑弁)
おすすめ度:☆☆☆
刑事弁護のいわば「マニュアル本」です。刑事弁護人としての活動について,かなり網羅的に解説がなされています。研修所の起案に直接役立つものではありませんが,実務修習で刑事弁護に関与する場合には,なにかある度に本書を参照することになると思います。また,付属DVDには書式と,接見の様子の映像が入っており,大変便利です(接見DVDは,例えば,修習生が模擬接見する場合に参考になります。)。
岡慎一=神山啓史『刑事弁護の基礎知識』(有斐閣,2015年)
用途:弁護修習(刑弁),刑弁起案
おすすめ度:☆☆☆
刑事弁護ビギナーズが「マニュアル本」といった趣であるとすれば,こちらは,刑事弁護の「基本書」といえばいいでしょうか。刑事弁護人の活動について解説がなされていますが,刑事弁護ビギナーズと異なる特徴としては,刑事弁護人の考え方が詳細・丁寧に解説されていること,いくつかのケースについてケースに沿った解説がされていること,量刑理論の説明がされていることが挙げられるでしょうか。刑弁教官が横に立って懇切丁寧に教えてくれるような内容になっており,事件への対応のためにさっと参照するというよりは,腰を据えてじっくり読み,考え方を身につけるための書籍であるといえるでしょう。
研修所起案の対策としては大変有用です(なお,著者の一人である神山先生は,現在,司法研修所の刑弁教官です。)。