昨日の13日(水)の夕方、今上天皇が譲位を考えられているというビッグニュースが飛び込んできた。

その直前には、香川大学が「満を持して」新学部設置を目玉とする「大学改革構想」なるものを記者発表している。

http://www.kagawa-u.ac.jp/files/3714/6839/5940/kaikaku2.pdf

 

何というタイミングであろうか。天皇の生前譲位は、明治以降想定されていない。このため上皇についての規定はなく、法律的には、皇室典範のみならず憲法の一部を改正する必要すらある。参議院選挙の結果、与党・改憲派が衆参とも2/3以上を占めるようになったタイミングをみはからったともいえる。当然、翌日の朝刊各紙のトップは陛下の譲位の記事一色である。これによって、元号から憲法まで、いまの日本社会の基本的枠組みが変わろうというのであるから不思議はない。こういう日に発表を仕組んだ大学の広報担当は落第であろう。

「そんなもの予見できないではないか」という反論はあるかもしれないが、震災のような突発事項ならともかく、国民投票や選挙結果などとおなじく、あらかじめ階梯をふんで仕掛けられる事象にはそれなりに法則性がある。早い話が、役所がらみの「ニュース」は土・日には出てこない。「会議が水曜日だから記者発表も水曜日」などという、お役所的発想では困る。地元四国新聞は、かつて新聞休刊日にも普段通り発行していたという掟破りの日刊紙で、それによって存在感を発揮していた。国立大学も法人化してすでにかなりになるのだから、民間の工夫を見習うべきであろう。

それでも、地元国立大学だからということで、とりあえず地元四国新聞はじめ全国紙の県内版にも記事は載っていたようだが、このビッグニュースに追いやられて、大学の記事は四国新聞でも下記のように第一面ではなく社会面に載せられ、しかも大きいのは見出しだけ。扱いとしては小さかった。

おまけに、同日法学部の学生がやらかした破廉恥事件の逮捕報道と一緒に流れるという「これ以上ない」タイミングの悪さである。

 

地元四国新聞の新学部構想に関する記事


 

さて、いずれにしてもこれは香川大学の今後の方向性を示したニュースであるので、ひととおり論じてみたい。
まず、新学部ということであるが、上掲の大学のHPの掲載内容を読んでも内容はわかりにくかった。同じ思いをした読者の方も多かったのではないか。

そこで、その後担当記者が取材したであろう四国新聞の記事を取り寄せ、さらに下記の日経新聞の四国版の記事をあわせてようやく全容が見えてきた。

 

(1)新学部について
ひとことで評すると、この新学部は文部科学省の意向と地元の意向の妥協の産物であるということである。最初、筆者は大学側の発表資料を見て、岡山大学に工学部と環境理工学部が並立してあるという連想から、今の香川大学工学部とは別に各学部が学生定員を分け合って、新たに創造工学部(仮称)を新設するのだと思っていたが、新聞記事をよく読むと、今ある工学部が「発展的に解消」して看板が「創造工学部(仮称)」になるだけなのだという。
これは想像であるが、香川大学各学部の中で最も新参で、かつ全国の国立大学工学部のなかでも新しい学部である現・工学部が、このままの状態では生き残りをはかるのが難しい状況にあるということではなかっただろうか。
大学側としても、いまある既存の学部に加えて類似系統の別の新学部を新設するには、大学側の「体力」も、地域の「需要」も乏しいということである。
少なくとも、入試偏差値的には学内で堂々最低ランクにある現・工学部の隣りに、さらに「得体のしれない」類似学部を作ったとしても、偏差値的には最低ランクの下に「またその下」のFラン学部ができるだけであり、香川大学全体のレベルの低下につながりこそすれプラスにならない。純然たる新設でなく既存工学部の改組となった理由とは、実際はそういうことだろう。

しかし、曲がりなりにも今の工学部は香川県の産業界のニーズの上につくられた学部である。それを壊して、かわりにさらに歴史と地域のニーズの乏しい類似の学部に作りかえたとして、いったい誰が入学するのだろうか。看板を「創造工学部」として目新しさを強調しているが、何かハヤリのテーマをとってつけた感じが否めない。普通の国立大のオーソドックスな工学部に比べて、受験生はとまどうであろう。ぶっちゃけた話、対岸の岡山にも隣りの徳島・愛媛にも、香川大学より陣容の充実した国立の工学系学部がある。大正時代に旧制高等工業学校として創設され、卒業生の中村修二氏がノーベル物理学賞を受賞したことを契機に今春理工学部に改組した徳島大学。同じく戦前の旧制高等工業学校以来の伝統を持つ愛媛大学。設置は戦後だが、偏差値的には一番優位に立つ岡山大学。平成に新設され、目だった研究成果や有力OBもいない香川大学工学部としては、これらに見劣りするのは明らかである。ただ、これまでは、センター試験の結果を受け自分の「持ち点」の低さからもともとの志望大学をあきらめ、進路指導の席で「新設だけれども、国立大学の工学部だから」と先生にすすめられてここを出願した受験生も多かったはずである。それが、「創造」工学部という、国立大学には聞きなれない「Fラン臭」のする新学部名になってしまったとき、果たして受験生が少なくともこれまでどおりに流れて来てくれるのか、ちょっと心配である。

どうせ作るなら、一緒に教育学部の人間発達環境課程を廃止するのであるから、「創造」工学部などという得体のしれない学部ではなく、新たな国家資格である公認心理師の養成機関として、小規模でも「臨床心理学部」を新設するという施策でよかったのではなかろうか。国家資格に直結し、さらに国立で日本唯一存在なら、それなりに存在感を誇れたはずである。ただし、学科関係者の間に、「医学部内の一学科のほうが、恰好が良くて古馬場の飲み屋で名刺が配りやすい」とか、「学生募集上有利だ」とか、そういう姑息な打算が働いたのなら笑止である。


(2)経済学部改組について
筆者のような経営学科のOBとしては、正直、単一学科制にはしてほしくなかったが、これまた「文部科学省の意向」を盾にされたということであろう。長崎大や和歌山大など、西日本ですすむ旧高商系経済学部の単一学科(複数コース化)の流れのなかでは、方向としてやむをえないことかもしれない。
ただしこれに伴い、入試窓口が従来の3学科ごとから一本化されることになる。これまで伝統のある経済・経営学科と、教養課程の廃止にともない語学教員の受け皿としてあとから無理やり新設された地域社会システム学科との学生間には、学力差やカラーの違いというものが存在していたので、新たに単一学科の一括募集となることで、こうした不協和音が解消されることが期待される。旧高商が戦後新制国立大学になった当時はもともと経済学科一学科だけで発足しており、まとまりもよかった。そう考えると、一概にマイナス面だけとはいえない。
今回の新学部設置に当たって、地元香川県から観光系の学部をという声もあったようだが、理工系を優先したのは文部科学省の「地方大学は理系中心に」という意向に沿ったものかもしれない。が、地元の声も無視もできないので、新たに観光系のコース新設をぶち込んだということだろう。

 

(3)教育学部について
今回、ゼロ免の人間発達環境課程は文科省による教員養成系の学部・学科の改革方針に従い、18年度から募集を停止する。早い話が、廃止である。しかも来春の40名の募集だけは行うという中途半端さである。すでに来春の入試準備をはじめている受験生たちに迷惑がかかるという理由らしいが、これが人間発達環境課程の最後の入学生ということになる。そして彼らが卒業すれば同課程は廃止となる。ちょうど7月15日に初戦で敗退したPL学園の野球部と同じく、これから4年間、「後輩のいない」学科としての悲哀を味わうことになる。それがわかっていて入学してくる学生は、よほどの「チャレンジャー」であろう。

まぁ、課程廃止が新学部の認可や他の施策とセットになっているため、「廃止が内定していての最後の募集」という変則な公表になっているのだろうが、「最後の入学制がもし途中で留年したり留学する場合、課程の廃止は1年間猶予してくれるか」とか、「専門分野でつきたい先生が4年後の廃止の前に他の大学に移籍した(逃げ出した)場合、その担当科目は開講されないのかどうか」とか、受験生にはネガティブな疑問が山ほど湧いているはずである。

さて、これに伴い教育学部はもとの教員養成学部のみに戻る。しかし、廃止によって浮く40名の学生定員をすべて今回の新学部に振り替えるのではなく、定員の3/4を「我田引水」よろしく自分の学部に残された教員養成課程の増員に振り替えるのだという。
まぁ、小・中学校や幼稚園・保育所の要員不足に対応するという大義名分なのだろうが、とりわけ今の保育士等の人手不足は有資格者の不足というよりも、あまりの待遇の低さに有資格者から「なり手」が少ないということに起因している。園の職員の多くが非正規雇用のアルバイトで占められているといういびつな構成に問題があるのである。小・中学校も、今後やがて少子化がすすむことが確実視されているため、正規職員の増員はなかなかできない。

団塊の世代の大量退職という「特需」によって以前にくらべてかなり好転したとはいえ、直近の香川大学教育学部の教員養成課程の卒業生131名のうち、正規職員として教職にありついたものが48.9%しかないという事実は、この学部にすすむ者の未来を暗くさせる。

かつて、今後確実に訪れる少子化に対応するために一般企業への就職を「開拓」するために新設されたはずのゼロ免課程であるが、今回こうして廃止されてしまえば、教育学部は確実に「将来の卒業生の受け皿」を失うことになる。過去20年以上にわたりゼロ免課程が供給してきた人材が、一般企業にとって有用だったか無用だったかの評価すら、この供給断絶によって放棄されたわけであり、学生はもちろんこれまで学部側の求めに応じて厚意で卒業生の採用を行ってきた企業側にとっても「はしごを外された」かたちであり、「もうこりごり」というのが正直な実感だろう。

 

≪参考 1≫

平成28年1月29日 文部科学省発表資料より


国立の教員養成大学・学部(教員養成課程)の平成27年3月卒業者の就職状況等について

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/28/01/__icsFiles/afieldfile/2016/01/29/1366495_03_1.pdf

 

≪参考 2≫

>香川大に創造工学部、デザインや防災、人材育成、18年度新設。 

2016/07/14  日本経済新聞 地方経済面 四国  12ページより
 
  香川大学は13日、「創造工学部(仮称)」の新設を柱とした2018年度の全学改革構想を発表した。新学部は既存の工学部を基に、デザインや防災・危機管理なども取り込む。経済学部には観光に関するコースを新設する。「地域ニーズに合った人材を養成する」(長尾省吾学長)姿勢を鮮明にする。
 来年3月に文部科学省に新学部の設置などを申請する。それに先立つ今年9月には新学部設置準備室を学内に設け、定員や入学試験の方法など詳細を詰める。
 創造工学部は現在の工学部(入学定員260人)にある4学科を創造工学科のみに再編。造形・メディアデザイン、建築・社会デザイン、防災・危機管理、情報システム・セキュリティなどの7コースを設け、デザイン思考やリスク対応能力を備えた次代を担う工学系人材を育てる。
 経済学部(300人)は現在の3学科を経済学科のみに絞り、観光地域デザイン、グローバル社会分析など5コース制とする。地域活性化を担う、より実践的な人材の養成を目指す。
 医学部には新たな国家資格である公認心理師の養成に向け、国立大医学部では初となる臨床心理学科(仮称)を設ける。教育学部の人間発達環境課程は文科省による教員養成系の学部・学科の改革方針に従い、18年度から募集を停止する。