2006年２月。

トリノ五輪金メダルの大本命として、選手団の旗手を任されるほど期待が高かった加藤条治だが、結果、メダルには届かなかった。

その原因については、いろいろな説が飛び交った。

前走選手の転倒による、直前の整氷作業が原因で緊張感が途切れた。あるいは、その間にきつく締めた靴ひもが足を必要以上に圧迫させてしまったなどが大方の見方だったが、私はそうは思っていない。

私が考える敗因とは。

まず第一に、レース前にリンクのまわりを流している時から、普段とは違っていた。どこかふわふわとした感じで、心ここにあらずという感じに見えた。

また、レース前の加藤の様子を、サンキョーのメンタルトレーナー松下信武はこう分析していた。

「いつもは客席を見ることなどなく集中する加藤くんが、珍しく客席に目をやっていた。普段はレースを見に来ることがないご家族がいらしていたことで、余計に観客の目、勝つということを過剰に意識してしまったのではないか？」。

そう。予定になかった整氷作業の以前から、いつもの加藤条治ではなかったのだ。

そして１本目のレース。スタートから、明らかにいつもの滑りでは無かった。ダッシュの時にスケートの刃がぜんぜん氷を噛んでいない。ただ、バタバタと足が動くだけで、なかなか前に進まないのだ。そんな加藤のスタートを見たのは初めてのことだった。スタートからそれでは、レースで勝てるわけがない。

２本目は、少し落ち着きを取り戻したように見えたが、絶好調の時には程遠い滑りだった。

レースが終わった後、私は加藤にインタビューをしたのだが。いつもは自分のレースのことをハッキリ覚えていて、どこが良くて、どこが悪いかを冷静に分析する加藤が、「レースの時のことは、ぜんぜん覚えていないんです」と話した。本人も、いつもとは感覚がぜんぜん違っていたのを自覚していたようだ。

17歳の時から天才スケーターと呼ばれていた加藤も、やはり初めての五輪、しかも金メダル確実と騒がれるプレッシャーが重圧になっていたようだ。その時のことは、バンクーバー五輪を目前にした今でも、時折、話の中で振り返る。私も含めて、周囲からの過剰な期待から感じていた重圧は、今でも忘れられないようだ。

そしてもうひとつ。

これはいい訳になると本人からは言われそうだが。加藤は年末から年始にかけて、酷いインフルエンザを患っていた。年が明けても体調はなかなか戻らず、身体の不安を抱えながら１月の世界スプリントを戦わなければならなかった。それが、五輪まで尾を引いたというのも、少なからずあっただろう。

体調を常にベストの状態にして戦うのも、一流アスリートの条件。そういった意味では、加藤もまだまだ未熟な選手であったのかもしれない。

以上のような理由から、レース直前の予想外の間、整氷作業は、特別、敗因に繋がったとは言えないのである。

次は２度目となる五輪。精神的にも成長し、体調面でのコンディショニングでも、同じ過ちを二度も冒しはしないだろう。

加藤にとって、本当の意味で真価を問われる大会となるバンクーバー。昨シーズンの不調もあるが、今、私は加藤とここまで直に接してきて、メダル獲得に向けて、不安は無いと感じている。

（文中敬称略）

（五輪のレース終了後、トリノ市内の喫茶店でのインタビュー・カット）

加藤条治が受けていた誤解～その２