湯河原の幕山公園へ梅林を見に行きました | 宿命知らずして人生変わらず

宿命知らずして人生変わらず

自分の能力を活かし、悩める方々にお役に立てばと思います。お気軽にお声かけて下さい。


今日は久しぶりにプライベートな写真を載せたいと思います




宿命知らずして人生変わらず


宿命知らずして人生変わらず


宿命知らずして人生変わらず



宿命知らずして人生変わらず


今年は梅が咲くのも少し遅れてるようですね。桜も2週間くらい遅れてるのではないでしょうか?


私は思います。そして皆さんにも感じて欲しいのです。宇宙と自然のリズムを想像して欲しいのです


どうして地球という星は寸分違わずに毎年同じ動きをするのでしょうか?どうして日本という国の、九州、四国、そして本州にて3月第3週から4月の2週くらいまでにかけて、毎年同じように桜が咲くのでしょうか?


どうして毎日、秒という物凄く早い時間間隔のズレもなく朝が来るのでしょうか?



これは偶然ですか?奇跡ですか?それとも宇宙人が仕組んだものですか?皆さんはどう感じますか?


私はこの梅林を見て涙が出ました。どうしてこうも美しいのでしょうか?そして何故、毎年このように従順な子供のように花を咲かせ、そして我々人間の心を捉えて止まないのでしょうか?これも偶然でしょうか?まるで梅の花には意志があるかのように、そして我々人間の心に話しかけてくるようです


この大宇宙のリズムの中にぽつんと光る惑星、地球。そしてその地球の中の日本という国の、湯河原という土地になるこの梅林が、私という人間の心も、そしてこの梅林に訪れた多くの人の心を魅了させるのです。これは梅という木が大宇宙の生命リズムと連携してる証拠ではないでしょうか?


我々人間も生命の一つです。この宇宙規模で連携した輪廻転生が遥か何億光年も昔から引き継がれてきた真理なのです。確かに私の脳では見えません。聞こえません。触れません。そして記憶にもありません


では逆を言えば「それが全てですか?」と言いたいのです。見える、聞こえる、触れる、それが全てですか?


想像して頂きたい。人間に与えられた特権、それは【想像】と【創造】する事です


その行為をせずに日々を刹那的に生きる愚かさといったら、悲しすぎるではありませんか


今朝、皆さんが食べた朝食が明日も同じ味覚で同じように食べられると思いますか?今日という日はまたと来ないのです。明日という未来は今日と同じである保証など一切ありません。だからこそ、今日を全力で生きる。そして素晴らしい明日という未来がある事に期待と希望を膨らませて今日を精進する。これが人生の本来あるべき姿です


そういう心構えを梅の花は教えてくれます。何も語らない植物が私に教えてくれるのです。それが何故か?


それは大宇宙の生命の一部として私も梅の花も、同じ仲間として共有してるからです。自然も動物も、全てが人間に色々な事を教えてくれます。その教えを感受性高めて感じる事が人間の使命であり、その為には日頃から想像と創造を意識して生きねばなりません



今、あなたが生きてるのは奇跡です。私が生きてる事も奇跡です。この奇跡に感謝して、前に進もうではありませんか?確かに人生は茨の道です。「何故こうも長年に渡り自分の人生を苦しめるのか?」と思う方もいるでしょう。でもそれは「あなたの心が決めた不幸の基準」ではありませんか?


確かに辛い日々かもしれない、でもあなたにほんの少しの想像力があるなら、もっと辛い環境の人やもっと理不尽な状況下の人を考えてみて下さい。あるいはもしあなたの今が幸せなら、世の中には本当に辛くて苦しい生活をしてる人の事を想像してあげて下さい。そして余裕あるなら助けてあげて下さい


幸福な人も、不幸な人も、こういった想像力や創造力の欠如が悲しい社会を作り出すのです


人によっては不幸も不幸と思わない人も居れば、幸せを幸せと感じれない人もいます。この測りようのない人生尺度を多数に対し論じても解はでません。これらは私は個別で対応しお話するものです。何故なら、個々それぞれに価値観も環境も性格も全て違うからです


ただ一つ言えるのは、我々地球人は、宇宙規模で見れば全て平等であり同じ生命体であるのです。そして自然も動物も全て同じ生命という仲間であり、共同体です。この視点を忘れないで下さい


私が霊視鑑定し施術するスタイルは、まずマクロ(全体像)な視点で語り、解決はミクロ視点で挑みます。だからそれぞれの人によって施術のやり方も言う事も内容も異なります。でも私の目的は一つです


【あなたの人生を幸せなものへ導く事】です


それが私の使命なのです


梅林が毎年同じ季節に花を咲かせ人の心を魅了するのが使命のように


あなたの使命は何ですか?あなたの宿命はなんですか?


宿命知らずして人生変わらず、そこに帰結するのです