せかいのおわりから
……当たり前の話をしよう。思い出は、思い出す為にある。私は彼を忘れない。

私が愛した人は、18歳年上の男性でした。
彼は、もう、私の側にいません。
そんな、お話です。
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#2 出会い 4

その日私達はそのままぽつりぽつりと当たり障りのない話をし、
冷めたコーヒーを飲み干し店を出た。

「ごちそうさまでした」
「いや、こちらこそ」
「確かに美味しいコーヒーでした。」
「…あのさ、明日でいいから君の冷静さがどっからきてるか
教えてくんない?おじさんドキドキしちゃうよ」
「あの、ホントに明日から校門前で待ってるんですか?」
「ダメ?」
「…警察に連れていかれないように気をつけて下さいね。」
「大丈夫。ちゃんと考えてるから。」
何をしてもミッション系の女子校の前で男が待つ怪しさに変わりはない、
とは思ったがあえて言わないでおいた。
警察と揉めるのを遠くから観察するのも一興だと思ったからだ。



……冷静というよりも、私は性格が悪いのだろう。
そして性格が悪い上に、疑り深い。
その時は彼の言葉の半分も、私は信じていなかった。
実は私は妙な男性に好かれる事が多く、変わった告白にも慣れていたから。
彼らは決まって変わった告白をする自分が好きで、自分を誇る。
そんな告白をにこりともせずに淡々と断るのが常だった。
この時はまだ、彼もそんな男性の一人だと思っていた。




…今更悔いても遅いが、勿論私はこの時の傲慢な態度に対する罰を、
ずっと後で受ける事になる。
神様ってやつは、信心を持たない者にも平等に罰を下す。
ミッション系の学校に通っていたにも関わらず無神論者の私にも、
平等に罰だけは与えられるのだ。
<神のご加護>が信心を持つ者にしか与えられないとすれば、
神様はある意味悪魔でもあるのかもしれない。

#2 出会い 3

長い長い沈黙を破ったのは、沈黙を作った彼自身だった。
「ごめんね、変なことに巻き込んで。」
そう言った彼は叱られた子供の顔でまた黙った。
「何で、私なんですか?」
「え?」
「理由を教えてほしいんです。私がここに連れてこられた理由。」
彼は“まだ言っていなかったか!”とでも言いたげに目を丸くすると、
ぽつりぽつりと語り始めた。
「俺が君のことを知ってるっていうのは言ったよね?」
「はい。」
「えーっと、俺ホントはこういうキャラじゃないから
今非常に恥ずかしいんだけど…一目惚れしたんですよ。君に。」
「へ?」
「俺君の学校の通学路沿いに住んでて、朝散歩してる時に
ちょくちょく君のこと見かけてたの。最初はすげースタイルの良い
可愛い子だなーくらいにしか思ってなかったんだけど」
「いやそれ、褒め過ぎです…っていうか言い過ぎです」
「いやいや。黙ってききなさいよ。で、気づいたら好きになってた。仕事してる時も
飯食ってる時も、君の顔が頭から離れなくなった。これ恋じゃねぇか?
って思い始めたのが1ヶ月前。」
今まで自分のことを、他人からの視線が割と気になる方だと思って来た事を
こっそり訂正した。
「ごめんなさい、全く気づきませんでした」
「気づいてほしくなかったからいいんだよ」
「……じゃあなんでこんなことしてるんですか?」
「振り出しに戻る。」
「え?」
サイコロを振るような仕草、今度はいたずらっ子の目で笑う。
「つまりね、『知った』からだよ。自分がいつ死ぬのか。」
「それって…」
「うん、俺が『もうすぐアンタ死にます宣告』を受けたの、先週なの。
聞いたら、いてもたってもいられなくなった」
彼はもうゼロの顔をしなかった。
強い目線で私を捉え、言葉を発する。
「俺、これまで何にも欲しがらないヒトだったんだよね。でも、死ぬって
わかったらどうしても欲しいものができちゃった。」
「………」
「ごめんね、変なことに巻き込んで。返事は2日待つ、でも良いかい?」
「振り出しに、戻る……」
呟く私に気づかないフリを決め込んで、彼はにっこりと笑った。
「2日間、俺毎日君の学校の校門前で待ってるから。」
「えっ!?」
「俺のことも知ってほしいけどさ、俺君のことが知りたいんだよ。」


彼は強い人間だった。
自分の最期が見えかけていても、他人のことを知りたいと思う強さ。
人は一人で死ぬけれど、死ぬまでは決して一人じゃない。
貪欲なまでに他者を求めるのは、強さだと私は思う。

#2 出会い 2

「何飲む?」
「……『コーヒーが美味しい店』なんですよね?」
「あぁ、そうか、そうだよね。ミヤさんコーヒー2つ」
自分が言ったことも忘れたのか、緊張しているのか、ただのバカなのか
よくわからない彼のリアクションのおかげで私は幾分落ちついてきた。
『ミヤさん』と呼ばれた女性が黙って頷き私達の前にカップを二つ置くまで、
彼はそわそわと店内を見回し酷く落ちつかない様子を隠そうともしなかった。
だんだん私はコントの世界にいるような気持ちになってきてしまい、
にやけそうになる顔をなんとか真面目にかつ不安気な表情に保つことで
精一杯になってしまった。
「…お待たせ。あんた挙動不振すぎ。連れの子ビビってんじゃん。」
「いえ…」
コーヒーを運んできたミヤさんに「笑いそうになってます」とも言えず、
私は苦笑いのような顔をしてみせた。それには構わずミヤさんは、
口調に合わず丁寧にコーヒーをテーブルに置くと、そこが定位置なのか
レジの奥に置かれた丸椅子に腰掛けるともうこちらを見ようともせずに、
煙草に火をつけ分厚い文庫本を開いた。
「いい、お店ですね。」
「ごめん!」
『いい』と『ごめ』がほぼ同時に宙を舞った。
彼はまだ私が無理矢理拉致されたような心持ちでビクビクしていると思ったのだろう、
テーブルに頭を打ち付けんばかりに謝った。
その仕草は何となく好ましいものに見えて、私は思わず吹き出してしまった。
「もう、怖くないから大丈夫ですよ」
「……君、将来大物になるよ。」
「へ?」
「俺ならプルプル震えてここから逃げる方法考えるもん」
「いや、それをあなたが言いますか」
「え?あぁ、そうか。そうだよなぁ。ごめん。」
「取りあえず、あなたが何者なのか教えてくれませんか?」
「…はい。俺の名前は、小田切真也です。性別は男、歳は35歳。
職業はアクセサリー職人、彼女は今はいません。趣味は読書と演劇鑑賞、
好きな作家は谷崎潤一郎、好きな俳優は小日向文世です。」
「………あのー、突っ込みたいこと沢山あるんですけど、取りあえず、
小田切…さん。35歳?ホントに?」
「ホントのホント、正真正銘。免許証見る?」
小学生がカブトムシを見せびらかすような顔で差し出された免許証には、
確かに生年月日の欄に1968年という数字が並んでいた。
世の中には大人になれない魔法をかけられた人間が本当に存在するのだと、
割と本気で考えてしまう程彼は童顔だった。
「正真正銘の35歳なのは、わかりました。もう一つだけ、聞かせて下さい。」
「沢山の突っ込みたいことはもういいの?」
「後にします。『俺の最後の恋人になってくれない?』ってどういう意味ですか?」
コロコロと表情がよく変わる人だ。一瞬の内に表情がゼロに戻った。
真顔でも、怒っているでも、泣きそうでもない、ゼロの顔。
「えーっと、俺が言うと嘘だと思われると思うんだけど、それでもいいんだ。
取りあえず笑わないで聞いてもらえれば。うん。」
「…そんな顔されて笑える人はいないと思いますが。」
「君ホント冷静だね。頼もしい。あー、あのねー……俺あと半年で死ぬらしいんだ。
えーっと、その理由ってのは俺心臓に疾患があってここまで生きられたのが、
ホント奇跡に近いのね。で、今までに大きな発作を2回起こしてて、
もう1回起こしたら死ぬらしいの。そのラスト1回の発作がどうやら半年以内に
起きるらしいと。もう何か、漫画みたいだよね。」
他人事のように遠い目をして話し終えると、彼はすっかり冷めたコーヒーを
思い出したように一口啜った。苦い薬を飲んだような顔を俯いて隠し、
それっきり彼は黙ってしまった。


今でも私は、沈黙に効く薬を知らない。
大人になれば自然と手に入れるものなのかもしれないとも思うが、
彼がいなくなった今、私も大人になれない魔法をかけられたのだから。










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#2 出会い 1

「『心変わりの相手は僕に決めなよ』」
「…何?それ」
「今の若い子はわかんねーか。」
「わかんない」
「俺が一番フザけて遊んでた頃流行ってた歌だよ」


今思えば、その瞬間私は彼に『心変わり』をすることを決めたのだと思う。
4年前……私が17歳、彼が35歳の頃の話だ。
私達の出会いは思い出すだに唐突で、奇妙で、嘘みたいだった。
事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。
後にも先にも、校門前で待ち伏せされたことなんてあの時だけだった。
下校しようと校門を出た私を捕まえて彼はとんでもない事を口にした。


「あのさ、俺の最後の恋人になってくれない?」


銀色の頭、黒縁のメガネ、両耳にこれでもか!と付けられたピアス、
10本の指にまんべんなく嵌められたシルバーのリング。
どうみても春先に多数出没すると言われている電波を受信した人だ。
悲鳴をあげて手を振りほどこうとした私の両肩をがしっと掴み、
彼は努めて冷静に(なろうとしているように見えた)私に語りかける。

「驚かせてごめん、でも俺は君を知ってる。気持ち悪いと思ってる
だろうけど、俺は頭がアレな人じゃないし、犯罪者でも痴漢でもない。
とりあえず、悲鳴あげるのは止めてもらっていい?」
「え、あの、はい、わかりました……」
余りに真剣な目を見てしまった私は、思わずあげかけた悲鳴を
飲み込んだ。涙目は戻らなかったけれど。
「ありがとう。じゃあ、移動しようか。」
「え?」
「俺ここじゃ目立ちすぎるみたいだから。」
ようやく私は周りを見渡すだけの余裕ができた。
なるほど、私達の周りだけバリアが張られているように空間がある。
下校時ごった返している校門において、不自然な空間が。
「いや、でも、あの」
「大丈夫、変なとこには連れていかない。コーヒー好き?」
「あ、はい。」
「良かった。」

あれだけ幼い頃に「知らない人に付いて行ってはいけません」と習ったのに。
私は『知らない』上に『この上なく怪しい』人に付いて行ってしまった。
でもそれは間違いじゃなくて、幸福な出会いだった。
出会いと共に離別があることはまだ、知らなかった。
小さな子供と同じように、私は無知だったから。








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#1 はじまり

『彼がいない』
それを受け入れることは私には今でもできない。
今の私は生きながらにして死んでいるのかもしれないとすら思う。



友達と笑っている時でも、私の心の隅は固く冷えている。
美味しい物を食べている時でも、私の舌はその食べ物のどこかに
彼と食べた料理の味を探している。
買い物をしている時でも、私の右手は彼の左手をつかもうとして空を切る。


「会いたい」
「抱きしめてほしい」
「寂しい」
「キスしてほしい」
「寂しい」
「下らないことを延々と話したい」
「寂しい」


寂しい。



どうしようもなく寂しい。



絶望に良く似た寂しさに身を切られそうになる。



“大丈夫、大丈夫。”



私は一人深呼吸をし、胸に下げたチェーンの先を握りしめる。
いびつで不格好なリングが一つ。
……彼の魂にも似たシルバーリング。



『魂は、何処へ行くんだろう。っていうか魂って本当にあるんだろうか』
ぼんやり考えてみた所で答えなんか出るわけがない。
私はそれでも生きなければならないのだ。






いつか彼の元へ、行くために。









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ご挨拶

初めまして。
小田切瞳という21歳の大学生です。
ブログは初めてなので少し緊張します…

このブログは、私が4年前まで付き合っていた彼氏とのお話を、
小説形式で書いていこうと思います。


彼を忘れたくない、忘れないために、少しでも形にしたい。



自己満足だと思いますが、お暇な方はお付き合い下さい。