終わりに
日記はここで終わっている。
以後、私はこれ以上ひとりで生活してゆくことは不可能と考え、保育専門学校へ退学届けを提出し、大阪を後にして実家へ帰り、父親に連れられ、某精神病院を訪ねる。そしてそこで、統合失調症(当時、精神分裂病)と診断される。
このように統合失調症の初期症状は、経験した人でなければ分からない、極度の緊張感や不安感に襲われる。そして、多分、この日記を付けるようになる以前から、ひょっとしたら、すでに発病していたのではないかと思う。
特に多感な思春期に発病してしまうことに多いこの病気は、その時感じた心理的葛藤や精神状態は、それ以後の人生観に、大なり小なり影響を受けてしまうように感じる。
例えば、私はある面ではお人よしであると同時に、この病的体験により、心の奥底では人間不信、人間が怖い、人に嫌われているのではないかという、思春期ごろに発病してしまったために、植えつけられた感情をある面では持っているという点で、精神障害者に対して、症状だけでは判断できない、違った見方、捉え方ができるのではないだろうか。
それを踏まえ、家族の方や当事者同士、医療チーム、精神保健関係者など、今現在完治することのないこの病気を患った人々に対して、また特異な人生体験を持っているということも合わせて、医療、福祉、地域社会などが、この統合失調症患者を決して特別視することなく、当たり前のひとりの人間として支えていただきたいと願っている。