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「チカァァァァーーーー!!」
その瞬間、ボクは頭の中が真っ白になっていた。絶望を覚えながら慌てて駆け寄る。
大切な“パートナー”は、目の前で洞窟の天井にまで届くほど吹き飛ばされた。次に数秒間宙に舞った後、地上へと叩き付けられた。その後、痛々しいケガを負った彼女は仰向け状態でピクリともしない。
直前まで想像できなかった残酷な現実。それを未だに受け入れられぬまま、悲痛な想いで何度も何度も彼女の名をボクが叫ぶ。そんな状態がしばらく続いた。
「あれ?君たち意外と弱いんだ?私たちに負けないって言ってたから、結構強いのかな~って楽しみにしてたのに~!」
「なんだって………?」
ニドリーナは完全にボクたちを馬鹿にして面白がってるようだった。その事がますますボクの心に不甲斐なさや怒りを生んだ。メラメラと心の中に炎が燃え上がる。
「お前ら………。ちくしょう!絶対許さないぞ!!」
ボクは感情に任せて握り拳を作ると、力任せにニドリーナとニドリーノの二匹にぶっかかっていった。チカを守れなかった悔しさをぶつけるように………。しかし、
「………おっと、そうはさせないぜ?“にどげり”!!」
「ぐわっっ!!」
反撃むなしくボクはニドリーノのパワーで弾き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられる。さらに、
「ううう………ぐは!?何するんだ……ちくしょう!離せ!」
気が付くとボクのしっぽは、彼の目一杯の力によって踏みつけてられていた。必死にじたばたして脱出を試みるも、うまくいかない。
「ククク………どうだ?お前ら“ヒトカゲ”にとって、大事な大事なしっぽを踏みつけられる気分はよぉ?俺様に生意気なことを言ってたお礼に、このまま……この女々しく燃えてる炎を………踏み消しても良いんだぜ?」
「や………やめろーーー!!」
しっぽの炎を消される………!?冗談じゃない!…………と、この時ボクは焦りを覚えた。なぜなら“ヒトカゲ”となってる今のボクにとって、その行為は命を奪われる………すなわち“死”を意味しているんだから。
そうはさせまいと、なんとか必死に抵抗を続ける。しかししっぽを踏まれてる激痛と未だ続く謎の違和感がそれを阻んだ。しかも悪いことに体力の消耗も重なって、段々と抵抗力が無くなっていった。
「ニドリーノ。それじゃ全然面白くないよー。この子たち、みんなの棲みかを荒らしたんだからね~?もっと苦しめて反省させなきゃ!」
「それもそうだな、ククク………」
ニドリーナの意見に納得するニドリーノ。彼女は提言した後、ジリジリとボクに近づいてくる。
「ここを荒らしたこと、後悔しなよ。“みだれひっかき”!」
「くぅっっ!!」
次の瞬間、ニドリーナは鋭く尖ったツメを立ててボクに襲いかかってきた。何度も続く攻撃にどうすることもできず、ひたすら体を丸めながら、攻撃が終わるまで耐えるしかなかった。
「フフフ………どう?少しは自分たちの愚かさを悔やんだんじゃない?」
「ハァ………ハァ………う………うるさい………ぐわっ!!」
ボクはニドリーナをキッと睨み付ける。するとすかさずニドリーノがしっぽを踏みつける力を強くする。
「へぇ?まだ生意気な口をきける元気があるのか?根性あるんだな?このまましっぽを踏み潰されてぇのか、クソガキ!?」
「ぐっ!!や………やめろ!!ちくしょう!」
じたばたもがくボク。とにかくこのまましっぽを踏みつけられてはバトルにならない。そう思いなんとか脱出を試みるも、小さいヒトカゲのパワーじゃ、ニドリーノのパワーを跳ね返すことが出来ない。
(くそ………どうすればいいんだ?ボクたちこのままこの二匹に負けちゃうのか?)
段々と抵抗する気持ちさえも薄れるボク。視界がボヤっとしてきて意識が朦朧(もうろう)としてくる。と、ここで。
「………さてと、お遊びはこの辺にしてそろそろトドメを刺してやろうか。このしっぽの炎を消してやるからな?ちゃんと最期の景色を味わうんだな!ハッハッハ!」
「な……何だって?ぐわっ!!」
ニドリーノはイヤな笑みを浮かべると、そのままボクのしっぽを踏みつける力を強くしてきた。本当にしっぽの炎が消されるんじゃないかという恐怖感が、強まる鈍い痛みと共にボクへ襲いかかる。さらに、
「じたばたもがいたって無駄だよ!“なきごえ”!」
「な、何するんだー!ちくしょう!やめろー!放せー!」
ニドリーナの“なきごえ”が、ますますボクの集中力と抵抗力を奪っていく。ボクは耳を塞いでその声を聴かぬように抵抗するが、ほぼ意味なし。さらに背後ではジリジリとニドリーノがボクの小さな命の灯火へ近づいてきていた。正に絶体絶命。
(くそ………。もう、ダメかもしれない………)
ボクは死という事に恐怖感を覚えた。何度“大丈夫だ”を言い聞かせても、本能的に体が震える。そんな状態の中でわずかに残った集中力はしっぽへと向けられる。しっぽはニドリーノの脚を炎へ寄せ付けまい、逃れたいと奮闘を続ける。しかし、
「あばよ!あの世で後悔するんだな!」
「!!?」
僕はその言葉に絶望を感じた。もうダメなんだと諦めてしまった。もう抵抗するだけの力は残ってない。ギュッと目を閉じ、命を奪われる恐怖に耐えようとした。
「ガハハハハ!さすがに諦めたようだな!ざまあみやがれ!」
ニドリーノの笑い声がボクの耳に響いた。彼の脚とボクのしっぽの炎の距離は残りわずか………万事休すか………と思われたその時!
バリバリバリバリバリバリ!
「ぐわぁぁぁ!!」
(!!?)
突如響いたニドリーノの叫び声。同時に目が眩むほどの眩しい光に辺りが包まれる。ボクは何が起こったのか理解できなかったが、それも一瞬だった。
「………ユウキを傷つけようなんて、絶対にそんなことさせない………!だってユウキは私たちの………私たちの救助隊“メモリーズ”のリーダーだから!リーダーのピンチの時は私が頑張る!ユウキと一緒に私も………戦う!」
未だうつ伏せなボク。頭だけをその声のする方に向けると、赤いほっぺたから電気をバチバチと放ち、迷いのない表情で鋭い視線で標的………ニドリーノを見るチカの姿が飛び込んできた。
…………だが、その直後。
「…………んだと?この野郎………調子に乗るんじゃねぇぞ!?」
「!?」
ズドドドドドドドドドド!
予期せぬ邪魔が入り、面白くなくなったのだろう。ニドリーノは怒り狂い、そして興奮しきったまま、鋭いツノの狙いをチカに定めて、そのまま猛烈なスピードで突撃し始めたのである!更に、
「逃げようたってそうはいかねぇからな!」
ビュビュッ!ビュビュッ!ビュビュッ!!
チカの逃げ道を封じるのが目的だろう。彼は突撃開始とほぼ同時に四方八方に“どくばり”を乱射した。そして、ガハハと荒々しく笑いながら、このように言った。
「お前も知らないわけがないよな!?俺のこのツノがダイヤモンドも貫くほど硬くて、しかも触れたら猛毒が滲み出てくるものだってな!それから一つ忠告しとくぜ?周りに乱射した“どくばり”も同じような効果があるから、せいぜい気を付けることだな!?」
一方、チカは次なる行動に移らなかった。彼女は慌てることもせず、ずっとその場から動こうともしない。依然としてただ“じっ………”と迷いのない表情で目の前の敵、ニドリーノを鋭い視線で見つめるばかり。………と、次の瞬間!
バチバチバチバチバチ!!
「な………!?“でんきショック”で俺の“どくばり”を撃ち落としてる!?」
突然の“迎撃”に、ニドリーノは動揺するばかりだった。無理もない。ほんの10分前はニドリーナの“あなをほる”でさえ予想出来ず、しかも恐怖心からだったのか回避さえも出来ず、モロにダメージを受けたチカのことなど、彼は完全に格下と見下し、眼中になかったのだから。
「こ………のクソガキめ!調子に乗るんじゃねぇぞ!?」
「キャッッ!」
この展開に面白くなくなったニドリーノが、やっきとなってチカに力任せに突っ込んできた。直後に「ドカッ!」という鈍い音が響き、再び彼女は倒されてしまう。運の悪いことにその場所が洞窟の壁側だったため、背中をぶつけてしまいダメージを大きくしてしまう。
「うう………ひっ!?」
「チカ!!」
なんとか彼女は起き上がったが、直後に恐怖を覚えた。なぜならニドリーノが鋭いツノを自分の首にかざしながら、自分の左前方まで、ジリッジリと近づいて来るのが見えたのだから。しかも、反対側にはニドリーナが同じように鋭いツメをかざしている。
「いいか?一歩でも動くんじゃねぇぞ」
「動いたらキレイに斬られるわよ?ニドリーノと私に。しかも猛毒を浴びるオマケつき。………どう、怖いでしょ?」
「うう…………」
壁に張り付く格好のまま、チカは恐怖で体の震えが止まらなくなる。潤んだその瞳からは今にも涙がこぼれそうになっている。
「チカー!!やめろーお前ら!!放せ!チカを放すんだ!…………!?ぐふっ!!!?」
「ユウキ!!どうしたの!?ねぇ!起きて、起きてよ!?」
必死に叫んでいたボクだったが、突然体が痺れに襲われた。バタリと意識が飛んでしまったその様子に、チカはパニックになるばかりだった。
「フフフ………私が“でんじは”を浴びせたの」
(え?ニドリーナが?どうして?)
ニドリーナの予想外の言葉にチカはますます慌てる。無理もない。通常であれば、どんなにバトルの経験を積もうが、いくら技の訓練をしようが、“でんじは”をニドリーナが取得するのは不可能だからである。
しかし、ハッと一つその例外があることに彼女は気づいた。
(………!?もしかして………わざマシン!?)
その表情を見て、ニドリーナは正解と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「フフフ………。気づいたみたいね?さすがは救助隊。その通りよ。ダンジョンに住んでるからって取得してる技が少ないとは限らないわよ?」
「そういう事だ。ククク、残念ながらこの勝負…………お前らに勝ち目なんか一つもねぇんだよ!」
「そ………そんな。ユ………ユウキ!」
その言葉に相変わらず首に猛毒のツメとツノがかざされたまま一歩も動けないチカが、今日一番の絶望を覚えた。がっくりとしてしまい、前向きになりかけた気持ちが折れてしまう。もちろん戦闘意欲も失われる。再び臆病な姿が現れる。
更にその間にもチカには危機が迫っていた。
「ククク………ようやく観念したようだな………!俺のツノでお前の体を貫いてやるからな!覚悟しやがれ………」
「………!!?」
大きく目を開いたチカはニドリーノの表情に狂気を感じた。獲物を自慢のツノで貫いた時に溢れる血の味がどんなものかと、あるいは目の前の獲物の息の根を止めたときの感覚がどんなものかと、目の前の獲物の最期の表情がいかなるものかと想像すればするほど、笑いが込み上げ止まらなくなる。
(本当に私………死んじゃうの?このまま何も出来ないまま?………そんなの………悔しいよ………。せっかく………夢だった救助隊になれたのに………)
チカにはどうすることも出来なかった。下手に動けばニドリーナの猛毒のツメに首を裂かれるだろう。一方でニドリーノはじりっじりとツノの照準を自分に向けてくる。恐怖と悔しさで涙がこぼれてくる。そのこぼれた涙が地面に落ちる。やがてそれらは小さな水溜まりを作ろうとする。
「さっきはてめぇにヒトカゲを仕留めんのを邪魔されたからな………たっぷりとお返しをしてやるぜ!」
「イヤ………イヤ!!」
その一言を前置きに、ニドリーノがフルパワーでチカへと“つのでつく”をする!たまらずチカはぎゅっと目をつぶる!万事休すか………と、その時だった!
バリバリバリバリバリバリ!!
「きゃあああああああ!」
「ぐわあああああああ!!」
チカの赤いほっぺたから、強烈な電撃が放たれた。当然ながら、至近距離にいたニドリーナとニドリーノの2匹はその電撃に巻き込まれてしまい、悲鳴をあげた。
(………えっ?私………この2匹を倒したの?)
自分でも何が起きたのかが理解できないチカ。一つ明らかになってるのはニドリーノとニドリーナが体から何本もの黒い煙を上らせながら、その場で倒れてること。それは完全にこのピンチから脱出したことを意味していた。
(………でも、なんで?)
チカには疑問が解決出来なかったが、ちゃんと勝因はあった。そこには彼女の“バトル経験の薄さ”“ピカチュウとしての特徴”が関係していた。
チカが本格的に色んなポケモンと技を繰り出してバトルするのは、昨日が初めて。よって本人も自認するように、そのバトルの経験値というのは少なかった。一般的なピカチュウと比べたら、電撃を十分コントロールする力、電撃を放つタイミングの見極めという物も、まだまだ足りないだろう。
言うなれば、彼女の種族であるピカチュウの進化前の種族、ピチューのように緊迫した場面では、赤いほっぺに電撃エネルギーを蓄えることも出来ぬまま、ただ思い切り放ってしまうこともあろう。今回はそれが良い方向に向いてくれた。目の前に敵がいたため、そのままダイレクトに技として形成すものとなったのだから。
仮に彼女がバトルを多く経験していたら、より強いパワーを放とうとしてエネルギーをチャージしたりしてる間に、もしかしたらニドリーノのツノで貫かれたかもしれない。経験の無さが逆に僅かな時間での反撃に繋がったと言っても不思議ではない。
そこにピンチになったら赤いほっぺから電撃を放電するという“ピカチュウとしての特徴”が加わることになり、例えバトルの経験値が少なくても、彼女は本能的に危機を回避する事が出来た。当然本能的な行動であれば無意識である為、彼女が危機を回避した理由をよくわからないのは仕方ない事だった。
………しかし、この2つの要因の他にも実はもう一つ………重要なポイントがあった。それはこの“でんじはのどうくつ”と呼ばれるダンジョンに潜む特性と、でんきタイプであるチカと深く関係していた…………。
(いけない!ユウキを起こさないと!)
そんなことを知るわけもなく、チカは一緒に冒険をしてくれる大切な“リーダー”を起こしにいった………が!
「ユウキ!?ねぇ………ユウキってば!しっかりしてよ!」
彼女は悲鳴にも似たような声を出していた。パニックに陥ったような感じで。
…………一体、何があったというのだろうか。
………メモリー16に続く。