中毒さえも感情じゃん!

あらゆる行動の源泉は観念だ。

なにかをする、なぜするのか?感情に反応するからするのだ。

その感情はなぜ生まれるのか、それは観念があるからだ。

観念とは、過去の記憶。過去のどこかの場面であなたがそうと決めつけたものが観念だ。カルマともいう。

全ての感情に観念がある。昨日気づいたのは、中毒症状さえも感情なのだ。

たとえばタバコが吸いたい。という欲求を掘り下げてみよう。吸いたいのはなぜか?それは感情があるからだ。体の内側のどこかがそわそわとうずくのだけど、それこそが感情なのだ。そしてその感情がなぜ生まれるかというと、観念があるから。その観念はどんな観念かをもっと掘り下げると、「タバコは美味しい」「タバコを吸いたくなって吸えないと苦しい」「この感情が生まれたら吸う」というような観念(過去の記憶)がある。

そうです、タバコの中毒症状さえも、観念によって強化されたもの。感情によって支配されているものなのだ。中毒性の高い行動ほど、多くの観念によって強化されているのだ。美味しかった、楽しかった、気持ちよかった、など快楽の観念と、苦しかった、気持ち悪かった、痛かった、ないとパニックになった、などの怖れの観念が絡み合って中毒という強固な檻を作りだしているのが見えた。超面白い。

僕も子供のころはコーラ中毒、それからゲーマーになり、お酒、タバコ、ギャンブル、etc。多くの中毒を経験して向き合ってきた。それらの根本は共通しているという視点を持っていた。どれも依存の仕組みが同じ、それをすると、それを吸うと、それを飲むと、緊張が生まれる。そしてそれはもう一度それをする、吸う、飲む、まで緩和することができない。全ての中毒の体の中で起こってる感覚は感じていたが、それが感情か!そしてその根っこは観念なんだ!って、それが昨日電車の中でつながった。

全部感情じゃん!!って腑に落ちた。

それをふまえて色々考えてみた。やっぱり人の嗜好なんてないのかもね~。「嗜好」それは観念でできてるインスタントなものかも。考えて面白いのは、僕の行動の全てが観念によるものであり、僕の生まれてきた意味って感情を感じることであるとする。そして、その感情は多くの観念によって演出されているとするのなら、過去の全ての観念がなければならなかった、つまり過去の全ての観念があるからこそ今後感じるだろう感情があるのだってこと。ってことはさ、全てに意味があるんだよ~!今まで生きてきてつらかったことも、楽しかったことも全てが今後感じるだろう、感情にとって大切なピースだってことなんだ。感情を感じることが生まれてきた意味っていうのは、それが全てだから。観念を統合するため、より強化するために感情があり、人生の目的は全ての観念をフラットにしてゼロになること。そしてそのためのドラマが過去から始まっているのではないかってことにわくわくするのだ。ちょっと難しいかな(笑)

簡単に説明すると「過去の全てが、これから感じるべきドラマの伏線になっている☆」ってことですね。スティーブ・ジョブズが言うように過去の点は繋がるのだ。全てに意味があり、全てが意味を持ち、全ての経験に祝福される運命の線があるのかもしれない。そう思えた。

これから感じる感情のためには、過去の全てが必要だったのだ。僕の過去も、あなたの過去も、完璧だったんだよ。後悔なんて必要ないのだ、失敗したって思ってることも、後悔していることも全てが僕にとって、あなたにとっても意味があり、全てがあるからこそ、これから感じる感情に出会えるのだ。それは芸術のように完璧なんだよ☆過去の全てがベストであったのなら、私は今までもこれからも何も間違うことのない存在。過去を後悔することも、未来を心配することもないのだ。ただありのまま、今この瞬間を楽しんで、感じていくだけで、いいのだ。

中毒というなんとも複雑な動機に思える行動でも、観念によって支配されている。自分とは嗜好の隅々まで含めて観念によってできているデジタルなもの。本当にホログラムだね~、なんてシンプルなんだろう!あらゆる行動の源泉に観念あり。僕らの動きは観念というものに支配されている、それが分かった気がして今はとてもハッピーです♪

今日もいい一日を☆