今月、我々取材班は六ヶ所村に2回足を運びました。あんなに積もっていた雪が溶け、道の両脇にできていた高い雪の壁もなくなりました。今までの圧迫感が嘘のようです。視界が開け、延々と広がる田畑の風景に早変わり。雪がちらほらと残る畑では農家の人々が忙しそうに農作業をしていました。

雪解け


 さて、今回の取材の目的は何だったかというと、六ヶ所村の人々が定期的に行っている再処理工場についての勉強会を撮影することでした。「六ヶ所村通信no.1」を観て頂いた方々はご存じだと思いますが、通信の最後の方でクリーニング屋さんの小笠原さんが「来月も勉強会やりまーす」と言っていた、まさにその勉強会の様子を取材することができたのでした。これは私達にとってまたとない機会でした。その様子は通信no.3か「六ヶ所村ラプソディー」でお披露目することになると思いますのでお楽しみに。ちなみにno.1をまだ観ていない方は是非是非ご覧いただけたらと思います。

 4月20日、フランスから高レベル廃棄物が搬入されました。私達もその様子を撮影しに港に赴きました。

                                                       高レベル

もう10回目の搬入ということもあってかメディアの注目度は低いようです。我々以外には新聞社が2社しかきていませんでした。雨の中、再処理工場の反対運動をしている人々が集まっていました。中には、「通信」でおなじみの菊川さん、そして山内さんも得意のドラム持参で駆けつけていました。

山内

来月は菊川さんの農場でチューリップ祭が開かれます。その準備で菊川さん達は大忙し。私達も取材の合間を縫ってお手伝いしてきました。やってみると農業って楽しいものです。思わず種まきに没頭してしまいました。来月の取材までにはこの種が芽をだしていると思うとわくわくしてしまいます。そのころにはもっと春らしくなっていることを願いながら取材を終え東京に帰ってきました。

  次回の取材は5月、ゴールデンウィーク明けです。チューリップ祭りの様子や、農作業で忙しい村の人々を撮る予定です。

                                                       チューリップの芽

                                                                                                                                               2005.4.24 河合 

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映画&通信

 

「六ヶ所ラプソディー」

 

 

私はイラクで白血病やがんになった子供たちに出会い、なぜ彼らがそのような病気で死ななければならないのかを知るために映画「ヒバクシャー世界の終わりに」を作りました。

1991年の湾岸戦争で使われた劣化ウラン弾がもたらした体内被曝が子供たちを病気にしているという可能性、そして世界中で微量の放射性物質による被曝―低線量被曝が広がっている実態が浮かび上がってきました。そして私が最後にたどり着いたのは私たち自身の足下、日本の六ヶ所村でした。そこには私たち自身の生活から出てきた大量の核廃棄物が蓄積していました。

 

 10年以上も前から六ヶ所村には核廃棄物が運びこまれてきました。この核廃棄物、つまり原発の使用済燃料からプルトニウムを取り出す計画が進んでいます。プルトニウムを再び原発で燃やそうというのです。2004年、ほぼ完成した再処理工場がついに劣化ウランを使った試験運転を開始し、2006年には本格稼働する予定です。これは何を意味しているのか理解しているのはほんの一握りの人たちだけです。

 

 原燃


六ヶ所村が抱える問題は六ヶ所村だけのローカルな問題ではありません。日本の国民全体にかかわる非常に重大な問題です。しかし、六ヶ所村で起きていることはあまりにも伝わってきません。また六ヶ所村の様々な人たちの声が全くといっていいほど外には聞こえてきません。普段なにげなく使っているエネルギーが今ほど問われている時代はないというのに、果たして私たちは十分に議論を尽くしているでしょうか?情報は確かに公開されているでしょうか?私たちの選択が問われているのです。映画は原子力産業にかかわる人も反対する人も平等に取材し、その考えを聞きます。けっして何かの運動や政治活動にくみするものではありません。それらからは自由な立場で製作します。起きつつあることをそのまま描きます、矛盾があってもそのままに。映画は鏡のように偏りなく、そこに展開する人間の営みを写していきます。私たちはその映し出された姿に自分自身を見いだすかも知れません。そして、未来への選択とその先がかいま見えるかもしれないことを願っています。

                                                            鎌仲ひとみ

 

 


 


 


 


 


 


 

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