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12日手術、13日経過を診せに行って着ました病院

コレは今ガーゼを自分で取り替えた時のものです。



切ったばかりなので腫れや、内出血もありますが、

出っ張りが  無い 事に


感激ラブラブ



手術当日の事

午後から2番目の手術なので、

前の人が長引き、2時間近く待たされた。

ようやく呼ばれて入ったのは処置室の奥

簡単な手術が出来るようになっている。


紙の手術着に着替え、手術台へ上ろうとした時

麻酔もしてないのによろけてしまったあせる

紙が引いてあって分からなかった手術台の穴に

手を着いてしまったから。

お尻の部分に穴が開いている。

慌てる先生と看護師さんあせる


そんなこんなで高めの血圧と体温でも

ものともせずそそくさと手術は始まった。


部分麻酔なので話しながら、

しびれのことを聞いてみた。

すると、

ずっと消えない人もいるそうで、


「まぁ、こういう手術は基本しませんからねー」

( ̄□ ̄;)!! 叫び


そ、そうなんだ !!


携帯が鳴り、先生がしゃべりながら切っている ドクロ

「今オペ中なんだ、また明日でいいですか?」

「終わったら病理にも行かなきゃならないし。」


おおーい、センセーイ


戻ってきてくれー


片手間に手術しないでくれー


と叫びたかった。


部分麻酔でも切ったり引っ張られたりする感覚はある。


なんか魚をさばいて内臓を取り出している感じ。


「最後傷をあらいますよー。」って

三枚おろしにされなくて良かった( ̄ー ̄)


終わってみれば30分


何事も無かったように先生は部屋を出て行かれた。










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長年付き合ったこのシャントともお別れ!?


  
移植手術が成功して、シャントを閉じましょうという時に

閉塞して、忌まわしい こぶ になってしまった右下矢印汗


あれから早5年

いろいろあったが、この度切り取る事になった病院


先日の検診時に数値に異常は無かったので、

思い切ってシャントのことを聞いてみた。

すると、あっけなく取るなら簡単だし、早いほうがいいでしょう?

といわれ、即決

明日手術となった

時間は30分位で日帰り



先生によると、こぶの部分は血管が詰まっているから、

その部分を取り除くだけで、

血管をつなぎ合わせる必要は無いので早い、簡単ラーメン

でも、周りには細かい神経があるので、

手術によって手にシビレがでるかも?あせる

と言う事だった。汗右下矢印


帰って来てから、

シビレと今のこぶを天秤にかけて、


今のままのほうが


弱気な気持ちになった。


でも、シビレは徐々に弱くなるだろうし

(希望的観測)

傷は残ってもこぶが無いほうがいいし・・・・。


ともかく明日行ってきます病院







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桜先週、腎移植の会のお花見に行ってきました桜


まだ少し早かったのですが、久しぶりに外の空気を吸ってきました。


停電や自粛ムードであまり出歩かなかったので。


出かけてみると、あちこち薄暗く駅のエスカレーターも止まっていました。


でも、何の不自由も感じないし、ずっとこのままでもいいと思いました。


そして、義援金を送ろうと考えた時、金額を決めるのではなく、


1ヶ月で節約できた金額を送ろうと思いました。



毎日テレビで放送される悲惨なシーンを見ていると、


「俺は海苔弁でいいよ。」という夫とともに節約に励んだおかげで、


当初の予定よりも多く送れそうです。



お花見での話題も、当然東日本大震災のことばかり。


私は地震の後、非常持出袋の中に抑制剤が入って無いことに気付き


あわてて入れましたが、


ある人は会社や、カバンの中にも常備していると聞きました。


今回の地震を経験して、それはありだなと思いました。






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ヒヨドリの仕業ですむかっ

食べ物が少ないんですねダウン

でも感心に葉だけ食べてブロッコリーは食べませんクローバー




日々平穏に暮らしています。

それなりに忙しく、

でも、細切れの時間を無駄に過ごしているようで
反省しています。

更新しない間に

スカイツリーは世界一の高さになり、
ゲートブリッジはつながり、

そして私にとって3人目、4人目の孫がもうすぐ誕生しますヒヨコ

母もデイサービスに慣れ前よりも明るくなりました右上矢印



今の私のポジションは体力勝負

ジムで走り始めました走る人




今まで移植して良かった事ばかり書いてきたが、

一つだけ困った事があった。


それは便秘気味になった事。


手術の後は大きな手術の後だからと思っていたし、

便秘気味と言う程度で気にはしていなかった。


ところが、最近お腹が張って苦しい。

毎日お通じはあるものの、スッキリ感がない。

何回もトイレに通う。お腹も出てきた。


胃なのか腸なのか毎日痛い所が違う。


7月に通院した時は胃腸薬とビオフェルミン両方処方してもらい

胃が痛い時には胃薬、腸の時はビオフェルミンを飲んでいたが、

何か、ちがう。


近所の掛かり付医で大腸検査を受けたがなんでもない。


では胃の検査をと言うと、去年の11月に受けているから必要ない

と言われたので、今度は婦人科へ行ってみる事にした。

子宮筋腫もあるし、もしかしたら卵巣がん?

不安を一つ一つ消したかった。



結果は異常なしだが、胃が張った感じだから胃の検査を受けたら

と言われ再び近所の掛かり付医に。


先生は少し考えバリウムを飲んで検査をする事を提案。


結果、私は初めて上腸間膜動脈症候群と言う病気が有る事を知った。


レントゲンの結果

口の周りを白くして飲んだバリウムの影が十二指腸あたりで不自然に切れているように

写っていた。



だから食べたものが通りにくい?




後日移植した病院の先生に「よく診断してもらいましたね。」

と言われた。


なかなか診断が難しいらしいが、

治療することも出来ないらしい。


ネットで調べると、原因はいろいろあるが、

大きな手術の後になりやすいと云うのもあった。


手術の影響、あるかな?




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クローバーグリーンカーテンクローバー

連日の猛暑のせいか、なかなか伸びてくれなかったゴーヤ

やっとここまで来てくれました。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




母が壊れていく・・・・。

昼夜が逆転した生活になり、色々な事を忘れていく。


とうとう介護認定を受け、要介護 1 に認定された。

そしてデイサービスに通い始めた。


半分はよく分かっていないみたいだが、今の所

嫌がらずに行っている。


母はスープの冷めない距離に弟の家族と暮らしている。

だから私はたまに様子を見に行く程度だ。


先日まだ介護認定を受ける前の事。


袖から出た私の腕のシャント痕を見て


母 「これ、どうしたのはてなマーク


私 「!?・・・・・。」



私が13年間も透析していた事を覚えていないのだろうかはてなマーク



私 「注射の痕だよ。」


母 「こんなになるんだビックリマーク


決定的だった汗


おりしも、1歳半を過ぎた孫は、片言を口にするようになった。


私のシャント痕を触って、


「イタイイタイ?」 と聞いてくる。



どんどん忘れていく母とメガネ


何でも吸収していく孫帽子



私はスーパーで、胃の手術後スッキリするからと飲むようになった


母の炭酸飲料と、


歯が生えて食べられるようになった、孫のお菓子を買っている。










一足早いバカンスで、沖縄へ行ってきました(*^▽^*)


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一度行って見たかった前田岬の青の洞窟へドキドキ


最初はシュノーケリングで魚達にご挨拶食パン


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いよいよ青の洞窟へ


お天気もよかったので綺麗でした音譜


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続いて初体験のスヌーバグッド!

これはタンクを背負わないダイビング。


水に浮かべたゴムボートのタンクからホースを通して空気を吸います。

前田岬は階段が多いので水から上がって重たいタンクを背負わないのは楽チンですニコニコ


下から見上げるとこんな感じダウン


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沖縄の土曜日は外人さんが大勢いて、

ウエットも着ないでガンガン深い方へ潜っていきました。


すれ違いざま私達がタンクを背負っていないのに気付き

2度見して行きました。



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でも水中では重さは感じないので、タンクを背負って

自分で浮力調節できる方が面白いですね。



お医者様もOKしてくれているのでまた行くぞチョキ




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閉塞前


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 手術後5ヶ月閉塞後


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手術後約1年


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 現在



手術後1年の写真から現在は3年の月日が経とうとしているが、


あまり変化は見られない右下矢印


でも前の写真と比べればとても良くなっている右上矢印



先日いつもの定期健診での事である。


待合室で隣り合わせになった方が話しかけてきた。


聞けば今日シャントを閉じる手術をされるそう。


「緊張している。」


と言うので私は袖をまくって腕を見せた。


私は手術の前に閉じてしまったので出来なかった。


貴方は手術をすれば半そでも着られるようになると。


なぐさめ!?になったかどうか、その人は


程なく呼ばれて診察室へ消えていった。




暖かくなるこれからの季節、この腕が恨めしく思える時もある。



でもこれは「あかし」


13年間透析をしてきて今がある。


段々愛着も湧いてきたあせる




遅ればせながら検診結果は異常なし。


クレアチニン     1.25

尿酸          5.8

ヘマト         34.2

血糖          87

中性脂肪    81

LDLコレステロール82

カルシウム 10.3




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芝生の張り替えをした。

庭は春の準備クローバー



去年10月、ステロイドを止めた。

先生はしぶしぶだったが私は恐ろしい薬と言うイメージで

早く止めたかった。

止めてすぐだるさがあったが、ただの疲れだろうと思っていた。

念のため普段は2ヶ月ごとの検診を1ヶ月後の11月に行った。

その時もさらに12月の検診も

クレアチニンは、1.28 1.24 と

横ばいだったので先生も大丈夫と言う判断をされた。

そして検診も通常の2ヵ月後ということになった。

ところが徐々に私はこれはただの疲れではないと

感じ始めていた。


立ち上がる時に何でこんなに体が重いのか?

一回りも年をとってしまったよう。


コーヒーカップってこんなに重かったかしら?

手首、ひじ、肩の関節、筋肉を一つ一つ意識した。


ジムでヨガをしているが今まで出来ていた事が出来ない。

体が硬くなっている、等々。


そしてとうとう2月の検診でクレアチニンが1.45右上矢印

と言う数値に。


もう怖い薬もへったも無い

私は止めない方がと言いましたよと言う先生に

ステロイドを再処方してもらい、

また1ヵ月後の3月の検診で

クレアチニンの値は1.27右下矢印


前の値に戻りました。


思い返せば飲むのを止めてすぐにだるくなり、

飲み始めたらすぐに体が楽になりました。


たった2mmの小さい薬なのに

違った意味で怖い薬だ。












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ヒョドリがブロッコリーの葉を食べつくしたヒヨコ

鳥も冬は食べる物が無いんだねー雪



手術の日私は、

手術室に向かう長い廊下歩いていた。

前の手術が早く終わり先生がお待ちかねだと言う。

部屋に入って圧倒された。


先生が3人看護師さんも3、4人いる。

いったい誰が何の手術を受けるのか?

日帰り、30分位、簡単

と言う説明とはかけ離れた光景がそこに広がっている。

私はといえば割烹着のように後ろ前にかけた手術着から

伸びた足には※登山用の靴下を履き、

手にはハンドバックと言う間抜けな格好で立っていた。

(※冷え性の必須アイテム)


とにもかくにも手術は始まった。

「金属の物は着けていませんね?」念を押された。

電気メスを使うからだ。

もとい金目の物には縁が無い。

ちなみに差し歯なども有る人は外すそうだ。

ジリジリメラメラと焼き切る音と

焦げ臭い臭い鼻を突く、

局所麻酔は臨場感!?たっぷりだ。あせる

仰向けに寝ているので手術用のライトがマブシイ

お腹の上にポンポン道具を置いていく。レンチ


「あっ落とした!」

先生の声に

「大丈夫ですか?」

とも聞けず、

「痛くなったら言ってくださいね。」

と言われたら痛くなったような気になり、

「ハイ取れましたよ~」

と見せてもらったブツが思ったより大きいのにびっくりしたり、


「縫うのは僕が。」

と代わった先生がいつまでも縫っているのが不安になり

傷の大きさを尋ねたりしているうちに

本当に長いような短いような30分の手術は

終わったのでした。