八月の暑い夜だった。
撮影所から海岸につながる道路を、
赤いポルシェが100キロ以上で飛ばしている。
運転しているのは英次で、隣に私は座っていた。
今夜飲んだお気に入りのピンクシャンペンが、
私の中で暴動を起こしていたけど、
海の風を受けて、とても心地よく、
車の中で、いたたまれない睡魔と格闘していた。
私の名前は、久留牟田沙樹子。
久留米生まれで大牟田育ちなので苗字にしたの。
「サーキー」と、呼ばれている。
年(と)齢(し)は四十歳、
顔には軽い疲労が見えるけど、私が流してきた涙の数を考えれば、
まあ、仕方がない。
私には恥ずかしい過去がある。
二十五歳で映画出演して、女優として、
すぐに人気になったけど、二十六歳には映画出演で得たお金をもって、
若い画家とパリに行ってしまった。
二十七歳には無名の人間になり、当然のごとく、
お金は底をついて無一文になった。
お金の切れ目は縁の切れ目で、画家はどこかへ行ってしまい、
私はパリから身ひとつで逃げ帰ってきた。
若い頃は危険な男に恋してしまう。
会社は私に、次の映画作品を考えてくれたけど、
男に捨てられた女優の汚名は、消せなかった。
幻冬舎「SAKIMORI」より