結婚準備&脊髄腫瘍日記

結婚準備&脊髄腫瘍日記

40過ぎて結婚しました。
入籍しましたが、結婚式はこれから。
本格的に準備をはじめようとしたところで、
長年患った腰痛の正体が、脊髄腫瘍(神経鞘腫)であることがわかりました。

10年前につけてたブログの続きに書くので、
前の記事との整合性はありません。

Amebaでブログを始めよう!
今回は病気のことでも、結婚式準備のことでも
ありません。

が、とっっても焦ったことがあったので
同じような方のお役にたてたらと思い、
記録します。

先月、アイスランドに行きました。
中1英語レベルでしたが、親切な現地の皆さまのお陰で、何とかトラブルなく帰国のためにケプラビーク空港に到着しました。

フィンランド航空のHPから事前にスマホでオンラインチェックインを済ませ、スマホかざすだけでOKのボーディングパスもその場で発行され、いざ空港へ。

で、問題が荷物。
行きの成田ではオンラインチェックインでも、
空港では有人のカウンターで確認してから
荷物を係りの方が預かってくれます。

が、ケプラビーク空港のフィンランド航空の有人カウンターが見当たらない。

皆さん、自分で荷物をカウンターにあるバーコードスキャンする機械でタグを読み取らせて、
自分でコンベアに乗せてます。

でも、私たちには荷物に付けるタグがない。
あれはどこでもらうの?
もしかして、無人カウンターに荷物乗せれば
プリントされる?

答えは、オンラインチェックインしていても、
チェックインする機械でを操作して
タグを自分で発行します。

↓このセルフチェックイン機でやります

                                          ↑↑↑↑↑
機械の右下から出てきたシールのタグ。
①自分の控え用の部分を保管
②1番小さいバーコードだけの部分を
  荷物の本体に貼る
③長い部分を取っ手に通して完成です。

準備ができたら無人の荷物預けるカウンターで


画面の指示に従ってタグをスキャンして完了。

私たちはプリントされたタグのどの部分を
どうしたらよいのか分からず、
歓談中のおじさま職員を捕まえて
教えてもらいました。

2018年8月の情報です。
ご参考まで。

【現在の症状】
術後1年とさほど変わりません。

相変わらずのしびれや感覚麻痺。
先週の旅行中、右足くるぶしを怪我していたことに、帰国後気づきました😅

以下の点は改善。

・時おりある電気が走るような痛みの頻度が減った。今では1週間に1回くらい、でしょうか。定期的ではないので、微妙ですが、減っている
気がします。

・多少走れるようになった。走るとお尻が引っ張られるような痛みがあったけど、今は信号チカチカしたら走れるくらいにはなりました。

・階段をスムーズに降りられるようになった。一年前くらいから、会社では階段で降りるようにしていました。最初は何かあったら手すりを握れるようにしていないと不安なだし、足もうまく動いていませんでしたが(そんな気がする)、今ではスムーズに降りられるようになりました。まだ、足元凝視してないと不安ではありますが…

N先生からは、3年後に残った症状はその後も残り続けると言われてる。

このしびれ、違和感、感覚がないのとは、一生のお付きあいなんだなぁ。

もう、素敵な靴がはけないのか…
靴がヘンだと、服がきまらないんだよなぁ~😞

8月26日8:30

1年前の今頃
予定よりちょっと早めに現れた看護師さんに、
病室のストレッチャーの上で麻酔を打たれた。

右腕から。
「左腕にもうったらもう記憶ないですよ~」
と看護師さんに言われたのは覚えてる。
左腕に打たれた痛みすら記憶ない。


いろんな方のブログみてると、皆さん歩いて手術室まで、とか、ストレッチャーには乗せられるけど、麻酔は手術室で、とか書いてる。

よくテレビドラマでも、手術室までの廊下を意識あるままストレッチャーで運ばれるシーン見てたから、ちょっとイメージ違った…

どんな手術室か見たかったな。

なんでK病院はそうなんだろ?
昭和の香りがする古い建物だから、患者を不安にさせないため😁?

手術前日、緊張して一睡もできないんじゃないかと不安だったのに、わりとよく眠れた私。

神経の太さを再認識。
術後10か月が経過。

現在の症状
・右足裏の感覚麻痺・鈍麻・しびれ~脛外側~太もも裏~お尻にかけての感覚鈍麻
・右足の筋力低下(ぐーぱーが左よりもうまくできない、右足が疲れると上がりにくくつま先が突っかかる))
・残便感
・骨盤底筋群の筋力低下しているような感覚(内臓の重さを支えられないような。走ると内臓の重みで鼻骨あたりの筋肉が痛い気がする)
・夜足がつる
・ビリっとする痛みが襲ってくる頻度はすこーしずつ減っている気がする。痛みの強さも、
退院後すぐに比べたらかわいいもの。


17日、K病院N先生の診察。

の前に、婦人科T先生の診察。
術後のMRIで卵巣の腫れが気になったM先生のすすめで婦人科にかかり、
それ以来6か月ごとに診察となった。子宮ポリープ13mm。

そのとき、骨盤底筋群が弱い気がする、と訴えたところ
「じゃあ、それも診てみましょう」

で、検査の結果「異常なし」。
「十分筋力あります」とのこと。

かなり心配していたので、安心すると同時に「じゃ、この感覚はいったい何?」という疑問。
内臓の重みを支え切れていないような、そんな感覚。全体的に下がっているような、そんな感覚。
ただ加齢でお尻が下がってるだけ?(笑)

でも、だったらこんな内臓の重みを感じるなんてことないよ。
お尻ではない、位置が違う。

でもまあ、婦人科の先生が検査しておっしゃっていること。骨盤底筋群は大丈夫ときいて
一安心。

N先生には上記の症状を伝えたけど
「まあ、3年かな」ですって。

残便感については、
「そんなに(神経が)圧迫されてなかったよね~」
なんて言いながらMRI画像みて
「ん~どうかな~」
私「どれが神経ですか?これ?」
N先生「よくわかんないな」

え~!!そんな・・・
よくわからず手術してたんかな・・・
まあ、どの程度圧迫していようが、腫瘍をとること自体は変わらないか(笑

術後ずっとスニーカー。
もう、ぺったんこでもパンプスは履いていない。
職場復帰する前に、お店のお兄さんと相談して購入した、NIKE(7000円)に
インソール(5000円)を入れた私仕様のもの。

最初に歩いたとき「歩きやすい!」と感動。
今まで履いていたルコックはソールが薄くてどちらかといえばおしゃれ街履き用。

購入したNIKEはソールが厚くて、つま先にかけて底がカーブしてるので、
歩きやすい(体重移動がしやすい)。しかもインソールがいい仕事してる。

毎日のようにそのNIKEを履いているので、たまに街歩き用ルコック(2代目をこの間懲りずに購入)を履くと、疲れや痛みを改めて感じ、自分がまだ復活していないことを思い知らされる。

で、週末。セールをやってたららぽーとのアパレルショップで新しいNIKEを購入。
一目惚れ。
散々スポーツ用品店で探しても、イマイチなかったのにお洋服屋さんで見つけるなんて。



写真に写ってないけど、シューレースの先っぽは銅色?の金属になってて、
中敷きがコルクになってる。(でも、インソール入れちゃう・・・?もったいないな)
何より40%off!
会社にも(ムリヤリ)遠慮しながら履いていけそうな、濃紺。
気がつけば術後6ヶ月を過ぎている。

人生でそうはない経験をしたあの3ヶ月。
そこから日常に復帰してから3ヶ月。

今では他人からみたら手術前とほぼ変わらない生活をしている。


仕事復帰前に行った鍼治療のお陰で、
つま先立ちで使う筋肉が7割りくらい?復活。

力の入れ方わすれちゃったみたいに、
それまで全くできなかったつま先立ち。
それが鍼の帰り道では、6割くらい
復活してた。

3回目の鍼の帰り道では、
まるで雲の上歩いてるみたいに、
軽々あるけるようになった。
歩く早さも、元に戻ってる。

ここ数年、本当に歩くの辛かったんだなぁと改めて思う。

駅まで5分の道のりなのに、体がどうしても動かなくて、10分以上かかってたもんなぁ。

両親と出掛けたとき、二人の歩く早さに全くついていけず、驚かれたことあったなぁ。

最初はおかしいと自分でも思ったけど、
でもどこにいっても原因わからないし、
じょじょに悪くなるから、慣れちゃうんだよね。


今、足の神経痛は相変わらずだけど、退院直後に比べたら、かなり痛みの強さも頻度も楽になった。

お尻の違和感は相変わらず。

術後ひどかった便秘は、実家近所の漢方お医者さんのお陰で解消。
手術前よりむしろ快調!

漢方では、炎症の物質?を便で排出するという考え方があるそうで、私の足の神経痛や腫れも、便秘解消によりもたらされているらしい。

そして、出しかたも大事で、いわゆる便秘薬でだせばよいというものではない、とのこと。

ん~、快便だけど、まだ痛いのは如何に…😅


ビリビリする痛みは、N先生も1年にくらいはかかる、と言っているのでそれほど心配はしていない。

でも、お尻の奥の筋肉(骨盤底筋と予想)の硬直や機能低下があるのでは、と思ってる。

違和感半端ない。お尻の奥のほうの筋肉にベッタリ何かが張り付いているような。

お通じあった後、まだそこに残っているような、まだしたいような感覚がしばらくある。(これは手術3ヶ月くらい前から、そして術後今もあって、最初は本当にまだ出るんじゃないか、漏らしてしまうのではと心配だった)

そして、おならが出そうな、そんな感覚に度々襲われ、それを上手くコントロール出来ないのでは、と不安になる。(おっきな音でしちゃうんじゃないかと)

どれも今は慣れたけど、でも違和感と一抹の不安は常にある。特に、先生もその点には全く触れないのも気になる。


痛み、ふくらはぎやお尻の筋肉硬直、
完全には戻らない体力と問題は残ってるけど、
まぁまぁ普通の生活をおくれていることに、本当に感謝です。
2カ月近く更新が空いてしまった。

前回の更新時には、美容室に行くことも不安に思っていたけど、
今はもう仕事も通常モードでやっている。

11月17日、退院後2カ月の診察時に、
「足が痛いんだって?!」とN先生が驚いていて、
窮状を訴えたけど、

・その痛みは神経障害性疼痛。
・1年くらいかけて痛みは徐々に治まると思う。
・つま先立ちができるようになるのも、時間がかかる。最悪戻らないかも。
・術後、たとえば幻脚痛のように、神経が錯誤してそのような痛みが出ることはあるけれど、
 もっと経過してから出る。
・同様の手術をした人で、この段階で足が痛いと言っているのは聞いたことがない。
・手術しなければ下半身麻痺になったわけだから、手術しない選択肢はなかった。
 受け入れて。
・仕事も復帰してよい。

とのこと。
ちょっと痛かったな、心が。
突き放された気分になった。
先生にそんなつもりはないのだろうけれど。

この痛みの原因は分からないし、「聞いたことない」。
最悪、つま先立ちの筋力は戻らないかもしれない。
要は、一生走れないかもしれない。


11月25日、会社産業医との面談を経て、26日から職場復帰。

健康管理センターの方の表現をかりれば「仏のような上司」からの
「私傷病による休暇が3カ月を超えると短時間勤務制度が使える。
 (あえて出社を急がず、)26日からの出勤にして、短時間勤務にしては」
との優しい言葉に甘え、最初は5時間勤務から開始し、1週間ごとに1時間ずつ
伸ばしていった。

5時間。。。10時出社でも15時退社。
「いくらなんでも短いんじゃ・・・」

と思ったけど、家に帰るとしばらくソファでぐったり。

短時間勤務とはいえ、1週間に4時間分の当番業務を外してくれたけど、
それ以外の業務は以前どおり。
集中してこなしても、当然終わらない。
終わらないけど、見ないふりして帰る。どんどん後回し。
仕事の優先順位付けに注意を払う。


出社から3週間目くらいが一番辛かったかな。
朝起きると体が尋常じゃなくだるい。

帰りにスーパーで買い物して、しばらくソファで休んで、
食事の支度して、でも主人が帰ってくるのは21時過ぎで、
私が寝れるのは23時すぎる。

それまで実家で上げ膳据え膳、20時にはベッドに入っていた生活から一転。
しばらく自宅で食事のしたくや家事をして、遅く寝る練習はしてたけど、
当然仕事とは全く違う。

それでも主人が食事不要な日は、さっさと21時に寝てたけど、なぜか3時30分か4時30分に
目が覚めて、そこからはよく眠れない日々。

先週、再度産業医との面談。
「何時に寝て、起床してますか?」
「よく眠れてます?」
と。

私の起床時間の2時間前に目が覚めて・・・の症状は、適応障害の症状だと。

元の職場とはいえ、短時間で業務をこなそうとしているから、常に仕事のことを
考えてしまっているからだと言われた。

いやいや、そんなことはない・・・
私、家でも仕事のこと考えるタイプじゃない。

人間は眠る「量」を確保しなければならない。時間だけでなく、深さも重要。
私は時間の確保はできていても、深さが足りてない。

深い眠りを得るためには、家に帰ったら仕事のことは考えず、
就寝6時間前からカフェインの含まれるコーヒーや紅茶、日本茶は夕方から飲まない。
飲みたいときはカモミールティーがいい、とのアドバイス。

適応障害は大げさにしても、5時30分or6時30分起床する私の生活からすると、
本当にちょうど2時間前に目が覚めているという症状はあってる。


主人に「疲れが取れない。朝とてもだるい。」と訴えたところ
「ご飯作らなくていいよ」との言葉!

超意外。


それまで、職場に無理言って短時間勤務にしてもらってるのに、家に帰って食事の支度して、
主人を待っている自分に矛盾を感じてた。

職場の人も協力して早く帰らせてくれているのに、早く帰った私は家の仕事=家事をして、
家族はいつもと変わらないって、それでいいのかと。
だったらもう少し勤務時間延ばして、家での家事時間を短くして早く寝るべきでは、と。

職場の人に申し訳ないと思っていたし、正直、なんで主人は協力してくれないの?と
疑問にも思ってた。

主人は、私が辛いと思っていることに気づいていなかったのかも。

それから食事の支度をしなくてよくなり、帰宅後はさっさと自分の食事を済ませて
毎日21時すぎに就寝。

夕方からお茶の類はとらず、カモミールティーを飲んでねてた。

そうしたら、見事に目覚ましなるまで寝ることができ、
先週末土曜日にお昼まで寝てたら、いつもの体のだるさが消えていた。
17日にある退院後2ヶ月検診。
そこで復職許可をもらい、職場復帰すると決意。

先月末くらいから右足神経痛も少し楽になった気がして、ここから先の回復は、長期戦になると思われたので、この痛みや麻痺と付き合いながら仕事する覚悟をせねばと思い始めた。

そこで先週から、日常に戻る訓練を開始。


3日

日中バスで外出。
祝日朝のバスをなめていた。座れない。30分立ちっぱなしだったけど、何とかクリア。

2時間買い物。
帰りのバスは何とか座席ゲット。

夜、主人に迎えにきてもらい、帰宅。
寝るとき、右足神経痛が酷い。うまく眠れなかった。

4日

疲れたのか朝からダルくて外出断念。
洗濯、衣替えと家の片付け、術後初夕食作り。

夕食のための買い物~夕食作りで1時間30
超の立ち仕事。

かなり辛い。

そういえば、術前も電車バスに座れずに仕事から帰ってきて、そのまま夕食の支度(2時間30分立ちっぱなし)が辛かったなぁと思い出す。

5日

朝の通勤にチャレンジ。

バスには何とか座れたものの、当然ながら電車は無理。でも、女子専用車両だから、隣のひとと肩が触れるくらい。

スマホをいじるスペースを死守しようとする隣の女子たちにより、背中や肩にスマホが当たって真っ直ぐ立てない…ショボーン

途中から右足の痛みが強くなったけど、何とか会社の最寄り駅まで到着。

ここまで1時間15分。
会社のデスクまでだと1時間30分。

デスクに着くのがゴールじゃないからなぁ~。
そこからがスタートだからなぁ~。
今の状態では、仕事に集中するのは厳しい。

でも、術前もそうだったな…。
一番酷いときは、電車30分ずっとつり革にしがみついて、腰の激痛と闘ってた。それに比べれば大したことないかも。

でも、体のこと考えたら、隣の駅まで行って、始発の各駅停車で行こうかなぁ。
でも、そうすると通勤2時間になるなぁ。

帰ってから、夏物の洗濯、休憩がてら録画されてた「遺産争続」観賞、夕食の準備。

6日

やはり朝ダルい。
余裕があったら「隣駅から各駅停車」がどんな具合か試したかったけど断念。

主人を見送った後、洗濯機2回転。

ダルさが半端なく、ベッドに横になると…2時間経過してた…

掃除して、洗濯もの取り込んで、翌日の診察に備えて実家に戻る。

7日

近所のおじさま漢方先生受診。

右足の神経痛は少し良くなっていること。
再来週の復職にむけ、外出訓練、通勤訓練したこと。
お通じは、薬を1日2回にしたら、2日に1回になってしまったので、3日に増やしたら 毎日になったこと。
を報告。

腹診。

「疲れてるな。薬変えます。」
と。

奥さんには
「徐々にやらなきゃだめ。」
といわれ。

「再来週復職するって決めたんで」
といったけど、

「やってみて、どうなるかみて、徐々にやらないと。先にゴール決めて、そこに合わせるんじゃだめ。病人なんだから」

と注意された。

もう30分は歩けるし、2時間買いものも出来たし、この状態で会社を休んでいる背徳感が辛い。

帰宅後、エアロバイクで「2㌔✖2(9分✖2)」チャレンジ。

2回目、息がかなり上がる…
心臓バクバク、汗しっとり。久し振り。

午後はのんびりぐうたら。

8日

昨晩は痛みで目が覚めることなく眠れた。
ダルさもない。
のんびりしてたからか。

でも、朝食後、珍しく腹痛。
横になると、右足神経痛が強い。

昨日の先生の「疲れてる」が気になる。
一気に外出モードあげたからかなぁ。

昼食後もお腹落ち着かず。

今晩からは本格帰宅する。
上げ膳据え膳生活もなくなり、1週間で日常生活と仕事モードをとりもどさねば。

明日は美容院に行って、外出&1時間超の座りっぱなしにチャレンジ。

そして、今週中に会社に履いていける歩きやすい靴を探そう。

でも、このダルさと腹痛とおじさま先生の「疲れてる」発言で、復職が一気に不安に。

主治医の先生は整形外科の先生だから、ダルさとか、体力的なこととか、痛みや筋力低下とかは関係なく、私が復職したいと言えば、許可してくれそう。
(というか、そもそも許可するまで復職してはいけないと言われてないので、「まだ休んでたの?」と言われそう)

復職するかどうかは実質自己判断。


明日も美容院行っただけで、またダルくなっちゃうのだろうか。
前回の退院後1ヶ月検診で、今更ながら手術の詳細を確認。

ひととおり右足の痛みや、筋力チェックのあと、

「私の手術って、L4とL5削ったんですよね?骨のどこを削ったんですか?」

と、家でプリントアウトした腰椎の図を出して、削った所に印をつけてもらった。

汚ないですが、記録なので…こちら。
黒の斜線部分が削った箇所。(先生がつけた印)









L5神経は切断している。

L5右半分全部削ってるから、L4からの重みを支えられないのでは?と思ったけど、
それは大丈夫、むしろ、L5からの重みを仙骨が支える部分がない、とM先生。

で、一旦レントゲン撮るために退席、
で、レントゲン&診察待ちの間にこの図をみてて、、、

どうしても分からなくて、確認したくて、、、


再度診察室に入り、ひととおり話が終わったときに…

「お忙しいところ何度もすみません…」

と、
図々しくまたさっきの図を出して、今度は別の角度からの図に印を私がつけつつ…

「ここと、ここを削ったってことですよね?」

と確認。



L4の棘突起の右横をちょっと、
L5の右の下関節突起と横突起と、
仙骨の一部。

L4の下関節突起とL5の上関節突起は残してるので、L4からの重さをL5で支えることはできる。

が、L5の下関節突起と仙骨を削ってるので、L5からの重さは支えられない。

問題になるとすると、L5の右の関節を削ったこと。

M先生曰く、短期的には椎間板が支えるので問題ない。

ただし、長期的にはこの関節がないことでズレる可能性はある。

でも、年齢を重ねることで、なにもしなくてもズレる人はいる(滑り症?)。


手術前にN先生がおっしゃっていた通り。


私は手術するにあたり、N先生以外の方にお願いしようとは、考えなかった。

理由は、

①腰痛では有名な先生と、鍼の先生から聞いて、診察を受けた
(この時点では、軽いヘルニアだと思っていた)

②他に頼るべき先生を知らなかった

③ネットでみる限り、有名かつ人格的にも評判の先生だった

④手術詳細を前日の夕方まで知らなかった
(他のやり方があるかどうか、調べる時間はなかった)

正直、腰椎削ってそのまま、というのは不安。できることなら、削った骨を元に戻してくっつけたい。

術後調べると、他の病院ではそのような術式をとるところもあるらしい。(私のケースでそれが可能かどうかは分からないけど)

なぜ、神経鞘腫だと分かった時点でもっと調べなかったのか、どういう手術をするのかを確認しなかったのか。

今思えば、自分の浅はかさにガッカリ。


でも、削った部分を教えてもらったら、確かに削りっぱなしだけど、きっと削る部分は最小限だったんだろうと感じた。

私の腫瘍はL5の右の神経根にあり、上はL4、下は仙骨の方までいっちゃってた。

だから、腫瘍を摘出するには、椎弓の右側一部を削って視野を確保しなければならない、ということだったのかなぁ(と推測)。

術前の説明では、大きな動脈付近まで腫瘍があるので、背中からのアプローチでは取りきれないかもしれない、その時にはお腹からアプローチして残りを取る、なんて言ってた。

そんな神経を使う手術だったのに、これだけ小さな部分しか削らず、しかも背中からのアプローチだけで取ってくれたのは、やはりN先生のおかげ。

今は削った骨のことよりも、右足のつま先立ちができるようにリハビリすることに専念しよう!


「どうみてもケガ人の歩き方」

と先週父に言われ、ショックを受けた私。
自分ではわりとイケてると思ってたのになぁ…ぐすん
おととい、術後初めて帰宅。
新婚の我が家へ…

実家から我が家へは、バス乗り継いで1時間ちょっと。

松葉杖をお守りに、一人でバスチャレンジ。バスも術後初バス

やっぱり途中で右足先にビリビリ神経痛が走ったけど、まぁ、声出さずに我慢できる程度。


結婚式の翌々日、まるで旅行に出かけるように赤いリモワを車に積み込んだ日から、早くも2ヶ月だなぁ~なんて思いながら

玄関開けて…

さて、部屋に入ると…

意外と綺麗音符

まぁ、掃除はしていなそうだけど、
でも台所に洗い物たまってないし、
ゴミもたまってない。
(そういえば、ゴミ自体が出ないと主人言ってた)

私のベッドが荷物置きっぽく使われてたくらいかなショボーン

あと、式後すぐだったので、持ち帰った状態のまま電報やらなんやらが、紙袋のまま、最初に置かれた所にそのままキレイに放置…いや、保管されてた…ガーン


家中の窓を開けて空気を入れ替えて、

主人のベッドでカバーもかからずに丸まってた羽布団にカバーをかけ、

ペットボトルをリサイクルするためにまとめ、

実家で着るための秋物の上下を一揃えカバンに詰めて、

滞在時間45分で帰りました。

夕方になるとバスが混んじゃうからね。


って、

平日15:30のバスなのに、始発バス停に並んでる状態から激混みアセアセアセアセアセアセ


ハロウィンパレードやらで、バス停が普段と変わっていて、一つのバス停あたり行き先が(並ぶ人が)1.5倍の容量に増やされてたらしい。

なので、並んでるわりにはなんとか座れたけど、座れなかったら…
「やっぱり降ります!」
してたかも…


イクメンパパに息子を抱っこしてもらい、
ハチのコスプレ…

キャミソール&黒ブルマ(ショーパン?)&黒タイツのお母さんも、パレード仕様だったわけか。


寒くないんかな…😅


初めてのひとりバスお出かけ。
無事終了。

夜、いつもよりはビリビリ痛かったけど、
まぁ、寝れたし。

来週あたり、自宅からいつもの通勤時間帯ラッシュ時の電車で出掛けてみようかな。



(で、帰って来て、)



1日家でPC作業して
(会社で仕事してるイメージ)



夜スーパーで買い物して



20時頃から夕御飯作って



12時就寝

というシュミレーションしようかな。


通勤時間帯に邪魔にならず歩けるか、座らずに耐えられるか。

ずっと椅子に座ったまま、3~4時間×2を耐えられるか。

12時就寝でも次の日使い物になるか。
(入院以来、21時にはベッドに入っている私…)

この辺が難題かな。