いまスークに出品してる、写真と絵画、好評だそうで一安心。
写真はアルバムにして出しているのだけど、お茶を飲みながら雑誌をめくるように、本を見るように、見ていただけているようで、一安心。

明日、顔を出しに行こうかな。


“私、この絵がだいすきなんですよ!”って。
そういう人がいたよ~って、お茶しに行ってた母から聞いた。


うれしいな。

予備校生のとき地元の県立美術館で作品展があるのだけれど。

会場にいらっしゃった方が書くメッセージノートに、
描き続けて、必ず画家になってください。私はあなたの作品を待ってをります。
と、名指しで書いてあったこと思い出す。


うれしかったな。

どこのどなたか、存じませんが。
精進します。

もうしばらく、お待ちください。

昔の自分に、また肩たたかれた。
一番使わない引き出しの中身。全部捨ててやろうと中見たらメモの山。
読んじゃうじゃないか。


美術がしたいんじゃない。作品作りたいだけ。それだけなんだ。くそったれ!
2004.12.3


某美術館の学芸課長に言い負かされて悔し泣きした事思い出した。
あのくそおやじ、次合ったら残ってる髪の毛全部むしってつるっぱげにしてやる。
って思ってたことも。
未来の自分の為に、忘れがちな自分の性格や考え方のクセの“しっぽ”をつかむ為に書いてた日記は、
なるほど、役にたっている。
ナイス。
過去の私。
何を成すかが重要なんじゃない。
とにかく、作らなきゃ。
描いとけ、描いとけ。
残るものがあるならば、それを誰かが美術にしてくれるさ!してください。
くそったれ。
ってわけで、これの前後何日間かを残して、思い出たちよさようなら。
大丈夫。思い出さないだけで。
忘れてるわけじゃないんだ。

…きっと。

photo:01



展示に使う絵も落ち着いて、やっつけ仕事じゃない仕事が出来て、まずまず。
出来上がっちゃえば、その絵については他人が決めていくことなので、次の作品の事考える。
動機と作業が私には大事、きっと。
訓練は続くわけで、
全く違う事考えているようでも、5年くらいしたら、同じところをウロウロしていた自分にも気がつくもんだ。
そして、自分自身の変化にも。
自分がヨシと思った対象については、しっかり考え抜かなきゃな。
なんとなく。…じゃあ、あまりにもヘッポコな答えじゃないか!美術を学問に選んだ者として!作ったものへの責任ってそういうことなんじゃないかと思う。30にして。
…遅すぎやしないかい?
いや、いや。
私はゆっくり大人になる。
悪くないじゃないか。

自分が満足しようがしまいが、絵はずっとそこにあるわけで、ストーリーを作ってくれる事を願って、乾杯!

描きたい事があって、手もあるし、目もあるし。
うん。
神様やいろんな事柄に感謝しつつ、寝よう。

今日も明日が楽しみだ☆