ふるさとに帰りたい想いと帰れない現実~避難先で2度目の成人式を開いた浪江町
多くの町民が避難している二本松市で13日、浪江町主催の成人式が開かれ、202人の新成人が出席した。昨年に続き、避難先での成人式。国や行政が早期の帰還に向けて力を入れる中、新成人の誰しもが「帰れるものなら帰りたい、でも…」と苦しい胸の内を語った。未だ収束を迎えていない福島原発事故。激しく汚染されたふるさとや被曝について、新成人に会場で聴いた。
【被曝が心配だから町には帰らない】
浪江日本ブレーキで働き始めた矢先に原発事故に遭った男性(津島地区)は、羽織袴姿で式典に出席。無骨そうな外見とは対照的に「工場ごと茨城県内に移転しました。仕事をさせてもらっているだけでありがたいです」と、しみじみと語った。
「原発事故直後ほど放射線は意識しなくなったけれど、現実問題としては町に戻るのは難しいでしょうね。そりゃ、浪江町に生まれ育ったんだから、地元で働きたいですよ。でもね…」
東京都江東区から会社員女性は、浪江小学校時代のクラスメイトとの再会を喜んだ。タイムカプセルに入れた自分への手紙を読みながら「もう、町には戻りたくないです。将来、子どもを出産することを考えると怖いですから」と言い切った。福島市内でアルバイトをしている友人の女性も「今のように時々戻るのなら良いけれど、町でずっと生活するのはできないかな。被曝を考えると」と複雑な想いを口にした。
愛くるしい笑顔が人気を集めていた女児は、原発事故直後の2011年5月に誕生。シングルマザーの母親に抱かれて出席した。
母親は「千葉県内に避難していましたが、先月から二本松市内の仮設住宅に子どもと入居しています。今は仕事をしていないので母子家庭への公的手当てをもらいながら生活をしています。これからの生活を考えると不安でいっぱいです」と話した。いずれ町への帰還が本格化したとしても「娘への被曝が心配ですから帰らないと思います」と愛娘の手を握った。
二本松市内で開かれた、浪江町の成人式。津波で
亡くなった吉田壽和さんを含め202人が晴れの日を
祝った
【成人式は旧知の友との再会の場】
「今どこにいるの?」「元気だった?」「頑張ってね」─。会場では、新成人よりも保護者や祖父母など家族の姿が多く目立った。式典は、全町民避難でバラバラになってしまった町の仲間の再会の場でもあるのだ。
いわき市に避難している40代の女性は、息子はまだ高校生。しかし、静岡県に避難した友人が子どもと共に式典に参加するため、自家用車で駆け付けたのだった。
「友人と再会するのは震災以来です。ここまで2時間弱かかったけれど、静岡までは行かれませんからね。他の人と会うのも楽しみです。成人式が町で行われていた頃より、今日は保護者は多く集まっていると思います」
着のみ着のままで避難を始めてから22カ月。一時帰宅をするたびに、哀しみが募るという。
「家の中も外も荒れ放題のまま。大きな揺れで部屋中が酷い状態のままで避難してしまったので、余計に状態は悪いですよね。ネズミなども増えているようですし。あんな状態では、町に戻って再び生活をするというのは現実問題として難しいのではないでしょうか」
今も10μSVを超す高線量の大堀地区からいわき市に避難中の会社員男性は、ホールボディカウンター(WBC)による内部被曝検査を受けた。「問題ないと言われましたが、本当に被曝をしていないか心配です。戻りたいですよ、やっぱり。でも、実際には戻って生活をすることは無いと思います。身体が心配ですから」。何年経っても元のような町での生活には戻れないことを、町民自身が一番良く分かっている。
(上)原発事故直後の5月に誕生した女の子は1歳7カ月。
新成人のママと一緒に会場を訪れた。母親は「この子の
身体を考えると町には戻れない」と目を伏せた
(下)成人式会場となった二本松市役所安達支所に設置
されたモニタリングポストは0.3μSVを超えていた。町民
は避難先でも被曝を強いられているのだ
【原発を容認する新成人と担任教諭の想い】
一方、宮城県内の大学に通う男性(権現堂)は「福島原発事故があってもなお、日本に原発は必要だと思う」ときっぱりと話した。
エアコンなど機械の電子制御について学んでいるという男性は「全国で脱原発運動が盛んになているが、浪江町を利用しないで欲しい。原発を全て止めてしまったら電気料金がはね上がり、産業の空洞化がますます進んでしまう。僕の就職先も無くなってしまう」と語り「無くすのではなく、技術革新でリスクを減らす方向で考えた方が良いと思う。脱原発を訴える人達だって電気を浪費しているくせに。でも、こういう考え方はここにいる人の中では特異なんでしょうけどね」と苦笑した。
未曽有の原発事故から3月で丸2年。浪江町民の避難生活は先が見えないまま。浪江中学校で新成人の担任をしていた日野彰教諭は、教え子たちにこんな言葉でエールを送った。
「成人式を迎えるみなさんと家族の方々のことがとても心配です…周囲では復興という名のもとに、震災・原発事故を風化させようという動きが加速しています…新成人のみなさんには『がんばれ!』とは言いません。疲れたら休んでもいいのです。とにかく、心身ともに健康でいてほしいと思います。原発事故はまだまだ収束していません。長い目で見て、焦らずゆっくりと、浪江町そして双葉地方を復興させていきましょう」
政府の「収束宣言」が空虚さをますます強めたまま、202人の新成人たちは祝宴を終えて避難先へ戻って行った。
(上)成人式では、葛尾村の吉田裕紀さんの遺影も掲げ
られた。請戸地区の吉田壽和さんの車に同乗していて、
2人とも津波に命を奪われた。新成人の父親が「小学生
の頃から息子と仲良しだったから」と親の承諾を得て持参
した
(下)津波で壊滅した請戸漁港では、いまも漁船が横
たわったまま=2012年10月撮影=
(了)