1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2005年09月05日

戦艦「武蔵」/飛行科

テーマ:海軍航空隊[艦載飛行機]

戦艦「武蔵」/飛行科

 

「大和」型二番艦 

 

【竣工】

昭和18年

【基準排水量】

62,315トン

【全長】

256メートル

【全幅】

36.9メートル

【速力】

27ノット

【備砲】

46センチ砲9門、15.5センチ砲12門、12.7センチ高角砲8門

【搭載定数】 

零式水上観測機6機 

搭乗員6組 

第二艦隊・第一戦隊〔戦艦「大和」「武蔵」「長門」〕

 
【第一戦隊司令官】

宇垣 纏   中将 


【艦長(四代目)】

猪口敏平  大佐


【飛行科分隊長】

        大尉           二座水偵操縦 18年9月頃

渡辺     上飛曹          二座水偵操縦 18年9月頃 

 

【整備分隊士】

        特務少尉


鹿田勘十郎二整曹                    18年9月~

【第一戦隊飛行長兼飛行長】 

伊藤敦夫  少佐  (海兵63期) 二座水偵操縦 19年7月1日~  月  日付 横空付(その後、12月15日付で、偵三〇二:飛行隊長へ)



【戦歴】
 

「あ号作戦/マリアナ沖海戦」 

昭和19年6月 


昭和19年7月1日付

第一戦隊司令部付兼第一戦隊飛行長として、伊藤敦夫少佐が「長門」より着任。乗艦を「大和」と指定された。[筆者注:第一戦隊内では航空参謀と呼称され、戦隊内の戦艦3隻の飛行長も兼務した] 

 

 

「捷一地号作戦/比島沖海戦」

【第一戦隊・搭載機数】

「大和」 零式水上観測機2機

「武蔵」 零式水上観測機2機

「長門」 零式水上観測機2機(但し、1号機は「大和」の格納庫内、2号機は「武蔵」格納庫内)

 

昭和19年10月22日

0800 レイテ湾の米上陸部隊に突入し、輸送船団を撃滅するために、ボルネオ島ブルネイ湾を出港。 

 

昭和19年10月24日

1040~1530 シブヤン海にて5波にわたる米海軍機の攻撃を受け、魚雷19本が命中、爆弾17発の直撃を受ける。

1935 左に横転、沈没。

戦死:1,023名

 

 

「比島沖海戦」後、戦艦、重巡洋艦の搭載機はすべて艦から降ろされた。

 

【参考文献】

テーマ一覧「主要参考文献・資料」を参照下さい。

[筆者注:調査未完につき、今後大幅に加筆・改訂を予定しております]  

 

初稿  2005-09-05


いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。