家族単位・現在数 2 → 3

たまたまアメーバブログで読んでみたい方のものがあった。

で、ついで自分も登録。

身近にあった「不育」の事を書き、「棚ボタ」のような妊娠の事を書き、そして「出産」と「育児」につてを書いてゆくブログとなってゆくようだ。


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最初に妊娠した時から「さい帯血を提供しよう」というのは思っていた。

12月に入ってからTM先生に「帝王切開でもさい帯血の提供は出来るんですか?」と聞いたら「出来るよ」というお答えだったので「だったらお願いします」と言った。8年越しの思いって事になる。

さい帯血に関する臨床の応用がここ数年でものすごく進歩している事もあるので、うちのでお役に立てることなら、と思っている。

(ある医療系メーカーのCMに「幸せのおすそわけ」というのがあるが、「上からものを見るような」「してやる」的言い方で、聞く度にムカツいている。)


実は、先日、困惑した事が。

それは「研究所」と銘うってあるのだが、自分のさい帯血を自分や子供や親族の為に使うべく、うちの研究所に「バンク」しておこう、という旨のパンフレットを手にした。

自分と自分の子供・親族の為???

この発想は私の中に全くなかったので、最初見た時「はぁ??」とお笑いの魔邪よろしく怪訝な声を発してしまった。

確かに今の世の中、自分が白血病を発病してもおかしくない時代だし、子供がそうならないとは限らない。HLAは自分の場合であれば当然だが合致するし、家族・親族が合う確率が高いのもわかる。

このパンフレットを見ると、よく言われている「バンク」は公的なので、自分や自分のまわりが必要な場合になかなか提供されないかもしれない。でもうち「私的バンク」なので、必要な時にはすぐに使えるように長期に保存しておく事が出来る、とある。


でも。でもね。

なにか違うような・・・?。

私には、このパンフレットは違和感があった。あくまでも「私には」。


それぞれの価値観で判断するのものであるし私は全く否定するような事はない。


費用は、最初の10年保存って事で支払って、後に10年更新ってことで払っていくようなシステム。

私には「こりゃ、高い」と思えたのだが、入会しようと思う人には「適切」と思えるかもしれないようなちょっと「微妙な」料金設定。

うまいな。

↑と、思ってしまうこと自体が私がこのシステムをナナメに観ている証拠だな。苦笑。


世の中、いろいろな考えがあるからいろいろなシステムが出てくるが、複雑な気持ちになった。

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年が改まりました。

特に思ったのではないのですが、このアメーバさんの「ランキング」をはずしました。

これからも、のん気に書いていく予定です。

見にいらして下さっている皆さん、今年もどうぞ、よろしくお願い致します。

いつの頃からか、いただく年賀状に「子供の写真」が載って来る事が多くなった。いまや、年賀状の風物詩のような感もする。

毎年いただくものだと「○○さんちの△△ちゃん、大きくなったネェ」と、前年のものと比べながら見たりするのが楽しい…、という具合の趣旨で、この「年賀状に子供(あるいは家族)の写真」という事が企画されたのだろう、という想像はつく。(写真業界の「企み」である事は間違いないとも思う。最近はパソコンソフトウェア業界やプリンター業界までが進出している。あきれている。)

しかし、企画の段階で「子供の居ない家庭、子供を亡くした家庭」の事については、何も検討されなかったんだろうな。と、いうか、そういう家庭はそれこそ「想定外」なんだろうな。


で、年末になると、不育や不妊系のHPやBBSで必ず話題になるのがこの「年賀状」の事。

子供の事で敏感な者には、子供写真入り年賀状は負担だ。

「負担」というよりも「悪意」すら感じてしまう事だってある。もちろん、理性のうえでは、差出人の意図とは全く関係ない事も十分承知している。

だが「来るはずだった我が子が来なかった」というどん底の気持ちをひきずった心に、他人様の元気な子供は痛すぎる

「見せつけられている」と思ってしまっても、やむを得ないと思う。

流産、死産はそれだけ、心の傷は深い。

どんなに周囲が母になれなかった者を思いやり、見守ってくれるような状況にしてくれたしても、もちろん、当人も周囲に感謝していたとしても、どこかに引っかかっているもの、残っているものがある。

そして、私も毎年そう思った。

その類の年賀状が今年もやって来た。

今年は我が家も今「2.5人家族」となったし、私自身の「心の持ち具合」が少しは違うかな?と、予想してもいたのだが、今回もやはりいい気はあまりしなかった。

と、いうか、「これは『人による』な」という結論になった。あまりにも偏見なのだが。


日頃からその人に対して、好意的に思っていたり好意的に解釈出来る、あるいはその人に関して自分の心に余裕がもてる場合、または明らかに控え目に子供の事を指しているようなものなら、にこやかに見る事が出来たが、子供の写真で当たり前のような装丁のものや、直接は関係もないのに延々と子供の事を書いてあるものは、シュレッダーにかけたくなった。

昨年まで本当に処分していたから、幾分かはましになったのかもしれないが、しかし「おおらかな」気持ちには到底なれなかった。

自分から出さなかったし、いただいたが、返事をしなかった。これでご縁がなくなっても構わないと思った。逆に「関わりたくない」とも思った。新年早々、後ろ向きだったが、仕方ないと割り切った。


年賀状は年に一度。

それだけに家族の近況や元気にしている事を書く事になるのは当然のなりゆきだと思う。写真入りもそういう流れで今日のスタンダードになったのだと思う。

しかし、差し出す人に対して、果たして自分の「家族」についてを伝える事がそんなに重要か??と、もう一度考えてほしい。

人は様々に喜怒哀楽な思いをしながら日々を暮らしている。苦しい思いをしながらも、何とか1年を乗り越えようとしている者だって、当然いる。

みんながみんな、健康で平和なわけではない。

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