植林 | 書架再生

書架再生

20140901失くした1000冊を取り戻す

桐野夏生 『植林
出版社/文春文庫

■本文より■

いい男がいる。宮本真希は額から汗を滴らせ、横断歩道の向こう側の若い男を凝視し続けていた。

自分が如何に相手を苦しめているか認識していない人間。それが加害者の特徴だった。舐めんじゃねえよ。

身体を捻って逃れたヒロユキがレジの父親の元に駆け込むのを見て、真希はゆっくりドアを開けた。
 
ブスだデブだと自分を嗤い嫌う同級生達を切りたくて、遠くの高校を選んだ。卒業直前、眼鏡を外して髪を切っただけで一変した彼らに感じたのは、嬉しさや小気味良さではなく、馬鹿にするなという憤りだった。
実際はどうだったんだろう。彼女の根が未だ深く張ったままのようにも、植えたのは自分だったようにも思う。あの頃の私の記憶は曖昧である。