それ以外に耳目を引く、しかも実質的に重要な問題が次々に起きるから追いかけきれない。

 

イギリス、フランス両国は、現代に繋がる中東問題のその植民地主義政策で原因を作ったことを棚に上げて、移民が悪いだの、移民を追い出せだの、よくいうと思う。

 

白人中心の米国も、白人先進国の寄り合い所帯のEUも、分裂するのかね。(別の話だけれど、大東亜共栄圏なんてぜってー無理だよな)

 

白人の植民地支配の下で、便利づかいした連中が、100年経って多少ものを考えるようになり、自分達の人権はどうなってるんだ、踏みにじられるだけじゃすまねぇぞって言い出しただけじゃないのか。フランスに定住しているムスリムなんて本当に気の毒だと思う。そういうこと言うと、日本で引き受けるのかとかいうやつが出てくる。本当にどうしようもない。

 

トランプは米国白人の「常識」にしたがってそのまま政治をやろうとして、躓いた。これを見ていたのだから、他の「反移民」勢力だって多少やり方を変えてくるのではないかと期待する。が、ダメかな。

 

米国は差別大国になる。優秀なムスリムは国外に出るだろうか。EUは解体されて各国通貨が復活する。破産する国が続出して不安が醸成されて軍拡なんてことになってほしくないが。移民ムスリムはいよいよ行き場を失って、一部は先鋭化するだろう。移民排斥がテロを生む構図にどうして気がつかないのか。

 

時に、森友もそうだが、豊洲=築地問題にしても、困っている人はいるはずなんだが、そういう人の声が全然上がってこない。全部保険でカバーされてしまってモラルハザード漬けになってるのだろうか。まさかとは思うが。

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KKRと「共同で」「革新機構が」!!どういう比率にするのかわからんが、こりゃ革新機構の担当者は「死亡」確定だな。


KKRは基本的に買収後人を切って、事業を小分けして(しないかもしれないけど)より一層キャッシュフローが増えるようにして売り抜けて差益をとりたいはず。

 

一方の産業革新機構は本来スタートアップを育てるという趣旨から大きくそれて、なんか巨大瀕死日本企業のお助けマンみたいになってるけど、おそらくそんなドラスティックなKKRのやり方にはついていけないのではないか。

 

さらに、WDあたりは東芝と長年の信頼関係を築いてきたという自負もあるだろうし、事業の一部であっても競合他社に売られるなんてトンデモない話だと思っているだろう。

 

これだけベクトルがばらばらな中で、産業革新機構が政府の意向に沿ってなにかしようとすれば、相当なひずみと圧力が、革新機構のフロントにかかってくるだろう。


やりたくない仕事だね。やらないけど。

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就職面接の心得

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面接官の質問は、面接官の土俵に引きずり込もうとしてなされる。一歩引いて、もっと広い視野から答えよう。

 

「貴方が当社を志望した理由は?」

「○○年の永きにわたり、給料の遅配がないことです!」
 

「成績がよくないですね」

「私の書いた試験の答案が難しすぎて、教授連には理解できなかったようですね」
 

「あなたはこの会社に向いていないと思います」

「いいところに気が付かれましたね!そうです。だからこそ、私が御社の地平を広げることができるのです。私には、私の新しい戦略で御社が新局面を切り開いていくのが見えます」
 

「もし当社が不採用だったらどうしますか」

「それは御社にとって不幸なことです。ご損がいきますよ。ライバルのA社さんではご評価いただいていますが、私はできれば御社の方が私の特質を生かせると思うので、できれば御社に入りたいとおもっています」
 

「頑張ると言ってますが、どのように頑張るんですか?」

「そりゃもうがんばります。めちゃめちゃがんばります。これでもかっていうくらいがんばります」
 

「いずれ辞めるつもりなんじゃないですか?」

「御社の役員定年は何歳ですか?それまでがんばります」
 

「結局、それであなたは何が出来るの?」

「総務、法務、人事、経理、企画、購買、営業、財務、交渉、あ、特に海外とのですね、あと、宴会の手配やゴルフのアレンジ、さらに歌って踊れて楽器ができて、お芝居もできる総合エンターテイナーです!」
 

「やる気はあってもねぇ〜、即戦力が欲しいんだよなぁ」

「エクセル男子やパワポ部長には負けません」
 

「あなたの趣味は、私には理解し難いものがありますね?」

「いやケーヴィングは奥深い趣味でございます。今度ご一緒にミミズを掘りにまいりましょう」
 

「忙しくて高収入の仕事、給料安くてヤリガイある仕事どっちがいい?」

「忙しくて低収入、給料安くてやりがいのない仕事してましたから、どちらでもいいです!」
 

「当社の弱点を分析・解説してもらえますか?」

「まず、ワンマンで経営方針が硬直的です。海外に積極進出しようとしてすべてのプロジェクトが失敗し、財務体質が極めて悪くなっています。それと、いろいろなことに手を伸ばしすぎて、どの事業でもナンバー2にもなれていません。このままでは潰れます」

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今頃周回遅れで00年代の音楽を聴いている。


トータス松本さんは1966年生まれ、私達の世代からは約10年あとだ。

 

彼の「明星」(2009年)の詞だが、槇原敬之さんの(1969年生まれ)「世界に一つだけの花」(2003年)にも通じるところはあるが、より生活を感じさせる気がするし、直接訴えかけてくる力を感じる。


槇原の「No.1にならなくてもいい/もともと特別なOnly One」という歌詞には丹羽宇一朗・元伊藤忠会長(1939年生まれ)が「会社ではNo.1になってくれないと困る」という趣旨の発言をしておられたのが可笑しくて記憶に残っている。

 

当時の60歳以上には受け入れられなかっただろう。我々の世代も丹羽さんの感覚もわからないではない。あまりに「お花畑感」が横溢している。しかし一方では21世紀にはいって「Only Oneだからそのままでいいのだ」という全面肯定感がないとやっていけない世相になっていたのだろうとも感じていた。


トータス氏にしても90年代半ばにウルフルズで売れて、カネに不自由しなくなって久しいわけで、これはプロの仕事と言うことではあろうが、生活の一面の切り取りかたが実に上手いと思う。
 

「パソコンがなんだ/検索がどうした」
2009年はWindows 7が出た年であり、その時点ですでにアナクロな感があるがこれはわざとだろう。そして「何か食べよう あったかいものを」と続く。我々はその後、東日本大震災を経て「あったかいものを食べる」ことがいかに重要かをこの後知ることになる。
 

問題は「何もかも 間違いじゃない/何もかも ムダじゃない」というリフレインだ。そう信じたい気持ちはわかる、しかし…というのが還暦オジサンの率直な感想だ。
時間を後ろ向きに見れば、確かにすべては無駄でなかったように感じられるかもしれないが、我々は確実に無駄をつくり出すし、もっと悪いのは間違いもしでかすということだ。

 

http://j-lyric.net/artist/a0036f2/l0188b8.html

トランプ氏にそれほど裏があるだろうか。言い換えれば、二重三重の各方面への配慮あるいは政略といったものがあるだろうか。


今回のシリア政府軍への攻撃にしろ、北朝鮮に対する軍事的圧力にしろ、米国内向けの宣伝効果はもちろん考えての行動だとは思うが、もしそれだけ考えての行動であれば大変危険な火遊びである。


基本的にトランプ氏はよくも悪くも中間白人層の代表なのだろう。単純に考えて行動し、現実の壁にぼこぼこあたって挫折しまくっている。それが支持率の急落につながり、今度はそれを挽回しようとして外交・軍事をいじりはじめているとしたら迷惑きわまりないことである。


「米国中間層の貧困は移民のせいだ」(そもそも失業率は低いのだが)「テロは移民のせいだ」(実はホームグロウンが多いのに)として入国制限を行い司法から反発をくらい止められてしまい、オバマケアの修正も議会の反発をくらって止められ、テレビでシリアの子供が生物兵器に苦しんでいるのをみて、脊髄反射でシリア政府軍を攻撃する決断をくだす。米軍はそれに従うしかない。(もっともこれはヒラリーでもそうしていただろうとは思うが)


ロシアのプーチンは(自分のことは棚にあげて)「シリアに対する米国の侵略だ」と反論した。プーチンはお友達じゃなかったのか?先に根回しもしていなかったのだろう。何しろ脊髄反射だ。プーチンに対しては、トランプが勝手に親近感をいだいていただけだということが明らかになった。


次は北朝鮮に軍事圧力をかけようと艦隊を北朝鮮にむける。北朝鮮は米国を敵視して核開発を国連決議に反して推進しているのだ。北朝鮮のロジックからすれば、核を持たないシリアは予告なく攻撃された、自分達はそうならないために核開発を急ぐ、と考えるだろうことは容易に想像がつく。


要するに、米国中間層の代表としてのトランプ氏は、自分が思うとおりの施策をつぎつぎ打ってきたが、それらは世界の現実を理解することなく行われた児戯に等しい(ただ、強力な軍事力と経済力を伴う)施策であって、馬鹿げているだけではなく、非常に危険だ。


現実を多少なりとも理解している(と思いたい)トランプ氏の周辺は多少のブレーキはかけていて、実際日本に対するマティス氏の扱いなどは常識的、経済的軍事的合理性に沿ったものだったが、本質的には素人であるトランプ氏が核兵器を振り回しているのと同じである。専門家に任せるのももちろん危険だが、素人に全部任せるのも当然ながら危険だ。


ここへきて、このようなトランプ政権の危険が顕在化してきたといえるだろう。もう間に合わないのだろうか。追い詰められた北朝鮮は生煮えの核を使うのではないだろうか。

国谷裕子「キャスターという仕事」から。


高倉健さんがめったに応じないテレビのインタヴューに応じるということで、色めき立つスタッフ。ところが、国谷さんが必死に準備した質問にも簡単な受け答えしかしてくれない。そこで、国谷さんは高倉氏の答えを待った。


ようやく口を開いた高倉氏は、仕事をしてきていい暮らしもファーストクラスでの移動もあたりまえになったが、求めていたのはそういうことではない、と語り始める。
「いい風に吹かれていたいですね」


その後、長い回答が続くのだが、この答えを待つ間が17秒あったそうだ。それをそのまま放送した。高倉氏には答えを用意する時間がそれだけ必要だったということだろう。確かにこの人はTVでは使えない。


「クローズアップ現代」の23年間に何が起きたのか。国谷さんの凝縮された答えは、


「経済が最優先になり、人がコストを減らす対象とされるようになったこと。そして、一人ひとりが社会の動きに翻弄されやすく、自分が望む人生を歩めないかもしれないという不安を早くから抱き、自らの存在を弱く小さな存在と捉えられるようになってしまったのではないかと思っていた。(中略)一人ひとりの個性が大切だと言いながら、組織の管理強化にによって、社会全体に『不寛容な空気』が浸透していったのではないだろうか」

国谷さんはかっこいいなぁ。

 

掲題書から。

 

2014年3月6日のケネディ米国駐日大使へのインタヴュー。(166p)

「国谷『日本とアメリカの関係は、安倍政権の一員、それにNHKの経営委員や会長の発言によって影響を受けているといわざるを得ません。これらの発言について、アメリカメディアは、第二次大戦の歴史解釈を書き換える、ないしは変更しようとする試みだと報じています。…』」

 

NHKの看板番組で、ここまで言うのはすごい。

 

このあと、2014年5月14日の「出家詐欺」に関わる放送中、3分半のVTRが「事実の歪曲」とされた。それ自身問題だが、その後、国谷キャスターは「NHKを代表して」ではなく、キャスター本人が述べるという形でこの問題についての「お詫び」を述べさせられる。国谷さんが「どういう立場でお詫びするのか」と問うたのに対し、番組の責任者からは明確な返事は得られなかったと言う。

 

 

NHKスペシャルで「トランプ経済」を取り上げていた。


ケインズ的な財政出動を中心とした政策とフリードマン的な大型減税とを組み合わせたもので、一貫性がないという主張が一方にあり、いや両者のいいとこ取りでうまく行くかもしれんとかいう議論。


それはいいのだが、この人たちはせめて自分で定量モデルを作ってからモノをいっているのだろうね?定性的な議論はだれでもできるよ。問題は要素Aと要素Bの絶対的な大きさがどのくらいになるか、なのであるよ。


民間企業であれば当たり前のことなのだが、何か新しいことをやろうとしたら、出来うる限りの情報を集めて、せめて5年後まで逐年で、財務諸表(BS・PL・CF)を組み立てて公表するべきだろう。


政治的にそんなことはできないのだろうな。だれかが裏でこっそり検証してくれていることを祈る。


トランプ氏はストレイトに中間層白人中年男が妄想しているようなことを、ダイレクトな手段を使ってやってきて(当然なのだが)思ったほど簡単にうまくはいかないということがわかっただろう。


これで彼らの気が済んでくれればまだしもなのだが。とにかく一回やってみた、というところに価値があるか、どうか。


「トランプ」という実験はまだ続くのだろう。親ロシア>アサド政権へ肩入れ>生物学兵器による空爆>一般市民の犠牲、という構図が悪化しないことを祈る。

Roland 元社長 梯郁太郎氏

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Wikipediaの梯郁太郎さんのページを見ていたら、住友化学が出てきた。そういえば、阪田商会は住友化学系だった。

 

「順調に成長を続けていたエース電子工業であったが、主要株主の阪田商会の経営が悪化し、住友化学に買収されたことで梯の周囲の環境は一変した。梯は音楽に理解のない住友化学の経営陣と仕事を続けることに苦痛を感じるようになった。1972年3月、梯は自ら設立したエース電子工業を退社し、同年4月にローランドを設立して取締役社長に就任した」


野蛮な、芸術に理解のない住友化学が阪田商会を買収したことで、ローランドが誕生したわけだな。妙なところで功徳をほどこしているなぁ。

巷では(金遊、4代目小円遊)、「そんたくん」というゆるキャラまで出てくる始末で、「忖度」が問題になっておりますが、私は以前から部下が上司の意向を「忖度」することが諸悪の根源だと思っております。
伊東孝紳時代のホンダは「本社の上層部の『空気』を読める人間が研究所内を跋扈していた」と言われていたようです。
「空気を読む」というのも似たようなところがありますな。
「空気の研究」を書いたのは山本七平さんですが、とかく日本文化の「空気」てぇのはよろしくない。大きなことをいえば、日中戦争はおいておいても、太平洋戦争に突っ込んだのは「空気」のせいが相当大きいのではないか、と思います。
すでにご指摘の向きもあるかと思いますが、若い人たちには、あえて空気を読むな!といいたい。「KY」?どうでもよろしい。
ある診断サイトの(ヒマだね)ご託宣。
「自他認める異星人級の超KY
あなたは周囲も驚く「超KY」です。その見事なまでに空気の読めないKYっぷりは、「この人、あえてハズしているのかも…」という、印象すら抱かせるでしょう。良く言えば「マイペース」「個性的」「意志が強い」「人に惑わされない」というように、とても素敵なあなたですが、悪く言おうと思えばどこまでも言うことができるかも知れません。縦社会を生き抜くためには、ある程度の協調性とヨイショが必要です。敵はできるだけ作らないにこしたことはありません。個性を貫き通すあなたの姿には、ある意味頭が下がりますが、和を乱さずに生きていくのも意外と良いものですよ。「みんなと一緒」は決して悪いことではありません。たとえば「自分の話ばかりをしない」。これだけでも相手に与えるうざったさは、随分と軽減されるでしょう。とはいえ、極めれば空気すら支配できるかも知れませんので、人に合わせることが深刻に苦手ならば、仙人クラスを目指してみてもいいでしょう」
うるさいわ。
永積タカシ(ハナレグミ)さんの「さよならCOLOR」の詞を引用します。
「そこから旅立つことは/とても力がいるよ
波風立てられること/嫌う人ばかりで
でも、君はそれでいいの?/楽がしたかっただけなの?
ぼくをだましてもいいけど/自分はもうだまさないで
サヨナラからはじまることが/たくさんあるんだよ
本当のことが見えてるなら/その思いをぼくに見せて」