「海も見えっすね」
青年は指差し示した。
「見たことあるすか?被災地、実際に、自分の目で」
心に頸木を掛けられた気がした。
「もし無いなら一回行っとくべきすね」
一瞬の躊躇はその語気に掻き消された。
高層ビルが立ち並び地下鉄も走るような都市部を離れ、ほんの30分も走ると景色は一変した。
「田んぼしかないでしょ、この辺」
ラジオから流れるポップな歌謡曲は立ち去る。
「そろそろ閖上すね」
視界に入るのは残された基礎部分のコンクリート、引き波に圧し折られたガードレール、無惨に破壊された民家、時を刻まなくなった時計、寂しそうに佇む千羽鶴。
4年もの歳月が流れたとはとても思えない凄惨な光景にただ息を呑む。
この被った災いに相当する業なんて、地球上のどこを探してもきっと見つからないだろう。
「全部流れたんすよ。何もかも。自分の家があったはずの場所には、瓦礫と見覚えの無い冷蔵庫しか残ってなかったんすよ」
青年はあっけらかんとして言う。
「でも、家族5人が全員無事だった。それ以上のことなんて絶対に無いんすよ」
照れ臭そうに笑う。
「バスケは出来なくなったす。余震が怖くて眠れなくなったす。妹はPTSDになったす。それでも、生きてるからいいんすよ。マジで」
立ち上がる。
「すぐにいろんな所から物資が届いたっす。日本だけじゃなくて海外からもボランティアいっぱい来てくれたっす。AKBは4回ぐらい見たっす。まゆゆかわいいっす」
向き直る。
「救援活動に来てくれたハンガリーのお兄さんが片言の日本語で『大丈夫、もう心配ない』って言ってくれたときはガチで泣いたっすね。そうか、もう心配ないのかって」
見据える。
「で思ったんすよ。俺もこうなりたいって。もし何処かで何か起こったら、もちろん、なるべく起こらないでほしいんすけど、起こってしまったら、その時は俺が飛んでいって、ほんのちょっとでも支えになりたい。助けになりたいって、そう思ったんすよ」
微笑む。
「妹はカウンセラーに、弟はレスキュー隊になりたいらしいっすね。なんか自分だけ漠然としてるなあ」
そう言って青年は笑った。
津波によって幹に傷を付けられながらもしっかりと立つ針葉樹も、笑った。