5月16日(月)。
今日から長女は、放課後別のディサービスを利用するコトになった。
どうか長女にとって良い選択でありますように。
心穏やかに過ごせますように。
良い刺激を受けるコトができますように。

穏やかな表情で長女が帰宅したのを確認できた時、ホッとした。
これからもまた、良いコトも悪いコトも色々起こるだろうけれど、それらの体験が皆、将来長女の生きていく力にプラスとなって働きますように…、と祈らずにいられない。

今度の施設は帰りも家の近くまで送って来てくれる。徒歩15分程の所まで。
夫が現地まで自転車で行って、長女に道を教えながら帰って来る。6月から、独りで歩いて帰って来れるように。
これはこれで、夫にとっても長女にとっても、良い経験だと思う。


昼間夫と出かけた時、私から誘ってケーキ屋サンに行った。
結婚記念日の翌日。
結婚式の思い出が懐かしい、とか言うのでなく、
これまでの年月、頑張ってきた自分を慰労してあげたかった。
そして、夫と記念にケーキ屋サンに行ったコトも、私の思い出に残って行くだろうから。
私と夫と一つずつ。食べた後も記念に残るように、小さなマグカップに入ったタイプを買った。

私がアト45年生き続けるコトができたら、結婚記念日もアト45回迎えるコトができるのか。
夫にも長生きしてもらわないと。

222日目
5月15日(日)。
実は結婚記念日。
だからと言って、特別に何かある訳じゃないが。

“最初から『趣味の私用』ありき”
の夫だから。
(日)は、朝から1日出かけている。
子供達3人の世話は私がして当たり前!という感覚なので、
朝から何にも告げず、勝手に出かける。
昨日まで高熱が続いて弱っているであろう妻の体のコトなどお構いなしだ。
まさに“最初から『趣味の私用』ありき”の人なのだ。

結婚記念日について、こんな事をしよう…などと、私から提案すれば、案によっては協力してくれるだろうが、
暴れ盛りの末っ子の相手を1日しながら、長女の動向を確認し続ける、
今の私には疲労困憊の1日であり、結婚記念日どころではないのだ。

夫の姿勢に対する苛立ちは、
「私が癌や抗癌剤できついのだから、もう少し介護に関わってほしい。
日常の身体的精神的負担を減らしてほしい。」
と、夫に介護という自己犠牲を求めているからなのだろうか。
それとも、単純に身勝手な夫が悪いのか。

だが、どんな状態であれ、子供達の傍で時を過ごせる今。
この幸せに、絶対感謝しなければ。
私の体が自由にならなくなる日が再び訪れたら、今の日々は、黄金色に輝く大切な思い出になる。

押しつぶされそうなくらい沢山の不満やストレスもあるが、
そのことばかりに目が向いてしまって、今この時の幸せに気づき感謝する心、忘れないようにしたい。
アト45年。

221日目
5月14日(土)。
解熱剤で下げないと、発熱は続くが、峠は過ぎたよう。
自分の体が、だんだん楽になってきたのがわかる。

発熱。
中耳炎。

目の調子もよくないまま。
ガンマナイフ治療をした翌日は、なんだかクリアになった気がしたのだけど。
焦点を合わせにくい感じ。
携帯画面に向き合い、メールをうつのが、やりづらい。きつい。

とにかく、体は復調に向かっている。
気力を強く持つ。
アト45年。45年生きる為に。

220日目