のぶのブログ

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一番はじめに彼女を目にしたのは、花盛りも過ぎた葉桜の頃だった。

まだ新しい教室にも、新しいクラスメイトにも慣れなくて、自分のたち位置が定まらない、そんな時期。

自分の身体に馴染まない制服に、ほんの少しの憂鬱をにじませて、車窓を流れる白い花と若い葉をぼんやりと見ていた時だった。

君を見つけたのは。

ふと視線をずらすと窓からもれる日を浴びながら、手もとにある文庫本のページをめくる君に目がとまった。
いつもと同じわずらわしい灰色の車内だったはずなのに、彼女のまわりだけ静かで澄んだ空気が漂っているようだった。

ぬけるように白い肌と肩の辺りで切り揃えられた黒い髪、神経質そうな指の動きに、目が吸い寄せられた。

正面から見るとけしてかわいいと言われる顔立ちではない。
切れ長の一重の目に、引き結ばれた薄い唇が意志の強さを感じさせた。

生まれて初めて女の子に見惚れた。


それ以来、淡い期待を抱きつつ電車に乗るようになった。帰りは部活動の関係で遅くなるので乗り合わせたことはない。学校までの通学の時間が特別になった。

いつも彼女は電車のなかで文庫本に目を落としていた。
同じ世代ではスマートフォンをいじる人が多い中、それは新鮮にうつった。
ブックカバーがかけられているのでなんの本を読んでいるかは分からない。
ときおり口の端で笑みが深くなったり、眉をひそめていたり。その表情ひとつひとつから目がはなせなかった。


いままで本なんか読んだこともなかったけど、
自分も何か読んでみようかと思って本屋で目についた文庫本を買ってみた。

学校の休み時間に本を開くと、どんな風の吹きまわしかと友人にからかわれた。

それでも読んでみると思いの外面白かった。


一冊、一冊、本棚に新しい本が増えていく。


朝、彼女と同じように本を開いて文字を追う。
そうすると自分のまわりにもゆったりとした時間が流れるように思えた。

下りる駅が近づいて本を閉じる。
少し向こうの彼女に目をやって今日も自分の生活が始まる。


制服は夏服へと変わり、青々とした葉が木陰を作る季節になった。

教室の居心地もよくなって、毎日のリズムもできてきた。

彼女の制服は自分が通う高校の二駅向こうにある高校のものだった。
知り合いがいるわけでもなく、
話しかける度胸ももちろんなく、
ただただページの向こうに見える彼女に、そっとため息をつくだけだった。