室見クリニックのブログ

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 今年の5月頃の話です。「胃の調子が悪いんです。」と60代の男性Tさんが、当院を受診されました。 屈託のない笑顔。気さくな方です。

仕事が多忙で海外出張ばかりとのこと。やり残した仕事があるので、ちゃんと病気治してまた海外に行きますと。 「先生、全部検査して下さい。何が見つかっても怖くないですよ。父も胃癌で亡くなりましたから。癌なら癌とはっきり言って下さい。」と言われました。

 胃カメラの結果、かなり進行した胃癌と判明し、手術は厳しい状況でした。胃カメラの写真を見せながら「結構ひどいですね。」というと 「癌ですか?」と言われるので、「そうですね。」と答えました。 「でも癌でも怖くないですよ・・・・・。いままで好きなように生きてきましたから。」と笑っていました。 医療の進歩で癌のイメージ変わり、治る早期癌が増えてきたとはいえ、写真みて、ただ事ではないと思うところはあったはずです。

しかし少しも動じることなく、淡々とされています。  医師として多くの癌の患者さんを診てきましたが、このような患者さんには初めて出逢いました。 最終的な癌告知のときや、数週間後、腹水で「食事とれせず吐くんです。」と来られた時も平然と笑顔でした。腹水抜き海外へ仕事に行くといわれます。  不安や葛藤本人しかわかりません。自分の生き様統合し末期を受容されてるかのようでした。 「どうしてそんなに、今平然として居れるんですか?」と尋ねると 「大した事ないですよ。・・・・・・インドでは軍人の武術の教官をしてました。動じませんよ。」 高僧でも死に直面すれば、恐れおののく人も居るというのに、修行や悟りで人間ここまでなれるのかと感じました。

 その後、腹水、嘔吐で入退院を繰り返され、数ヶ月が経ち9月末のある日。私のクリニックに、若い女性の方より突然電話がありました。入院中のTさんの娘さんでした。「今本人と代わります。」と言われました。 病床にあり既に体力気力尽きかけても、凛とした声で「先生・・・また会いましょう・・・」と感謝の気持ちを伝えてくれました。 後日、紹介先の病院より、10月上旬、家族に見守られ安らかに永眠されたとの事でした。  合掌です。  ご冥福をお祈りします。

 

 わずか半年の夢幻のような出逢いでしたが、死期に際し何時も気さくに笑顔で接してくれた事が印象的でした。 後にインターネットで、私の事を「命の恩人です」と投稿された記事を見ました。 救えなかった命。医師として忸怩たるものがあります。 天国に逝ったTさん。 一度「うちに受診されたきっかけは何ですか?」と尋ねたことがあります。すると彼は「先生が亡くなられたお父様のことを、ネットに出されてるのをみていいなと思いました。」と言ってくれました。 それを聞いて、あの世で父も喜んでいるだろうと感じました。

 

 今は彼の思いを胸に医師として、一人でも多くの患者さんの命の礎になれればいいと、そういう気持ちで毎日診療をしています。  今頃あの世でTさんは父に笑顔で、「息子さんに会いましたよ。」と語りあっているかもしれません。

 

 今年も11月20日の父の命日に合わせるかのように、父の育ててた蘭が花を咲かせました。

 父の代からの患者さんも、仏壇に花を供えてくれました。本当に有り難いことです。