大桃英樹の「それでも夢を見よう」
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田島第二小運動会

おはようございます。
先週土曜日、18日に長女が通う田島第二小学校で運動会が行なわれました。
$大桃英樹の「それでも夢を見よう」

今年のテーマは
「100人の力を合わせて元気よく!」
児童100名であることから、児童がこのテーマを選定しました。

テーマのとおり、力を合わせ全力の演技を見せてくれました。

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小学校は地域にとって大きな力の一つです。
子どもたちの姿が地域にあること、校舎から元気な声が聞こえてくること、地域の人たちが「自分たちの子ども」と捉え、見守り育むことが多くの人の元気を生みます。
少子化により学校が統合されるケースが多く見られますが、やはり地域から学校がなくなってしまうことは寂しいことです。少子化は民主主義の発展による価値観の多様化の結果であるといわれますが、当たり前だったものがなくなることの弊害も生んでいるということから目をそらしてはならないと思います。

個人が暮らしやすい環境を作ることも大切。
一方で、当たり前のものが当たり前に続くこともとても大切です。
当たり前のものを失ってまで求めるべき暮らしとはどんなものなのか、そういう問いを私たちは一人一人自分自身に向けなければならないと思います。
田島第二小学校のある学区内には新宅が増え、今は人口が増加傾向にあるためまだ統合の動きはありませんが、いずれその波はやって来ます。その波が来るのをただ待つのか、それとも次代を見据えて何かに取り組むのかは私たちに託されています。

運動会で改めて感じたこと。
「人の一生懸命は見る者の心を動かす」

結果を恐れ力を出し切れないのはもったいない。まずは全力を尽くす。結果は受け止めるしかないのです。それは子どもも大人も同じでしょう。優勝する、一等賞を取る、というような目的に向かって頑張るのも一つの価値観ですが、一等賞は一人だけのもの。全力を尽くすことは誰にでも出来ること。当たり前かもしれませんが、当たり前にあるものの効用や見えにくくなっているもののありがたみを可視化させることも私たち政治家の役割の一つであると感じた運動会となりました。

私たち大人もまずは全力を尽くして行きましょう!
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ふくしまを繋ぐ、未来に繋ぐ

先日、郡山市の玄粒書道会さまが毎月発行されている教本「玄粒5月号」の巻頭に寄稿させていただきましたので、掲載させていただきます。

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ふくしまを繋ぐ、未来に繋ぐ

東日本大震災から2年が経ちました。被災された皆さま、今もなお避難生活を強いられている皆さまに心からお見舞い申し上げます。

僕が生活している南会津町は地震による被害も少なく、風評被害による影響は観光や農業で見られるものの、生活自体に大きな変化がなかったことに感謝する日々です。

震災の1週間前、僕はいわき市にいました。お世話になっている方にある観光プロジェクトの研修会に誘っていただき、参加していたのです。僕が参加したプログラムは、いわき市小名浜の街並みを自転車で回り、普段は何でもないように見過ごしている小さな魅力を再発見しようというものでした。グループになり、小名浜市内にある史跡を巡り、車では入れない海岸線を春の暖かな風を受けて走りました。防波堤に腰を下ろし、穏やかどこまでも果てしなく広がる海を眺めました。ガイドの方からそこでしか聞けないようなお話を伺い、地元の方と会話し、新鮮な美味しい魚や食事をいただきました。いわき市は何度か訪れたことがありましたが、それまでになかった愛着、とても温かい感情が生まれました。

それから1週間後。震災が発生し、テレビには1週間前に見たあの美しい風景が嘘のように津波で流される映像が映し出されていました。まるで自分の故郷がなくなってしまうような感覚でした。知り合った方の顔が次々と浮かび、胸を締め付けられました。幸いなことに知人はみな無事で、数日で連絡が取れました。

そんなことを体験した僕は「福島県とは何か」について考えるようになりました。1度自転車で巡った小名浜へはこんなに思いを馳せることができるのに、それ以外の地域にはどうしてできないのか。東京には年に何度も行くのに、県内に足を運ぶことがなかったのはなぜか。同じ福島県人なのに、被災した地域のことについて何も知らないのはなぜか。考えれば考えるほど落胆しました。

自らの人生を顧みると、1974年生まれの僕は、高度経済成長の名残やバブル経済を子ども~青年期に体感し、ずっと右肩上がりの社会に慣れきっていました。科学はどんどん発達し、経済も社会も発展していく。今は少し沈んでいるけれども、いつかきっと復調しまた右肩上がりになると、信じて病まなかったのです。東日本大震災は、そんな夢物語から目を覚まさせてくれました。

震災後、仲間と味噌造りを体験したり、畑作りに挑戦したり、地元の歴史について勉強会をしたり、地元に根ざしたものを見直しています。また、同時に2011年に始まったふくしま会議を通して県内の仲間作りを意識的に行なっています。県内のいろんな土地に足を運び、その土地の風土や文化を感じ、たくさんの方とお話ししています。足元にある身近なものを大切にすることと、自分が「我が事」と思うことの範囲で活動することは同義だと捉えているからです。

「大きな何かに頼るのではなく、目の前にあるものを大切に、隣にいる人と手を携えて生きて行きたい。そして、その姿を子どもたちに見せていきたい。」被災されたある方が話してくれました。
人と人との繋がりが福島県内にたくさん出来ることで、僕たちにとって福島県はもっと温かい故郷になるでしょう。僕たちが震災を経て感じたこと、気付いたことを次世代に繋いでいくことで、子どもたちにとって福島県はもっと彼らを支える力強い故郷になるでしょう。そんなことを噛みしめながら暮らしていきたいと願う日々です。

南会津町議会議員 大桃英樹
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逆境のときだからこそ

春らしい日和となってきました。
南会津町は今もなお花びらを散らせる桜があるほどですが、季節は一気に初夏となりつつあります。もうすぐ田植えも盛んに行なわれ、農家のみなさんにとっては忙しい季節を迎えていることでしょう。

私も去年からわずかながらではありますが農業にチャレンジしています。
その名も「大宴会ファーム」。
3年前から始まった南会津の野外音楽祭「大宴会in南会津」からとった名前です。この野外音楽祭を通して仲間といろいろなことにチャレンジしてきました。

毎年9月中旬に行なわれる年に1回のこの大イベントはもちろん、地域の良さを伝えるための勉強会(まねぶ会)、自己資金を作るために祇園祭に出店(ももりなキッチン)なども行なってきました。冬には味噌作りも体験し、かつてこの地域で当たり前だったことを体験し、ここに生きる意味を探っています。

地方には効率や損得だけでは測れない大切なものがあります。
それは都市にはない、効率や損得を越えた生き方、生業です。「お金がなければ生きていけない」これは現代社会の一つの事実ではありますが、全てではありません。田舎にはお金では測れない価値があります。例えば、収穫した野菜を交換したり、農家でない家庭に提供することはお金には勘定できませんが、実は立派な経済活動の一つです。(贈与経済)

農業を通して仲間と共に汗を流し、南会津の気候や風土を体感し、収穫の喜びを分ち合う。そんなことを大宴会ファームで体感しようと思います。私たち若者は効率や損得の価値観の中で育ってきました。そこには根っこが不足していると感じています。ここで生きる意味を高めていくために原点に返る機会が必要です。汗をかき力を合わせることの大切さ、何かを成し遂げるために必要なものを感じられることを期待しています。
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吉田松陰先生は志には「順境の志」と「逆境の志」」があると説かれました。順境とは安定期をさし、逆境とは転換期のことをさします。では、今私たちに必要なのはどちらの志か。逆境の志であることは言うまでもありません。今ある安定した社会を作ってくださった先人に感謝し、原点にあるものの価値を見直しつつ、次の活気ある社会を作ることを夢見て、日々邁進していきましょう。
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