little*happinessにおこしくださってありがとうございます。
わたしは、現在「急性骨髄性白血病」で入院・治療をしてます。
このブログは、わたしの毎日の出来事を書いていきたいなと思い書き始めました。
ただ、治療の関係上更新が遅れてしまうこともあるかもしれません。
そんなブログだけどよろしければ、おつきあいください。
6月中旬発病
7月4日入院
7月6日最初の抗がん剤投与
8月9日地固め療法第1回目
9月15日地固め療法第2回目
10月14日一時退院
10月24日骨髄移植の為転院
現在、骨髄移植に耐えうる体か検査中です。
コメントは大歓迎です。
今のアタシ
長い間、闘病記をためましてすいません。
やはり、骨髄移植をしている最中はなかなか日記はかけませんでした。
わたしは、ミクシィもしているのでそちらから引用させてもらいました。
木曜日の採血で
白血球 2700
ヘモグロビン 9.2
血小板 5.3
の数値。だいぶ回復しました。
そして!
このまま、なにも症状がでなければ
12月20日 退院!!
day33にての退院になります。
一般病棟にはかえらず無菌室からの退院
本当に順調でなによりです。
この闘病記は、12月20日をもって終了させてもらいます。
後編のリハビリ日記を始める予定です。
残念ながらアメブロはわたしにはつかいづらかったので
次回は別のブログ会社のを使わせていただく予定です。
では、12月20日までまだ少し時間がありますので
退院までの様子をまた書き記したいと思います。
アタシ、がんばりました。
スゴイスゴイ!
もしかしたら年内退院の可能性が出てきました。
このまま
血液が安定して、GVHD(副作用)が出なければ
病院にいる意味がないので(治療も検査も最終が
来週の金曜日)退院になるかもしれません。
本当にスゴイゾ!
年内に退院できるなんて思いもしなかったので
家族がめちゃめちゃ大変そうです。
でも、やっとこの長い入院生活からおさらば
できるのでなんとなくと、いうかものすごい
うれしいです。
☆
こんな大きな病気をしたのは生まれて初めて。
怪我も骨折程度しかしたことがなかったから
入院・・しかも命にかかわる大病をするなんて
夢にも思わなかった。
でも、妹から命をわけてもらったので
なんとか生き延びることができた。
まだ、GVHDや再発など心配はたくさんあるけど
これからはリハビリしつつ楽しく生きて生きたいって
思う。
病気になるまでの生活を振り返って、本当に自由に
きままにそしてわがままに生きてきたことがわかった
んです。
だから、これからはわたしが病気の間一生懸命がんばって
くれただんなさんや家族のために恩返しをしようって
思うんです。
まだ、体力や気力は健康な人の3/1ほどくらいしか
ないけど、これからもがんばれる分だけがんばって
しっかり生きて生きたいって思う。
それと、今まで「がんばれ」ってコメントやメッセージ
をくれたみなさん、本当にありがとう。
今、少しだけど生き延びれたって実感が沸いてきたよ。
それと、病室から出られない日々にピリオドがうてそう
です。
まだ、みんなにあえる日はいつごろかわからないけど
かならず、みんなに「ありがとう」を
言いに行きます。
まずは、日記にてお礼を・・・。
本当にありがとう。
白血球数回復
金曜日が70だったので
白血球数は回復したということに
なります。
つまり今までは
わたしの白血球>妹の白血球
だったのが
この土日で
妹の白血球>わたしの白血球
と、なったわけです。
今週末にには骨髄採取があり
来週には生着されたかどうかわかるそうです。
人間の体はすごいですね。
わたしの体で白血球がいれかわったんです。
すごいことです。
で、今の症状は
のどがかぜをひいたときのように腫れていることと
熱が少しでていること。
昨日は、38.7℃まで出たのですがそれも
解熱剤で落ち着きました。
今日は少しですがだるいくらいです。
ものすごく順調らしいですよ。
この時期にほとんど熱らしい熱も出ずに
口内炎もなく感染トラブルもなく
そして若干10日あまりで白血球数が回復した
と、いうことはあまり例もないらしく
よくがんばりました。と、看護師さんにほめられました。
さぁ、あとは12月の中旬にこの部屋を脱出して
お正月は外泊→そして年明け退院といきたいですね。
まだまだ油断は大敵ですが
がんばっていきたいです。
この病気とももう少しでおさらばです。
day7まできました
こんにちは。 Day7まできました。 体の調子は、のどがかぜをひいたときの ような痛みなこと以外は、とくに 症状もなく順調なスタートをきりました。 なにより熱がないことが体のコンディション を大幅にあげています。 熱って本当に全身を食いつぶしますので つらいんですよ~。 白血球数も100ぐらいになってきています。 あっ。わかりづらいので 正常な成人だと4000~8000ぐらい。 わたしが、この病気で治療がはじまる前に 計ったのが63800 で、今が100以下ぐらいです。 もう、わたしの骨髄では血液は作れません。 妹の骨髄の細胞が少しずつ活動してくれるのを 待つのみ。 おそらく来週から再来週にかけてはじまるでしょう。 がんばれ。がんばれ。 ☆ 寝ているときに一人だとよくするのが 妄想とか計画。 元気になったらあんなことをしよう。 これを買おう。あそこに行こう。と、 小額でもできそうなことを一人妄想しています。 マイミクさんたちの日記をみながら 「わたしもやってみたいな~」と、ひとり ニヤニヤしながら思うのです。 はたからみればアホですが、これはけっこう楽しい。 あと、お料理の本やお菓子の本もよく読みます。 元気になったら作ってみよう。と、思って・・。 まず、圧力鍋は買うことにしました。 元気になってもしばらくは社会復帰できませんから 専業主婦です。 結婚以来初の響きです。楽しみですねぇ~~~~。 いまから、なにをしようか模索中。 友達曰く「子供のいない専業主婦は時間はあるから なんでもできるよ~」と。 料理つくり、お菓子つくり、家庭菜園、お裁縫 もう、楽しみでしょうがないです。 もちろん、サッカー観戦も復帰。まずは近いところから (と、いうと山梨は非常な微妙な地域ですが) と、みなさんにご心配をおかけしていますが わたし、だるいながらも元気でやっております。 お風呂も毎日入っています。 お菓子も食べています。 と、こんな感じです。 |
ここまでの骨髄移植ダイジェスト
だいぶ起き上がれる体になってきまして
骨髄移植前半戦がおわりました。
無菌室に行ってから金曜日に移植が
おわるまで、約1週間あったわけですが
日に日に変わるからだの変化をできる範囲
でおつたえしょうとおもっています。
11月9日に無菌室に入室し
午後12時から最初の抗がん剤
「ブスルフェクス」が入りました。
これは、若干痙攣の震えがあるほかは
抗がん剤の副作用はないとうはなしだったのですが
3日目の午後から吐き気がでてきて
食欲がなくなり、ご飯が3~4割しか食べられなく
なりました。
4日間の投与があり、前処置最重要な治療
大量化療です。
「エンドキサン」というくすりが入るのですが
今までの抗がん剤の100倍とも1000倍とも
いわれる量の薬が体に入ります。
この、エンドキサンを3日やる人、4日やる人
2日やる人いろいろいるのですが
今回、わたしは骨髄性の白血病なので
2日間のコースになりました。
今まで、抗がん剤の副作用で一番は吐き気、
2番は吐き気、3、4、がなくて5は、下痢かな~
って思いでしたが、
薬を体に投与して2時間は吐き気のみなのですが
投与終了後、なんとのどからやけるような痛み
胃は締め付けれる痛みそして胸がいたくなり呼吸が
できなくなりながら、吐く。
と、いう経験をしました。
エンドキサン投与1日目は本当に肩で息をしていて
このまま、抗がん剤の大量化療で死んでしまうのでは
ないかと思ったほどです
とにかく
痛みと吐き気と寒さ(でも発熱はないんです)
に耐えられなかったらここで死ぬしかないので
そうはいっていられません。
ただ、正直あの2日コースはハンパじゃなかった。
そして2日でよかったとおもいました。
(再生不良性貧血の子はエンドキサンを4日投与して
ベットで寝ゲロをはいたらしい。)
その後、1日の休みを得て
骨髄移植。
骨髄は献血に行ったときにとる量のおよそ4~5倍の
大きさのパックにはいったもので
うす赤い液体でした。
わたしと妹は血液型がいっしょなので血液ごと移植を
されるのですが
血液型がちがう骨髄の移植の場合は(白血球の型さえあれば
移植は可能。つまり、移植により血液型が変わる人も
いる)もう少し色の薄い液体になるそうです。
移植の時間は大体100ccにつき30分。
わたしは1000cc移植したのでおおよそ5時間
11時半~4時18分移植をしていました。
移植自体は、点滴や輸血と変わらないので
新しい命が降り注がれているような特別な実感は
なかったかな?
と、いうより1000ccもとられた妹がかわいそうだな・・。っていうのはありました。
そのころの体調はというと食欲ゼロ。お通じ、おしょう水
ほとんどでず。起き上がることもつらくてほとんど眠って
ました。
矢田亜希子や藤原紀香の結婚もしらなかった~。
バレーの女子の順位も後になって聞いたし
毎日見ていた朝の連ドラも今週はまったく
見ませんでした。
移植日は基準とし、今日はDay2
コンディションは、自力で起き上がることはできるように
なりこうやってパソコンもうてるしトイレや洗面所には
歩行可能。
ただ、腸の粘膜障害が発生し、現在、下痢と戦ってる
と、いう感じです。
明日、血液検査がありますがおそら白血球数200以下の
予定。
これがほぼ、ゼロになり何日かの後、妹からもらった
細胞が正着していくということになります。
今日は前半の出来事を中心に日記してみました。
しばらく倦怠感が続き、次の敵は熱。
そして、熱、倦怠感が落ち着いてくると急性GVHDや感染
との闘いになるわけです。
また、これくらいパソコンが使える日にかきたいと
思います。
無事終了
午前中、妹から採取した骨髄を午後一杯かけて移植しました。
無事に16時18分に終わりました。
妹への感謝の気持ちに尽きます。ありがとう。
みなさんにも感謝の気持ちで一杯。ありがとうございます。
妹からもらった新たな命、しっかり元気になって人生を楽しみたいです。
これからもどうぞよろしく
無菌室にいきます。
そして明日から移植のための前処置に
入ります。
いよいよ骨髄移植です。
ここまで3週間ちかく移植のために検査をしたり
歯科に通って歯磨き指導をうけたりしてきました。
歯磨きも衛生士さんに「よくできるようになった」
と、太鼓判をおされました。
ひとつ、ひとう準備をして移植に向かうわけです。
いままで、もしものことがあったらどうしようと
思っていたことが多かったけど
ここまできたらまな板の鯉。
やるしかない。なるようにしかならない。
がんばって1ヶ月間過ごしてきます。
でも、移植なのに、日赤にいたときのほうが
いろいろきびしいんだよな・・。
しばらく日記はかけないかもしれません。
吐いて、吐いて吐きまくるかも・・。
でも、絶対に元気になってまたこの病棟
に帰ってくるし、退院します。
しばらくの間、また応援よろしくお願いします。
2週間前
今日から本格的に薬が増えてきました。
今まで1種類だった薬が今日から4種類。
しかも、1つ1つがデカイ。
飲むのにかなり苦労しています。
昨日は骨髄移植スケジュールが説明され
いよいよ移植が本格化してきました。
もう、こうなったら「まな板の鯉」だよね。
なるようにしかならない。でも、
絶対に治してみせる。その気持ちでいくしか
ないと思います。
それにしても信じられないくらいご飯が食べられなく
なりました。
今日はナビスコカップの決勝をみながらケーキ
を食べたのですが、食べたら夕飯がなにも食べられない。
いつからこんな少食になったのだろう?
と、思いました。
よくよく考えたら、今日は頭痛がひどくて
外を歩いていなかったのでたしかにおなかは
減らないよなぁ・・。と、思ったりして・・。
先行きが不安です。
まぁあれこれ考えてもしかたないので
治るイメトレをしときましょうと
先生からの伝言。
たしかにそうだよね。
妄想好きなわたしですが
考えるのは退院してからのこと。
それを考えてるだけで楽しくなります。
楽しく行きましょう。
お引越し♪
わたしの病室が男子のお部屋にもどるというので
お部屋のお引越しをしました。
4人患者さんがいたのですが
すべて別の病室に引越しました。
わたしがいた病室はどちらかというとアダルティ
な感じだった。(当然わたしが最年少。)
となりの女子部屋は若い声がキャキャと聞こえる。
正直うらやましいなあ。と、思ってた。
前の病院から若い子といったら、あの大学生の
おにいちゃんくらいだったので
患者さん友達は今までいなかったのです。
良く耐えたなぁ・・・。
まぁ、前の病院はキャラの濃い看護師さんが
多かったのでその人間ウォッチングをしていたら
あきなかったしねえ・・。
で、わたしの引越し先はというと・・・。
そのとなりの女子部屋に引っ越してきました。
ここは年齢の近い人が多くていろいろ
話もできるし、楽しいし
前の病室はちょっぴりうるさいおばあちゃんが
いて(正直苦手だった)
いやだなぁ・・。っておもってたことも
多かったしね。
いずれにしても、あと10日あまりで無菌室
だけど、この部屋で楽しくすごして
いきたいと思います。
明日もスケジュール満載でがんばりま~す。