幸せの記憶 悲しみの記憶 -55ページ目

人を愛し、許して生きる

そらの供養をしていただいている、お寺の尼僧さんから頂いた言葉です。

人を愛し、許して生きる。

きっと普通に生活していたら
簡単なことかもしれません。
恐らく10年前の私だったら
当たり前にできていたことでしょう。

今は
これほど難しいことはありません。

自分をまだ責めているから
自分を許せません。
どうして自分ばかりがこんな目にあうのだと思っているから
幸せそうな他人を妬んでいます。
ずるい人や悪い人は許せません。
人を愛することより簡単な
憎んだり妬んだりすることに逃げています。

9/5はそらの百日法要でした。
100日も経ったのに
わたしはなにも進歩していません。

四十九日

そらが空に帰ったあと

わたしたちは
実際にお参りに行けるお寺への供養と
netで供養をお願いできるお寺とへ
そらのことをお願いしました。

netで供養をして下さっているお寺から今日、

「そらちゃんの四十九日のお供養が終わりました。
 このお供養をもちまして、そらちゃんのお供養は、
 滞りなく終わりまして、天国での安定した眠りに
 つかれました。やすらかにお眠りのことと存じ上げます。
 遠くの世界へ行ってしまうわけではなくて、
 いつも私たちを見守ってくださることに変りはございませんが、
 ちょっと立派な可愛い仏様になられたわけですね」

・・・というメールが届いていました。
そらは無事、成仏しました。
かわいい天使になりました。
本当にめちゃめちゃかわいいだろうな。

そらに逢いたかったよ
そらを抱きたかったよ

・・・そんなことを想いながら
ダンナさんが帰ってくるまでの間
しばしひとりで泣きます。

何日たっても
何年たっても
このキモチは変わらない。
本当に悲しい。
悲しい。

お墓参り

昨日、供養をお願いしているお寺にお参りに行った。
今日から夏休みの旅行にでかけるので
「一緒に行くよ」とお迎えに。

暑い日だった。
お寺のお掃除を手伝って
(これはPTA活動だと思ってる)
ダンナさんはお地蔵さんたちにたくさんお水をあげて
少しでも涼しく過ごせるように。

今夜から飛行機で中国へ。
「ねえねえ、飛行機まだー?」という子どもの声が
この日記を書いている背後から聞こえるような気がする。

同級生

今夜は中学の同級生と食事。
会うの久しぶりで、昔話でおなかが痛くなるほど笑った。

「mipochiんとこは子どもは?」
「あー、先月流産しちゃったんだよね」

・・・泣きそうだったけど
泣いたら心配かけるだろうと思って
思い切り何気なくふるまっていた。

「そっかー・・・残念だったね・・・
 でもさ、大丈夫だよ。流産のあとは妊娠しやすいんだってよ」
「・・・うーん。子どもはもういいかな・・・」

またあんな思いをするのかもしれないと思うと
次の子どものことなんて
やっぱりかんがえられません。

家に帰ったら術後初めての生理になってた・・・
カラダは悲しいくらいに回復してるんだ。
なにもなかったかのように。

術後の生理

まだ来ません。
なんかこう、ずしーんとおなかが重くて痛いような気がするんだけど
気のせいかな・・・

なんだかな