史学家 | 三木玲治[考古学者] | 日常生活

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三木玲治が遺跡発掘の現状を報告

移住宣言から約1ヶ月。余市での生活も順調そのもので、軌道に乗り始めました。
そして、生活の基盤のともなるべき「仕事」ですが、北海道での最初の仕事は教師としてではなく・・・

町の教育委員会の募集を見て応募。約10倍の倍率でしたが運良く採用となりました。
5月10日より10月31日までの半年間の仕事となります。場所は余市川河口にあります大川遺跡。
海のすぐそばで、近くにモイレ山がそびえ、カモメが空を飛ぶ環境の良い所です。
ここは1989年から10年間かけて付近一帯を発掘しているそうです。
これまでに、土器はもとより、石器、玉類、金属、陶磁器、古銭、骨、貝などが続々出土してきました。
大川遺跡は北海道の歴史・文化を知る上で、極めて貴重な遺品が出土しており、各界で注目を浴びているそうです。
事実、今日は仕事4日目ですが続々と土器類が出土しています。それでは、ほんの少し皆様を考古学の世界へご案内いたしましょう。

遺跡発掘の様子

北海道での各時期とおおよその年代

時期

年代
縄文後期 3000年前
縄文晩期 2200年前
続縄文期 弥生・古墳時代
擦文期 飛鳥・奈良・平安時代
中世 鎌倉・室町時代
近世 江戸時代
近代 明治時代以降

続縄文時代について

本州で縄文時代が終わり弥生時代に入る頃。北海道ではそれまでとあまり基本的に変わりない、縄文文化の伝統を継承する狩猟・漁労経済を生活の基盤とした時代が続いたようです。
その時代を続縄文時代と呼んでいます。弥生文化は青森県まで確実に達していましたが、青森での稲作は短期間しか続かなかったようです。
そもそも熱帯性植物である稲を長期間作り続けることは、やはり気候の面から無理があったようです。ゆえに北海道には稲作文化は伝わらなかったのでした。
北海道は海の幸や山の幸に恵まれ、豊かな生活を維持できたので無理に稲作を受け入れる必要はなかったのです。そこで、北海道では教科書で出ているような弥生文化はありません。
この頃を続縄文時代と名付けたのでした。
大川遺跡ではこの頃の続縄文式土器(恵山式土器)が出土するのです。

遺跡を発掘していくといたるところに多数の土器のかけらが出てきます。
しかし、土器が出たからといって、そのまま取り出してはいけません。なぜなら、どの地点で出土したかが重要だからです。
まずは割り箸で場所を示し、5メートル四方のグリッドと呼ばれるマスをロープで張り、それぞれの地点ごとに回収していくのです。
土器は割れた状態で発掘され、地点ごとに分類しておけば、後で接合するときの手がかりになるからです。作業は慎重かつ丁寧に行われるのです。

黄色いロープを張って慎重に取り出される。その後、事務所に土器は移され、水できれいに洗浄されて、注記という作業が行われます。
注記というのは土器の破片に一つずつ採取場所のデータをポスターカラーで書き込む作業のことです。米粒に書くような非常に小さな字で書かなくてはなりません。
雨の日はこの作業をするのですが、集中力を要する大変な仕事です。
膨大な数の土器の破片に一つずつ・・・

最終的には職人さんが接合して、石膏で形を取って土器が復元されます。一つの土器を元の形に戻すことは非常に長い時間と手間がかかることを知りました。
これを見たあなた。もう、博物館で土器の前を素通りすることはできませんね。

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