鞠文庫

アメンバー限定記事「その名は、ギリヤーク尼ヶ崎 職業 大道芸人」を見た

座右の銘

学生の時に川崎和男先生の口から聞いた言葉の中で、一番印象に残っていること。「デザインは美をつくるもの」「アートは美をこわすもの」考えた。醜いものをつくるのは、アートではない。醜いものを唐突に指差して、美しいと言わない人間を蔑むことではない。マンガを見てマンガを書き、演技を見て演技をし、バンドを見てバンドをやり、写真を見て写真を撮る。美として語られた醜じしんを美とみなすのは賢明だろうか。「これは今や美なのである」これって聡明だろうか。考えた。醜じしんは、永遠に醜である。「この醜は今や美なのである」と信じて一途に怠けることの愚を思う。美をこわす行為とはあまりにも程遠い。

使用済み核燃料のうた

空を見上げてたら、 突如そうとしか思えなくなった。 少なくともこの歌は、 浄土真宗のお葬式ではご法度である。 亡くなった方はただちに仏さまになるという宗旨にそぐわないということもあるけれど、 お寺さんは『千の風になって』とタイトルを聞くだけで表情がこわばる。 職業以前に生理的に受け付けないように見えるほどだ。 亡くなった人を悼む歌なのか 自らの命の終わりと世界の終わりとを一致させたがる 思考停止の呪文なのか

日記　2009.10.26

2009.10.26一、真理を求めるから、しんきくさくなるのではなかろうか。 クソリアリズムと真理を置く次元を異にするだけで依然として真理を求めようとする演劇のことを私は、メタクソリアリズムと名付けた。 真理という言葉がカビ臭ければ、リアリティと言い換えて差し支えない。 物語の外側で起こるにせよ内側で起こるにせよ、あるストレスをリアリティと呼ぶことがあるかと思う。 ストレスと私がここで呼ぶものとはたとえば、しっぽを挟んだ洗濯ばさみがハツカネズミにもたらすそれである。 伝統に倣えば、葛藤というやつ。 これは、あくまで演者に こわばり が生じる為にあるのであって、リアリティの為にあるのではないと思う。 （註：こわばりとはここで、演者の下手を表しているのではない。反復・執着・おこつき……人が物の印象を与える場合の全てを指す……とここではざっくり済ませておく）この先は、こんど何かの劇評を書くに当たってまとまるかと思う。 一、先日拝見した『私たち死んだ者が目覚めたら』について。 あの狂ったモデルさんは、最終幕後半のノーラよろしく鳥の様でなければならないと思うのだが、あれを演じていた俳優さんはどこからどう見ても混じりっけなしの哺乳類であった。少しねじ曲げて分かりよく云えば、庶民的でお人好しで人肌のあたたかさ、なのである。 ノーラとヘルメルとは他人である。これはパパとの関係と並べてみると鋭い対比を見せている。 また、モデルさんと彫刻家さんとはかつて、頑なに男女の関係になることを忌避した。 ノーラとヘルメルとの関係は、鳥の親子なのである(親子丼ではない)。身内であるかどうかは分からないがともかく大きいものにヨチヨチついてゆく、卵生の感じなのである。 彫刻家はかつてモデルを抱くことを恐れたが、これもモデルを鳥としておくか獣とするかというところに関係している様に思う。 奥さん役の衣装が子宮みたいだったのも象徴的で、あれは胎生動物なのである。 卵生と胎生の対比を鮮やかに出すには女性のキャスティングが逆であったというのが、私の主たる感想であった。 鳥類の感じを出せるのは、片岡先生の方だと思った。

４ヶ月前の日記

６月２７日昨日ばあちゃんに電話した。お誕生日のお祝いを伝えたら、ばあちゃんは自分のお誕生日をすっかり忘れていた。「まーぼけとっていかんがね」と言った。ばあちゃんは、生まれてこのかた81回目のお誕生日より何より、私からの電話をよろこんでくれた。すぐまた忘れてしまうと思うけど、妹と私のお誕生日を忘れたと言うので、教えてあげた。ばあちゃんの日記をめくると、私の舞台を見に来てくれた日、よれよれの字で一言書いてあった。「麻里ちゃんは、よくできました」うちの母は読書家のわりに手紙を書くのが極端に苦手で、小学生の頃から私がよく代筆や校正をしたくらいだった。そんな母がばあちゃんにあてた遺言、「ばあちゃんは、百まで生きてください」私はね、ひそかにこの祖母や母の文才に憧れている。鬼のような才能に。

能出没注意

そもやそも、妹がしきりに「ものごころ」のことを「ものごろう」と私に発言したことがこの日記の始まりである。そのキャラクター化された「つきもの」 が熊の類であることはお互い暗黙のうちに了解していたと思う。体長30センチくらいのぽわんとしたツキノワグマが頸のわたりにしがみついて爪を立てる。世界がほころぶ瞬間を想った。物心とは、憑いた時に知覚されるものではない。成長したのちに辿れる、最も古いブックマークのことをそう呼んでいる。monoゴコロっていうくらいだから、矢張り母なる世界と私を峻別した瞬間なのかな。大文字の他者などというとものものしいけれど、北海道のおみやげの木彫りね、あんな鮭をくわえた熊のなりをしているのかも知れない。くまのプーさん、くまのがっこう、くまの子ウーフ、こぐまのミーシャ、リラックマ、モモ、くまのパディントン、ファーファ。テディベア。うさぎや小鳥やリスにしておけばいい。人類は、あれほど獰猛なケモノをわざわざ去勢して、「さん」付けして歓んでいる。ぬいぐるみにして幼女に与える。中学校に立てこもった野性の熊が報道されたとき、何かが腑に落ちた。中学生たちの「物心」への疑いが、ケモノを呼び寄せてしまったに違いなかった。「熊」とはもともと「能」と書かれていたそうだ。「能」は象形文字である。尾を振り上げ、口を開けておそいかかる動物の形にかたどる。「月」は被補食者。「肉」である。「ム」のあたりが補食者の頭。「ヒ」「ヒ」は捕食者の四肢である。ぱりぱりの漢字に変化する前の古代文字で見てみると、「ム」が「月」にぺたりとくっついていて、獲物にむしゃぶりついている様がよく分かる。「ム」の音は「し」。「禾」つまり稲を加えて「私」となったのは、やはりあとの話。「鋤」つまり農具をかたどるところから、「わたし」を意味するようになった。（武士が「お能」を好んだということを、感覚的につかめたことが今までなかった。「能」の字は一方で、弱肉強食という「状況」を描いてもいる。他者を肉とし血を浴びて生き存える生き物としての業を背負う武士にとって、観能は慰霊祭であったのだろうか）ところで、「熊」であった。「能」がどうして「熊」と書かれるようになったのか、辞書には載っていなかった。加わった４つのてんてんは「れんが」。「火」である。なんだかガスコンロの炎みたいだけれど、昔の人はキャンプなんて呼ばずに生活の中で「たき火」をしていた。「能」を火であぶる様をかたどったのが「熊」と考える。「能」は文明にしとめられる存在として｢熊｣と名付けられた。同時に《「能」は火であぶるものだ》という了解が生まれた。「ものごころ」の正体である。

粟谷能の会

感想を書こうと思います。第88回　粟谷能の会於　国立能楽堂能『野宮』『源氏物語』は六条御息所の霊が、光源氏と最後の別れをした嵯峨野野宮に出てきて、かの人への想いを語り、舞う曲。狂言『地蔵舞』一夜の宿乞いを断られた旅僧が、屁理屈で強引に宿主を説得。ともに酒盛りのあげく、僧は地蔵舞を披露。能『白是界』中国の天狗が日本の仏法を妨げるべく来日。日本の天狗に相談、比叡山へ。僧正が不動明王に念じたのが功を奏し、天狗の策略は失敗、消え失せる。白くひかる能面に、『千と千尋の神隠し』はカオナシのことを思い出していた。カオナシの不気味はただ体が膨張することでなくて、面のみが頑なにその形を保ちつづけていたことにあると気付いた。面が「あたかも人の顔に見える」ことはない。もっぱらゾクッとさせられたのは面が面のまま息をする光景だった。シオリで端的に見られる感情表現は深く強烈でありながら、見ていて同化することがなかった。覗き見に似たスリルがあった。この世のものでない者がすすり泣く姿は、本来見てはならないものだと思った。夢の中に、現実とは全く別の過去や人間関係や約束が存在している。うたたねからようよう覚めかける時、あやうくそれらの一つ二つ平然と現実に持ち込んでしまうのではないかと背中が冷たくなることがある。みだりに触れてはならないものを、私たちは線を引いた上で垣間みる。逸脱者たちは皆、橋懸りを通って自ら消える。この法は、不気味に遵守される。狂言の幕切れがはっきりとした終わりでないのは、正気の沙汰であるためだ。次に見る時は、「花」や「幽玄」についてぼんやり考えてみたい。