荒涼たる大地が広がっていた。赤土と岩石が広がる不毛の大地。風が寂しく砂埃を立てながら通り過ぎる。

遠くに山が見えるが、靄がかかっているのか、それとも雲にさえぎられているのか、かすんでよく見えない。

そこに少女はいた。
ただ一人。

荒野にぽつんと。


魔法陣には転送機能がある。

それは魔法陣同士を結ぶ双方向転送機能であるが、強制転送のように一方向に見知らぬところに飛ばすものもある。

今回は後者だった。

少女は知らなかったが、双方向と片方向はほぼ同数らしい。


呆然とたたずむ少女は状況に理解するのに相当時間がかかった。
なぜ、先ほどまで遺跡の中にいたはずなのに、埃まみれの廃墟にいたはずなのに、「なぜここにいる?」


あたりの光景は赤砂、赤土、赤岩。一面真っ赤だった。正確に言うと赤茶色。



心を落ち着かせるためあたりを見回す。

空虚な空間。何もない。少女が好きな秋の草花もここには一切ない。

どうやらあらぬところに飛ばされてしまったらしい。先ほどまでの遺跡からどこまで離されたのか。
それ以前にこれまで進んできた道と、この場所はどのような距離にあるのか。

ともかく、歩くしかなさそうだ。やみくもになってしまうが。。。

気がつけば、今まで光を照らして先を示していた右手の指輪は、もう光っていない。

指輪の光をたどってここに来たはずなのに・・・。
(正確には魔法陣で飛ばされた)



そう考えないとあまりに理不尽だ。
リセット。
そんなゲームマスターからの一方的なキャンセル。

・・・それでは浮かばれない。


そんなわけがない。そう思って前に歩を進める少女。

しかし、荒涼たる大地が目の前に広がるばかりでどこまで歩いていけばいいのか見当もつかなかった。

ともかく前へ。方角もよくわかっていないが、前に進まないと・・・。


流れる雲が無情に少女の頭上を過ぎていく。
秋鳥の声はここは聞こえない。


空気が流れていく。
遠くに向かって流れていく。


・・・。

・・・・・・?


風が一方にだけ吹いているような感覚。
さっきから風の方向が全く変わらない。

常に風が同じ方向に流れていることはごく普通で当たり前だが、
ある一点を集中して吹いているような・・・。




そう思って少し駆け足で風が吹いている方向に向かう。

遠くからは判らなかったが、近づくにつれて、風の塊のような・・・非常に見えにくい空気の膜のような・・・。


もっと近づくと、その空気の塊は真空の渦のようになっているのが判った。




直近まで近づいたとき、明らかに異質な状況だと理解した。

それは少女の身長をはるかに超えた丸い空気の球体になっていた。


嫌な予感・・・。

こういう状況はたいていある一つのキーワードが浮かび上がる。


「蠢くモノ」


そうだよね・・・こういう状況は・・・もうよく体感している。


少女はそう呟いて身構える。

おそらくあの空気の塊がきっと・・・。


・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・。


ん?


襲ってこない?




いぶかしそうに空気の塊に近付く。

まだ襲ってくるような気配はない。

大きな球体なそれは、外界と空気の膜ができており、中をのぞき見たが何が入っているのか見えない。



・・・強制転送が相当堪えたようだ。


球体の周りをぐるぐる回りながら、何かおかしなところがないか、空気の膜の中身が見れないか色々確認してみたが、特に何もなかった。


らちが明かない状況のまま数分すぎる。



周りから眺めても特に何も起きず、もちろん襲ってこないこの空気の塊。


虎穴に入らずんば、虎子を得ず。

紅い指輪に指し示されて転送されたこの場所には何か意味があるはず。

そしてそれはこの空気の渦に触れない限り、何も変わらない。先へは進めない。


・・・・・・・。


少女は決心して、右手の紅い指輪を触れさせるように空気の塊に恐る恐る手を伸ばす。


紅い指輪が空気の塊に触れた刹那!!


バチッ!!


それは大きな火花となって飛び散った!!




反動で思わず体ごと吹っ飛ばされる少女。

その後に続く破片。


その破片は、なんと空気の塊が、まるでガラスのようにひび割れて飛び散ったもののようだった。

透明で煌めいた破片があたり一面に飛び散った。


そして、中が見えるほどの大穴が空気の塊の中に出来上がっていた。


吹き飛ばされた少女。
腰を強打したらしく悶絶している。

右手には紅い指輪。指輪自体は全く傷ついていない。






少女は、ひび割れてできた大穴、空気の渦の中が見えていた。

そこに見える光景は、すごく懐かしいような。

まるでよく見た景色のような・・・。


そこから見えたのはある景色を映し出した映像。


それはワレモコウの花畑だった。

控えめに紅花を咲かせている。精一杯の力で。


この島の草原でも見たワレモコウ。しかし、場所はどうもこの島のようには見えない。


花畑の中央には大きな石のモニュメントがあった。
軽く5mはあろうかという石舞台のような巨大な石。
苔一つない荒削りの巨石。


これはまるで・・・。

そして、あれは男性だろうか、人物が見える。
男性は中年と呼ばれるくらいの年齢だろうか。口ひげをはやした長身の男性がそこには映っていた。

男性は大きな石のモニュメントを熱心に調べて、自分の持っている日記帳だろうか、メモを事細かに記載しているようだ。


その人物は・・・。
少女もよく知るあの人物・・・。


少女は食い入るようにその映像を見つめていた。

本当のところは動けなかった。
この映像の重大さとインパクトに何も考えることができずただ、そこを見つめることしかできなかった。


そこに映っている人物こそが、少女がこの島に来た目的だったから。


映像は続いていた。
空気の渦の前でただ佇む少女。


記憶と記録が交差した瞬間だった。

遺跡という名の廃墟は思ったよりも広かった。先ほど見せた幻影、少女がよく知っている部屋、・・・今は消えてしまったが、そこからかなり奥に進んだにもかかわらずまだまだ終わりが見えない。

少女が持つ紅い指輪は、その暗闇の奥を指している。

この紅い指輪は光を放つ。ある指向性を持ったまっすぐな光。その光が暗闇の廃墟の中で唯一の光だった。

この指輪を森で拾って以来、指輪から発せられる光に従い少女は島をめぐり歩いていた。


ある時は、この島の魔法陣の記録、ある時は悲しい記憶、そしてある時は過去の記憶のようなもの。。。

この指輪が少女をどこに連れて行きたいのか、何の目的なのは今も判らない。
判らないが、少女が持つ日記帳とはところどころと違っているこの島では貴重なマイルストーンとなっていた。

どこに行くかわからないところを差し引いても縋るしかなかった。



ぶつくさ文句を言いつつ歩を進める少女。
そこまでに遺跡内部はボロボロに風化していた。


ただ、いつも頻繁に現れる蠢くモノの気配がしない。
さすがにこのような場所には蠢くモノも住む気がしないのだろう。そう思えば納得できるほどの状況だった。

紅い指輪の光に従って歩を進めると大きな扉の前に来た。
その扉は、先ほど幻影を見せた部屋と同じく、、立派な銀縁の装飾が施されており、扉のノブはおそらくシルバー製であろうか見事な紋様で飾られていた。

この先に何かがある。
何かが待っている。

少女は直感でそう思った。


ドアノブに手をかける。


ガチャリ


予想に反しては中は暗かった。光がなかったので目がくらむことはなく中の様子はすぐに分かった。

そこは大広間のようだった。何も遮蔽物のない、何も置かれていない大広間。

しかし、遮蔽物はないが何か大きなものが床に描かれていた。




床には大きな文様が赤く描かれていた。

大きな輪「ペンタグラム」と呼ばれる六芒星。

ユダヤの紋章といわれる強力な呪符。上向きと下向きの三角形の組み合わせで、霊界と人間界を現すという。二つは表裏一体であり、人間界に働きかけ、魔術は霊界に影響し得る、という印である。



これで魔法陣は3つ目である。見つけたその都度、紅い指輪に魔法陣を記録させている。

記録させただけで、日記帳の受け売りであるが魔法陣の機能である転送機能を使ったことはない。

転送機能とは魔法陣同士で利用者をその名の通り転送する機能である。
自分が所持している(記憶している)魔法陣であれば自在に移動が可能だという。


・・・ただ、今は使う必要がない。


ゆっくりと魔法陣の上に進む少女。
紅い指輪の光は、その魔法陣の中央を指している。


以前、レンガつくりの建物の中に魔法陣があり、少女が持つ紅い指輪がその場所を記録した。

同じく、この場所も紅い指輪に記憶させるのだろう。




そんな事を思いながら、ゆっくりと円の中央に進む。

少女は六芒星の真ん中に立ち、紅い指輪のある左手を胸に置き呪文を唱え始めた。

ワレモコウ「AGLA・・・
TETRAGMAMATON・・・A Ω・・・
QVODINFERIVS・・・MICROPROSOPVS・・・」


ペンタグラムから光の本流が立ち上がり、少女の周りを疾走する。
光の渦、煌めきの渦、眩いばかりの閃光。

光の渦が少女の周りを包む。
このまま紅い指輪に光が吸い込まれて・・・。


吸い込まれて・・・。


何かおかしい。
光の渦はますます勢いを増す。そろそろ光が紅い指輪に吸い込まれて消えていくはずなのに。




思わず漏らした言葉を遮るように光の閃光が、光の渦が、少女の周りで大きく爆発した!!




少女の言葉お構いなしに光の大奔流が大広間の隅から隅まで駆け巡る!!

仮にそこに人がいたらもはや何も見えず真っ白の空間。
ホワイトで塗りたくった何もない空間。

・・・・・・・・・!!!!
・・・・・!!!

・・・!!


・・・


・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・


永遠に続くかと思われた真っ白な空間が、少しずつ少しずつ光の帯が弱まる。

元の埃まみれの大広間の輪郭が蘇る。

魔法陣の床が見える。

そして光はとうとう消えてなくなった。


そこには空虚な空間と大きく描かれた魔法陣が残るだけだった。


そこに少女はなかった。


少女の姿が見えない。跡形もない。


そこには何もない。


少女が魔法陣を紅い指輪に記録させるのは今回が初めてではない。
手順は間違っていなかった。

記録させる呪文もあっていた。

しかし、少女は消えてしまった。

跡形もなく―――。


少女はどこへ・・・?


===========================黒駒========================


乾いた風がふきすさぶ。
大きく不気味な音を立てて風が通り過ぎる。

荒涼たる荒れ地が広がる。赤土の大地。遠くには山々が見える。


そこには人間が倒れていた。


紅いドレスを来たトンガリ帽子をかぶった人間。髪の毛も紅く全員赤で統一された人間。
指には紅い指輪。紅い指輪は再び光をある方向に伸ばしている。


少女、ワレモコウが荒野の真ん中で倒れていた。

光の渦に飲み込まれ、消え去ったかと思われていた少女は、なんと別の場所に飛ばされていた。

ここの座標は不明であるが、明らかに遺跡内ではなく、またこれまで進んできた場所とも違う。


少女は勘違いをしていた。

魔法陣と呼ばれるものの機能を。

転送する機能を持つ魔法陣だが、「双方向転送」だけではないのだ。

このように一方的にある場所に転送してしまう魔法陣もこの島に存在する。

少女が持つ日記帳にも書いてはあったようだが、少女は見過ごしていたか理解に至っていなかった。


ともかく、強制転送の魔法陣によりある荒野に連れてこられた少女。

まだショックから意識は戻らない。

この先、少女が目を覚ました時、この状況にどう思うのか。

それを確かめるにはもうしばらく時間が必要だった。


荒涼たる風が吹き抜けていた。
砂巨人が大暴れした残骸の中、少女はぐったりと壁に寄り掛かって座り込んでいた。

少女は大きく肩で息をしており、ときおりうめき声もあげている。砂巨人の一撃が思いのほか少女にダメージを負わせていた。

少女の目の前には大きな建物が広がっていた。

アラビア建築様式とロシア建築様式をとり混ぜた不思議な青みがかった建物。

「遺跡」とよばれている建造物がそこにあった。

少女の指に紅い指輪があるが、その指輪から光が伸びていて、その遺跡に向かって真っすぐ光を紡いでいた。

ここが指輪が示す目的地のようだった。




なかなか傷が癒えない体に文句を言いつつ、ゆっくりと立ち上がる少女。
足元はおぼつかない。

しかし、少女は前に進むしかなかった。
この「遺跡」に足を踏み入れるしか道はなかった。


そのままゆっくりと遺跡に向かって一歩一歩進む。

そして入り口と思われる大きな扉の前まで来た。

入り口とも思える大きな大きな扉には多様な宗教の神だろうか、きらびやかな装飾が施してあった。

大きな扉に手をかける少女。


ギイイイイイイイ・・・・・・。

少女がゆっくりと扉を押すと、大きな音を立てて扉が開いた。


・・・埃と空気の淀んだ匂いがする。

中は外の明かりがなければ判らないほど暗かった。
大量の湿気と何か木材のようなものが腐った匂いがしていた。



余りの空気の悪さに進むのを躊躇する少女。

しかし、指輪の光は遺跡の奥を指している・・・。



少女は紅い指輪を自分の胸に置き、一つ呼吸を吐いた。




すると、少女の周りに風の層ができ、少女の周りを巡回し始めた。
風の膜を作ったようだ。




そういって風を纏いつつ遺跡の中へ一歩一歩すすんでいく少女。
もはや外の明かりはほとんど入ってこない。
あるのは少女の紅い指輪から伸びている光だけ。その光の方向に少しずつ進んでいく。

周囲の光景は暗くてほとんどわからないが、よく見てみると大きなフレスコ画のような絵画があったり騎士だろうか、剣と楯を持った大きな銅像の壊れたものがあったりと、遺跡というより廃墟のような様相だった。

外見もよくわからない建物だったし、中身もよくわからないモノで散乱しているようだった。


遺跡の中のいくつかの部屋や回廊を進んでいく少女。
特段何かめぼしいものがあるわけでもなく、風を纏ってなければ埃にやられたかもしれないが、ただの埃まみれの廃墟でしか今のところなかった。


そのうち長い長い廊下に出て、少女の指輪から伸びている光の先が、廊下の先にある扉を指し示していることに気付いた。

扉は今まで遺跡内に通ってきたボロボロの扉や装飾ではなく、立派な銀縁の装飾が施されており、扉のノブはおそらくシルバー製であろうか見事な紋様で飾られていた。


ガチャリ


明らかに怪しいその扉だったが、躊躇なく開ける少女。


・・・中から光が漏れる。




目が慣れてきて部屋の中をよく見る少女はその光景に思わず声を漏らした。

なんとそこは大きな暖炉があり、火が赤々と熱を放出していた。
大きな暖炉の前には大きなソファーがあり、ソファーの前には大きなテーブルが一つ。

テーブルの上には、食器が並べられており、その上にはフルーツが置いてあった。
フルーツはまだ新鮮だった。

他には銀のスプーンと銀の皿が2つ。
そして写真立て。

その部屋は暖炉から広がる暖かな熱で包まれていた。

・・・まるで今しがたまで人がいたかのような空間がそこに広がっていた・・・。




おかしい。明らかにおかしい。いままでの埃にまみれた廃墟の中になぜこのような生活感あふれた現代の部屋があるのか。

そして気になる写真立て。

恐る恐る写真立ての中の写真を覗いてみる。


写真の中身は家族の写真。父親、母親、子供が二人。


その写真を見て、少女は驚愕した。

この写真は・・・。

この子供の女の子は・・・・・・。


頭が混乱していた。

この写真は・・・少女はこの写真をよく知っている・・・この写真は!!





少女の言葉が途中で止まった。

言葉が途中で止まったのは理由があった。

今の今まで目の前に広がっていた大きな暖炉のある部屋が消えた

少女の目の前から一瞬で消えた


催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなものでは断じてなく、忽然と目の前から姿を消したのだった。


目の前には他の部屋と同じく、埃にまみれたがらくたばかりの暗い空間に戻っていた。


もはや訳が判らないと通り越して、自分がおかしくなったのかと思った。

蜃気楼、幻想、妄想で目の前にありもしない光景を見せてしまった。


・・・そんなわけない・・・。

今の今までそこに暖炉の熱に包まれた暖かい部屋があった・・・熱を感じていた・・・。


そしてそれは、少女に見られたくない、見てはいけない、隠さなければならない光景だった?

紅い指輪はこの光景を見せるためにこの遺跡に少女を連れてきた?


その問いかけもむなしく目の前には暗闇の廃墟が広がるばかり。

・・・気がつくと紅い指輪の光も消えている。


そこに存在していたはずの光景が忽然と消える。
この島に来て以来、色々なことがあったか、これ以上に奇妙な光景は感じたことがなかった。


少女がこの島に来た目的、少女の探しである考古学者に逢うこと。
そして、その手掛かりとなるであろう写真立て。


核心に手をかけたところで証拠も手掛かりも何もかも消えてしまっていた。


しかし、消えていないこともあった
その写真立ては、この島に少女の目的となる人物がいることを示唆していた。
そしてその光景を見せたくない、隠さなければいけない人物がいるということも示していた。


レディボーンズが少女に向かって言った言葉を思い出す。

「危険ではないが大変な状況にある」

その言葉の裏付けとなるような確認が取れたといってもいい。


また、紅い指輪は確実に少女を目的地へ誘っているということも確認取れた。


目の前で消えてしまった手がかりであるが、消えたことで判ってきたこともある。少女は前向きに考えておこうと思った。


・・・その刹那、消えていた紅い指輪が再び光り輝き始めた。
光は今いる部屋を抜けて奥を照らしている。




そう言って、光の方向へゆっくりと進む少女。

埃まみれの廃墟はまだまだ奥がありそうだった。