知里幸恵さんは、明治39年に北海道旭川市にほど近い近文に生まれた聡明で誇り高いアイヌの娘さんでした。父方も母方も、アイヌの豪族であり、大酋長の家系でした。また、敬虔なクリスチャンとして、その信仰心により、早くからアイヌ人特有の宇宙観を純化し、自らの生き様としました。聡明ゆえの夭折でしょうか、僅か20歳の若さで、お空の星になってしまいました。このアイヌの伝承物語である「アイヌ神謡集」を唯一、生きた証しとして旅立つたのでした。美しい詩篇を大学ノートに、几帳面に言葉の意味やその文化的背景や、もちろん発音までローマ字でびっしりと書き残したのです。私の一番好きな詩篇は、梟の神様の自ら歌った謡「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに、」があります。彼女がこのアイヌ神謡集の序に書いた、出だしだけ、今日は紹介して、これからのブログの序とします。その昔この広い北海道は、私たちの祖先の自由の天地でありました。天真爛漫な稚児の様に、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は、真に自然の寵児、なんていう幸福な人たちであったでしょう…。(つづく)by 愛 龍悟 それでは、またお会いしましょう!

いやはぁー 沖縄のマイミクの「七凹み八起き」さんの緊急提案を

転載いたしますでがんす合格

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1055486316&owner_id=6493440

なまら素敵な提案だべさぁー 無血革命で 日本もチェンジ! Yes,We can!

超簡単革命(1)

 最近自分なりに大変なことに気が付いた。それは日本を変えるのに一番手っとり早い方法があって、それはテレビの見方を変えるだけで、政治がガラッと変わってしまうというものです。もちろん政治だけでなく経済ステムも景気もガラっと変わってしまうし、古狸みたいな政治家も消えて、ストレスも少なくなっていくという希望のある話です。
 もちろんそのために一つの条件があって、こういう番組があったらの話です。これから語るようなテレビ番組があったら、たった一つあるだけで、日本は本当に変わるだろうと思う。たった一つです。それで日本は見事に浮上する。

 で、どういう番組かですが、政党を超えて政策立案のたたき台を作ろうという番組です。出演者は、各政党幹事長クラスまたはその代理、そして民間の有識者等々です。これまでの番組概念と違うのは、本気で纏め上げるということです。叩き台というよりも、法案の素案を作り上げるということで、言いたい放題の主張は控え気味にしてもらって、折り合えそうなものを見つけ出すようなルールにします。政党独自の考え方はあるけども、時に折衷案がバランスが取れている場合だってあるから、基本は譲り合いながら落とし所を見つけていきます。とにかく言いたい放題はさけてもらって、評論分析も控えてもらって、そして確約を取っていく。そしてそれを破ったら、刑務所が待っているような権威があるといい。素案を詰めては国民に確認しそして修正し、そしてまた国民にアンケートを取って修正し、そうやって世論からブレナイような施策を作り上げていく番組であり、調子の良いことを言って後で国会でひっくり返すようなことをしたら、もう死刑にしたりします。そんな番組です。どうでしょうか?これで日本は簡単に変わるでしょう。(笑)

 ちょっと過激だったですが、2008年秋、世界の金融バブルがコケたことで、日本にもさまざまな問題が波及してきました。そこで今後、何が最重要課題なのか暫くの間分析していた。即急ぎの派遣切りの問題は別として、根本的に何が原因でこういう意味の分らない政治状態になってしまったのか考えていた。過去にも与野党がぶつかり合うことは何度もあったが、さすがに今度ばかりは黙って見ていられなくなってしまった。
 ところが分析しているうちに意外な結論が出てしまった。もし戦後のA級戦犯は誰かというのであれば、自分は文句なく「テレビ」だと言いたくなってきた。確かに政治家にも問題があるが、その政治家を国会議事堂で遊ばせているのは国民であり、その国民を育てたのはどちらかというとテレビなのではないか。要因はいろいろあるけども最大の戦犯は、敢えて言うならば、結局テレビというビックリ箱だと思った。これはそれだけ「影響力」が高いということからそんな結論を出すことにしました。
 そこでこの場を借りて改めて提案したい。それは以下のような番組を作って欲しいということです。コンセプトは、政治の施策は連立的にやってもらうということで、各政党幹事長クラス、あるいはその代理、そして霞が関のお役人、有識者や市民の代表等に集まって意見交換して貰いながら、徹底的に施策なり法案の一歩手前まで練り込んで行く番組をテレビ局にぜひ提案したい。

 市民参加のガラス張り的政治が必要なら、それこそテレビで、ゴールデン番組帯に、毎週7合目あたりまで纏め上げていくテレビ会議をしたら、政治家とお役人と国民の政治資質は上がるという結論です。
 リアルタイムな国民の意見や疑問を把握しながら、案件の擦り合わせを国民の目の前でやってもらえば、ほぼ世論を反映した施策が実施できるし、与野党の捩れ現象も関係がなくなる。もちろん後から誰もゴタゴタ出来ない。つまり大枠の方向性をテレビ会議で決めて、国会審議は、最終法案化に向けて詳細を決定していくというものだ。
 ここ最近の話であれば、選挙の先送り、天下りの問題、第二次補正予算の先送り、給付金問題、そして消費税の話、これからまたゴタゴタしそうな道路財源の予算審議、結局抽象的な言葉に振り回されて、基本線すらひっくり返していく政治の横暴を見ていると、無責任の一語に尽きる。そしてそれを黙認しているのがそもそも市民で、どうしてこういう政治家の暴走に手が出せなくなってしまったのだろうか?
 一言で言えば、政治権力に翻弄されている体質というのは、市民が無関心だからであるし、最初から政治家への突っ込みが弱く、観念的抽象論をスンナリ信じ込む市民の単純さにあるのだ。そして後になって政府方針はそうでないだの、税調の立場はこうだとか、手のひらを返す動きが出てきてすったもんだやっているわけだから、最初の段階から市民の目の名前で明確に約束させればいいだけのことなのだ。せっかくテレビがあるんだから、そのツールを最大限に使えばいいだけのことなのだ。
 もちろん、そんなルールなら霞が関や政府が、参加を渋ることは予想されるけども、それならば野党案で突っ走ればいいだけのことなのだ。大事なことは国民に説明することなのだから、それを拒否して勝手に法案を作ることは許されるものでは無いから、次の選挙で悲惨な状態になるだけなのだ。

 若者は政治には無関心なのが多い。自分もそうだった。正直言うと今でもほとんど新聞を読まない。若い頃はテレビと言えば、お笑いとかアニメとか音楽やスポーツ、映画といったものしか見なかったし、ニュースなんてまったく関心がなかったのだ。政治番組と言えば各政党の論客が出てきて、抽象論をとうとうと喋っているだけだから本当に面白くなかった。NHKの日曜討論は今でも完璧に見ない。
 だから政治的な番組はつまらないという既成観念は正しいだろうと思う。ありきたりな番組なら本当に無いほうがいいし、ただ政党の言い分を聞くだけの番組なら無くてもいいのだ。
 しかし本気モードの真剣勝負なら、話は違う。約束を違えたら、詐欺罪で訴えるぐらいの構えなら、政治家もビビるだろう。調子のいいことを言って後で話が違う流れになったら、二度とテレビに出演させなければいいのだから、厳しく突っ込めばビビりっぱなしになるだろう。政治家のそんな顔を見たくはないだろうか?僕は見たい。これほど面白い番組は無いわけで、政治に関心の無い人だってきっと興味を持つだろうと思う。
 つまり、どうして政治番組が面白く無いかというと、真剣勝負じゃ無いからなのだ。世界タイトルマッチ的にやればいいのであり、約束を破ったら最後、政治家引退ぐらいの背水の陣的真剣勝負の番組を作ればいいのだ。
 口を滑らそうが、嘘を言おうが、そんなタヌキみたいな政治家が政界に居座っているような世界は、若者は関心が持てるわけがないし、そしてその感性が正しく、そういう無責任番組に関心を持つ大人の感覚のほうが遙かに間違っているのだ。

 良く説明責任ということが語られるわけだけども、ほとんど大衆は理解できていないことが多いし、そしてすぐに忘れる。たとえば地方分権改革とか道州制ということになると、これまでの何十倍の説明責任が問われるもので、それをどこでやるんですか?ということになる。質疑応答系のテレビしか無いだろうし、徹底的にメリットデメリットを国民のほうも勉強するしかないだろう。専門家任せでは何時まで経っても良く分らないので、それを大衆に理解出来るような説明書がどうしても必要になってきており、文字の羅列では頭が痛くなるから、ある程度ビジュアル化する必要があるだろう。

 国の裁量権の大半が地方に移ってくるわけだから、国民に分りやすく、しかも手順を踏まえてプログラミングされていないと説得出来ないもので、とかく政治や社会問題は詰めていくと専門用語が出てきて、大半の人は理解放棄することが多いから、これからの作業は大変だと言える。特に若者世代は将来の運命がかかっているのだから、ビジュアルを最大限に生かしながら、理解してもらえる努力が必要になってきている。硬い話を平易に説明する能力が求められているし、判断を間違えると全て若い世代が苦しむ結果になるのだ。

 ということなので、毒には毒をでは無いけども、テレビを徹底的に活用することに尽きるだろう。言いたい放題の討論番組はもう止めて、確約させていく司会進行が求められる。政党が曖昧に逃げるとイメージを損ねるわけだからそれは政党の判断に任せたらいいだろう。もし後でゴタゴタするんであれば、番組で氏名を公表するのもいいし、霞が関の役人も逃げようが無いのだ。どうでしょうか?これだけでかなり政治が鮮明なものになるんじゃないだろうか?

 与野党両案、国民の目の前でテレビのテーブルに出してプレゼンテーションする落ち着いた番組が必要なのだが、時間の関係で大雑把なところしかいつも見えない。お互いに相手のせいだといつもなじってばかりで、真偽は常に見えない。これは政策であれば国会討論でやればいいのだけども、特に急を要する問題はリアルタイムで対応しなければならないから、政党を超えて落とし所を探るしかない。当然国会審議でやっているはずで、お金は無尽蔵にあるわけではないのだから、お互い譲歩して纏め上げる能力があるかどうかなのだから、時間をしっかり用意してあげればお互い譲歩せざるを得ないはずなのに、そういう場をテレビ界は提供すればいいのだ。
 ちゃんとした場を設定したうえで、国民も学習しながら、施策を詰めていけば子供のように駄々を捏ねられないはずなのだ。

 隠れてこそこそさせないテレビ番組を持てば、猫でも構造改革は出来るのであって、あまりにもテレビ機能を使いこなせていないから不思議なのだ。つまり垂れ流し的報道や言いたい放題の討論番組では通用しなくなっていて、纏め上げる力がこれから求められるし、予野党の意見をただ聞いているのではなくて、集中と選択する力であり、そういう司会進行の努力をテレビ界はまったくして来なかったのだ。むしろ逆で、火に油を注ぐようなことばかり質問してばかりいる。
 福祉国家を目指すなら、10%の消費税ならこうなり、20%の消費税なら社会保障はこのように厚くなるとか、世界の成功事例を紹介しながら、各政党の中長期プランを調整役である有識者がリードしつつ、最善の方向を国民全体で作り上げていく必要が出てきている。国会で対立させているのは国民でありマスコミだということに気が付かなければならないし、今までなら興味本位な番組で通用したかも知れないが、もうそんな尻切れトンボみたいな番組は役にも立たなくなっている時代に入っているということなのだ。

 テレビは変わらなければならない。「責任を持って語る、纏め上げる」能力が問われているわけで、抽象的な意見を政治家に幾ら聞いても仕様が無いし、ましてや第三者の評論的意見を幾ら聞いても時間の無駄だということに自分は気が付いた。言いたいことを言うぐらいなら馬鹿でも出来るわけで、纏め上げていく知性と行動力が本当は重要だろう。ニュース番組ですら、マイクを突き付けて争わせている感じがするのは私だけだろうか?
 とかくマスコミは対立させることを狙っているような職業病が見え隠れしていて、それが政界混乱に拍車をかけている場合が多い。つまり新聞・テレビマスコミこぞって政治ごっこしているのだ。この点本当に洗練された社会を作り出すべきだとマスコミも望んでいるなら襟を正さないとダメだろうし、二大政党制だろうが三大政党制だろうが十大政党制だろうが、本提案の立場からするとそれほどの重要度は無いし、選挙でどちらが勝つにしても、時間の問題で行き詰まるのは目に見えている。果たしてそんなどうでもいいような離合集散事で、どれほど時間と労力とお金を捨ててきただろうか?
 昨年からずっと政治家やマスコミやテレビの対応を観察していた。いつ選挙があるか?そんな話題が躍っていた。今でもそうだ。政治部の担当者が出てきて、タイムテーブルを前にして興味本位にひたすら遊んでいる。本当に、そんな姿勢でいいのだろうか?選挙に固執するのは政治家だけで十分であって、緊急課題は徹底的に歩み寄って、連立的にそれぞれが譲歩して詰めていくしかないのではないか?どうしてそれが出来ないのか?それはマスコミやテレビが基本的に戦わせているからに他ならないし、どうしてその欺瞞に気が付かないのだろう。
 討論やディスカッションも意見のすれ違いで終わることを容認してしまうなら、纏め上げていく能力が無いですと言っているのと同じだろう。ただ主張させるだけなら馬鹿でも出来るのであって、テレビの役目は民間からの知恵者を集めて、集約させる努力が本当は求められるだろう。しかし時折そんな気持ちになったとしても、単発的な特番では尻切れトンボになるしかないから、せめて週1回ぐらいは真剣勝負の番組を持つべきだということを今提言しているわけです。
 もし歩み寄りに政府が逃げるんだったら、野党案をどんどん進めて次の選挙でひっくり返ってもらえばいいだけのことだし、与野党どちらかがこの提案に賛同すれば立ちあがって行ける番組でもある。そして乗っかったほうが次の選挙に大勝することになるわけだから、否応も無く両陣営はこのテーブルに付かざるを得ない。視聴率だって、50%を超えるかも知れないのに、どうしてそんな番組を作らないのだろうかと思うのだ。本当に泣きたくなるほど、愚かしさを感じる。



 なまら素敵な提案だべさ 視聴率50%超えの番組を作る

しかも 既存のテレビ局の設備があれば良いだけで 制作費も

バカタレントの出演料の何十分の一かの 出演者のギャラだけで済むし

視聴率50%超えの番組なら どんなメーカーでも協賛を惜しまないだろうから

テレビ局も儲かる こんなええ話はないでないかい 

視聴者も ここでの政策決定により 即自分の生活に影響が出るから

真剣に監視しなければならない 今や経営者も労働者も無い 右も左も無い

保守も革新も無い 持続可能で 自然を豊かに保つ 経済活動を 

いかに実現するのかが 焦眉の急だべぇー 

おらも賛同して 応援するさぁー

極北の星のブログ
純国産機50Kg担いでLAXへ単身飛んだ! by Mustach仙人

ついに行って来ましたLAX(ロス・アンジェルス)!在住のテナー・サックス奏者ボブ・シェパードさん宅にオーディオシステム一式、約50Kgを自ら担いで3泊4日の強行軍を敢行して来ました。爆弾

往路の旅程は以下のとおり。

出発:9月12日(金)成田発 16:45 UA890便 LAX行き
到着:9月12日(金)10:35 LAX着

東京とLAXで時差16時間、日付け変更線を超えて、ひたすら東へ向け、空路所要時間約10時間のため、こんな現象を起こします。
とっても不思議な体験で、ちょっとハイな気分。
アップ

UAの機内食は、事務的に喉の奥にしまい込むだけのクオリティ。食べないと疲労が溜まるので、そそくさと流し込む。ワインを一杯飲んで、映画「カンフーパンダ」を見終えて、3時間ほど仮眠を取る。

席は5列席の真ん中。隣は、右が胴回り140cmはありそうなメタボな中南米人の若い男性、右側の肘掛けは溢れた贅肉に、完全に占領されて、使えない。最悪のパターンだけど、左が空席なので、かろうじて左の肘掛けを占拠できた。また前が壁で、短い足も幸いして、比較的楽に伸ばせる。エコノミー症候群を避けるため、足ブラ運動をこまめに繰り返す。そんなこんなしていると、あっという間に、LAX上空に到着。ランディングもスムーズで、とりあえず落命はないなといつものことだが、胸を撫で下ろしながら、UA機を後にする。

眼下に広がる西海岸(但し、写真は復路のANA機から撮影したもの)

入国審査後、手荷物3個口をピックアップし、税関検査を経て無事、11:50空港ロビーへ

レンタルCell phoneでボブさんに無事到着を知らせ、12:10荷物タクシーにてボブさん宅に直行13:00着

ボブさん宅の前の通り、実に閑静な住宅街の一画にある。

ボブさんの愛猫「ブラウニー」ちゃんが温かく、出迎えてくれたニコニコ

再会の挨拶もそこそこに、即開梱作業および仮セッティング作業に取りかかり、音出しするもCDトラポが読み取り不良。輸送途中の振動、衝撃?による TL-51X-MHTのトラブルか?先行きに暗雲一気に立ち籠める。
ボブさんの仕事行きのため、止むなく12日の作業はここで、一旦終了。16:30、ボブさんの車で5分のところにある、宿泊先のHoliday Inn へチェックイン。

瀟酒な佗づまいの滞在型リゾートホテル、Holiday inn BEVERLY GARLAND

シャワーを浴びて、19:30まで、仮眠。それにしても、分不相応に豪華なリゾート型ホテルです。しかも、キングズ・ベッドルームしか空いていなくて、優に大人4人が寝てもOKな広さ。2泊で380ドル。うむー高い!しかし、ボブさんの自宅から近いことを最優先にしたので、止むなし。両替した現金の残り僅か50ドルそこそこ。ケチるぞー!

シェラトン・ホテルのロビーで開かれたジャズライブ。まことにアットホームな雰囲気で、疲れも一気に吹き飛んだ音譜


夜20:30、ボブさんがダウンタウン近くのシェラトン・ホテルのロビーで友人達がライブをしているとのことで、ご招待していただく。ピアノ、テナーサックス、アコースティックギターと女性ボーカルという、こじんまりしたジャズライブで、観衆も約20人弱だが、アットホームな雰囲気で、スタンダードナンバーが演奏されてゆくにつれ、熱気を帯びる。22:30終了。この日は、機内で軽食の朝食を取ったのが、唯一の食事だから、もう腹ぺこで、カンパリソーダの一杯がはらわたに沁みる。目が回りそうだ。

値段はまずまずだが、そのボリュームには圧倒される。鶏の半身のローストとマッシュポテト、インゲン豆の塩茹で、 クラムチャウダーはボブさんとシェアしたが、半分でギブアップ。ラブラブ!

ボブさんも夕食がまだというので、ロスでも、有名な24時間オープンのファミレス「パントリィー」に直行する。ここは、1927年オープンというから、まさに老舗中の老舗。店内は深夜というのに、人種も様々、年齢も様々なお客でいっぱい。入り口で待つこと約10分。ようやく席に案内される。ボブさんのおごりで、私は、チキンのローストとクラムチャウダーを注文、約18ドル、ボブさんはチキンハンバーガーで、約11ドルと値段はまずまずだが、その量の多いことには驚いた。優に日本の倍はある。まったく繊細さとは無縁の世界だ。ふたりとも半分かたづけたところでギブアップ。残った料理はボーイさんに言って、テイクアウトし、翌日の朝食に化けた。夜1時前にホテルに送って貰い、TVでニュースを見て、就寝。実に長—い長—い一日が終わった。ぐぅぐぅ

翌13日(土)は、ドント・デスターブで朝11時半まで、ベッドでまどろむ。おかげで、疲れはすっかり取れた。今日こそ頑張るゾー!
ボブさんの仕事の都合で、本格的セッティングは14:00からスタート。依然、TL-51X-MHTの読み取りが不安定で、音が途切れる。内心は焦ったが、おくびにも出さず、中国人の指圧師よろしく、両手の指先で、TL-51X-MHTの天板の触診を試みる。筐体のあるポイントを押すと順調にプレイするが、そこを外れると途端に音が出なくなる。カバーを外して、内部を精査するが、見た目ではどこも異常がない。どうやら、CDトランスポートとDACを接続するデジタルケーブルが怪しい。そこで、ボブさん手持ちのケーブルに交換して見た。音は悪いが全く問題なくプレイできる。やっぱりオーディオFSKのデジタルケーブルの接触不良が原因だ。RCAピンケーブル端子を開けると案の定、半田付けが甘く、指で押すと、いとも簡単に線が外れてしまった。いわゆる芋半田だ。名人先生でも、上手の手から水が漏るということだ。半田付けをやり直して、再接続。やったー!!見事な鳴りっぷり。さすがFSKケーブルの本領発揮。不安そうに眺めていたボブさんの頬もゆるむ。よかったー、私も胸を撫で下ろす。合格


そこに、ボブさんの日本人の友人で、アキラさんが通訳のため、わざわざ車を駆って来てくれた。アキラさんはLAXに在住で、もう30年にもなるという。著名なミュージシャンのマネジャーを長年勤めて来た人物で、マイルス・デイビスのマネジャーも一時期勤めたこともあるという、スタジオ録音現場にも精通した人である。当然耳もいい。私のブロークン・イングリッシュもここで、封印。お陰で、ひたすら、システムの音のチューニングに専念できた。Fo.Qの制振材を適材適所に使って、音質を追い込んで行く。30分も経つと、音質は見違えるほどクリアーになり、奥行き感、音場感ともに増してきて、リアルな音楽空間がボブさんのリビングルームに立ち現れた。これには、ご両人とも、びっくりされていた。特に、ボブさんはお気に入りのCDを次から次へと掛けて、友人の癖のある演奏ぶりが聴こえて来たなどとご満悦だ。アキラさんにも、率直なところどうかと、感想を求めたところ、「日本でこんなに音の良いスピーカーが出来たのは初めてではないですか」と太鼓判を押してくれる。うーむ!はるばる太平洋を渡って50Kgのシステムを担いで来た甲斐があるというもの。チョキ

セッティング&チューニングが完了して、お約束の記念撮影。ボブさんの嬉しそうな笑顔が印象的だ。なを、今回ボブさんに納めたシステムの概要は次の通り。CEC TL-51X-MHT、DA-53-MHT、AMP-6300-MHT、MuseHeart S-2C-GSX、電源ボックス、オヤイデ電気OCB-1EXs、オーディオFSK、SPケーブル、デジタルケーブル、RCAピンケーブル、電源ケーブルである。

そこで、さらに彼らを驚かせるべく、Magicと称して、fo.Qのリマスター・リング「DS-25」のデモ、静電気除去シート「S.E.R.D」のデモとたたみかける。どれも彼ら二人を驚かせるのに十分だったが、最後のMagicと称して、実演して見せた10月中旬発売予定のMuseHeartのCD/DVDクリーニング液「Music Water」でCDをクリーニングして、見せたところ、これには二人とも、吃驚!大仰天で、ウケまくった。これは1液式で、CDの盤面に僅か2、3滴をたらし、柔らかな化粧用のパフ等で、万遍なく拭き、最後に乾いた眼鏡拭きで残った水滴を拭き取るというだけのもので、特にレーベル面もクリーニングするのが、味噌である。本当に信号面は、ピカピカになり、虹色が美しく輝く。するとどうだろう、これが同じCDだったのかと思われるほどに、音に鮮度が増し、今まで聴こえなかった微細な背景音までが聴こえて来て、リアルさが増すのだ。CDにもこんなにきちんとした情報が刻み込まれていたのかと驚かされる。何よりも演奏者の息づかいまでもが伝わってくるかのような雰囲気感が出てくる。企業秘密なので、詳しいことは余り、明かせないが、基本は超純水だから無味無臭の単なる水にしか見えない。ボブさん曰く、「It's Magic Water!」。いえいえ、これは「Music Water」ですって。60ml入りで、予価2,800円・税込を予定。乞う!ご期待!

最後に、ボブさんにシステムの感想を聴いてみた。
" These Museheart speakers have so much depth, detail and accuracy. The music feels real, absolutely pleasing."
「ミューズハート・スピーカーは、奥行き感があり、細部にいたる描写力、そして何よりも正確な再現力があり、音楽をリアルに感じ取ることが出来ます。完璧に満足です。」

ありがとう、ボブさん。制作者冥利に尽きるお言葉です。
クラッカー

ああ、まだ一つ、確認作業が残っていたです。DA-53-MHTにはUSB端子が搭載されていて、パソコンの音楽信号も再生できる。ボブさんの書斎はリビングルームの隣の部屋だから、Air-Macで飛ばして、ハードディスクに溜め込んだライブラリーの音楽を楽しめる。こちらも、ボブさんに取っては、大きな魅力のひとつ。もちろん、問題なく、いい音で再生が出来た。チューニング作業16:30完了。今回は、従来のラックにセッティングしたわけだが、新しく注文した楓材の家具が2週間後に納入されるというので、さらに見栄えも、音質もグレードアップ出来そうだ。今回のシステムは、見栄えもシンプル・イズ・ベストで、リフォームしたリビングルームを明るく爽やかに演出することが想像できる。ボブさんは、毎月1、2度友人を招いて、ホームパーティを開くというから宣伝方をよろしくお願いして来た。夢は芋づる式にLAXにミューズハート・スピーカーが拡販出来たらと、膨らむ。その日の夕食は、完成祝いに、ボブさんが行着けのイタリアン・レストランでご馳走してくれるというので、アキラさんと3人で連れ立った。こぎれいなレストランで、美味しいワインと炙りベーコン入り野菜サラダ、パルメザンチーズとソーセージ入りパスタ、そして特大のピザに舌鼓をうちながら、多いに語らった頬にLAXの夜風が、ひんやりと心地良かった。ラブラブ!(了)