東大名誉教授 西村肇氏の政策工房シンセシスより引用

http://jimnishimura.jp/soc_per/bye_oldj/4.html


古い日本人よ さようなら


日本の社会は、「やくざ風」倫理の社会



日本の杜会は、「やくざ風」倫理の社会

 私はヤクザ映画は好きではないが、映画俳優としての高倉健は嫌いではない。しかし、大 型ポスターで、あのヤクザ顔を、日本中にさらすのは、やめて欲しいと思う。特に、国際 空港の近くはやめて欲しい。「日本では、男の理想は、やくざ」という、あまり知られて欲しくないことを、大宣伝しているようなもの、だからである。

 江戸時代のやくざ


 日本の社会とやくざ、博徒との関係は古く、深い。江戸時代、農村では、賭博が盛んで あった。「ばくちを心得ざる者は百人のうち十人まで有まじく候」とも記されている。金が ないので、股引、手ぬぐい、茶わん、わら布団などを賭けたという。これですってんてんになった者は、村を離れて無宿者となり、村々を渡り歩いて賭博を生業とした。博徒、渡 世人である。武士以外の帯刀は、死罪であった当時なのに、不思議なことに、博徒だけは、 一様に、長脇差を差していた。これで、村人から金をゆすり取り、旅人を殺して金品をうばい、女をさらって、売春宿に売り飛ばしていた。博徒を、仁侠の徒としてえがく、テレ ビ、芝居の話は、うそっぱちである。


 もう一つのうそっぱちは、渡世人を一人で放浪する西部劇のアウトローの様に描くこと である。日本の渡世人は、必ず、どこかの親分の家に、わらじを脱いで、何々一家の一員 となっていた。今の男達が、どこかの会社に勤め、その一員として動いているのと同じことである。そして、親分の手足となって、悪事を働いた。そうすれぱ、三度三度の飯は食 えた。刀を差して歩けた。人情をもって遇せられた。過酷な年貢と賭博で、借金がかさみ、 首つり寸前になって、村を逃げ出した男にとって、ここは、まさにアジール(駆け込み寺)だったろう。自分を取り戻せる場所だったろう。そのかわり、捨てなければならないものがあった。それは家庭だった。


 このように、江戸時代、特に農村では、やくざは庶民の生活に深く食い込み、暴力によ る恐怖で人々を支配した。そこで、やくざの人間関係、儀礼、行動様式、言葉など、やく ざの倫理が、庶民の倫理に深く影響をおよぼした。やくざは戦闘集団であったから、敵味方の峻別、序列意識と上への絶対服従、全体のため「私」を殺すこと、内部の和、を重視 したが、これはそのまま、庶民の倫理の一つの理想となった。

 なぜ、日本の男は、やくざか


 明治になると、政府は、博徒を徹底的に刈り込んだので、やくざは激減したが、庶民の 間に、やくざの倫理の影響は残った。温床の最大なものは、軍隊であった。特に、最小末 端組織である内務班は、古参の下士官を頂点に、やくざ一家そっくりに、運営された。そこで、まず叩き込まれたのは、無条件の絶対服従である。どんなおかしなことでも、意見 を言ったり、逮巡すると、徹底的なリンチが待っていた。生きのびるには、理性を捨てる 必要があった。


 軍隊では、戦争に不要なものを、すべてシャバと呼んでいたが、教養も常識も生活もす べてシャバであった。そして軍隊が、日本の男達に叩き込んだのは、このシャバを捨てる ことであった。日本の男の、家庭軽視、生活軽視は、ここに根がある。


 敗戦で、軍隊がなくなったあと、やくざ倫理は、今度は会社、企業の中に生き残っシェ アー争いに生き残りをかける現在の企業と、その昔、血みどろの勢力争いに生きた、やく ざ一家との間には、その状況に通じるものがあるからである。敗戦直後、会社がまだ小さい間は、まさに会社が一家であった。やがて、会社が大きくなっても、一家意識はなくな りはせず、部、課などの末端組織が一家になった。上層部でも、社内派閥が一家になって、 すさまじい争いをしている。


 もう一つ、不思議なことに、思想的には、もっとも遠いはずの、新左翼や、戦闘的労働 組合の中に、やくざ倫理が、生き残った。弱者が、団結を強め、サバイバルをかけて戦う という意味で、同じ倫理が要求されたからだろう。


 こうして、上下意識、敵味方意識、減私奉公、シャバ軽視、家庭軽視、女性軽視などの、 やくざ意識は、日本の男の中に、絶えることなく生き残っている。

 日本の男が、やくざな証拠


 日本の男が、やくざだと、実感するのは、言葉の悪さからである。「うるせー」「ふざけ るな」という、やくざ言葉が、会杜でも、家庭でも、日常的に使われる。それも、ケンカ 相手にではなく、部下、子供など、弱い相手に向かっていう。さらにやくざなのは、赤提灯で、そこにいない人間を、対象にしての、悲憤徹慨である。「あいつ、近ごろ少し、のぼ せてんじゃねーか」「一つ、ヤキいれますか」。それでも、ものを言う方は、まだいい。「男 は黙って」いきなりキレるのは、始末悪い。腕っぷしには、自信あるのかもしれないがで も、かつて私が電車の中で与太者に暴行を受け、立ち向かったとき、助けてくれたのはア メリカ人だった。日本の男たちは「あっしに、かかわりないこと」と知らん顔だった。

 内なるやくざが、日本社会のガン


 このように「やくざ倫理」は、日本の男の間に深くしみこんでいるから、名前はともか く、これを、一つの歴史的遺産として、尊重し、継承するのも一つの考えだろう。問題な のは、それが、民主主義の制度と反りが合わないことである。


 第一に、こういう杜会は、重要なことを自分たちで相談して決めたり、変更したりする 白已決定能力に乏しい。本来は、会議での議論で、是非を決めるべきなのに、やくざ性の 強い社会では、議論とほ関係なく、派閥ができていて、議論の内容ではなく、敵か味方かだけで、賛否がきまり、会議が意味を失うからである。


 第二は、民主主義に必須な、自浄能力が、徹底的に欠如していることである。やくざ的 な社会では、悪い奴がいても、下から上へは何も言えないし、同輩は、かかわりを避ける し、上は、「根は悪くないやつだから」と罪を許す。人情を示し、忠誠を買うためである。その結果、悪は内向し、肥大化する。これが、日本の現状である。


 現在、日本システムの改革論議が盛んだが、「日本の杜会は、やくざ風倫理の抜けない社会だ」という認識がないかぎり、無駄な議論になるだろう。

hajime@jimnishimura.jp


(引用終わり)