何もないけれど、確かにここにある。それがわかる――とても不思議な感覚だったのです。
『良きものを見せてあげよう』
辺りに声が響きました。
これから、とても大きな喜ばしい計画を実行するのだと、そう声が聞こえました。
――いったい何をするのだろう?
生まれたばかりなのに、説明など何も受けてはいないのに何故だかとてもワクワクしていました。
これから始まるその出来事は、全てを変えるような、それでいて全てを包容するような素晴らしいことなのだと、私は知っていたのです。
『ああ、楽しい!』
弾むような声と共に、眼の前に大きな、金色の地図が広げられました。それはとてつもなく広大で、けれど何も描かれてはいません。
”いまここに――光、満ちて。そして、在る”
今度は、言葉にならずにその意識が届いたとき、
「すごい……!」
それは私が、初めて発した声でした。
真っさらだった巨大な金色の地図のあらゆる場所で、きらめきがスパークし始めたのです。
様々な色をし、あちこちに飛び交っていました。
『美しいだろう? 完璧だ』
とても満足気で、嬉しそうでした。
はい、と心から同意しました。それは簡単に表現することなど出来ないくらい、それほどに眩しい光景だったのですから。
『花畑を創るのと似ている。だが、誰も見たことがないものになるだろう』
これは光の宝石が、ひとつの場所から世界全土に解き放たれ、その宝石がどこに降り立ったのかを記す地図でした。
『さあ、もっともっと自由になれ。好きな場所に行きなさい』
ひとりでに地図が空に浮かんで左右に揺れると、また光は散らばってゆき、まるで万華鏡のように美しく、不思議な様相をしています。
『喜べば幸福を生み出し、微笑めばどんなものにだってなれよう。だが、根本は変わらない』
魔法の暗示をかけるように、偉大なものは祝福を与えました。
そして、私に頼みがあるとおっしゃったのです。
『私の代わりに、最も近いところで見守っておくれ』
この宝石のような光がその時を迎えられるよう、これから永遠に愛を注ぎ続けていくから、お前にだけはわかっていて欲しいのだと望まれ、私は、そのためなら何だってすることを誓いました。
その偉大なものの意思を継いで、長い時を羽ばたきました。
必要とされる場所に赴いては動き、望まれれば力を最大限に使い――形もなく、名前もなかった私は、いつしか天使と呼ばれるようになり、たくさんの仲間と共に、偉大なものの宝物を護り始めたのです。
「信じていますよ。愛していますよ」
偉大なものがいつも言っていた言葉をなぞるように、私は伝えてきました。
光の宝石は、その宝石自身の意思を持ち始め、 原初に偉大なものが込めた展望とは違う道へ進んだり、他の宝石と混じりあったりして、進化を続けています。
『これは想定以上に素晴らしいことだ』
偉大なものは大そう喜ばれ、私も歓びを感じていました。
ところが、少しずつ軸が乱れるように、嵐が起き始めたのです。『傷み、枯れる出来事の表面だけを見ないことだ。更なる愛の花を開くときを迎えるための、全てが成長であると』
幸福以外の気持ちを持ち合わせていなかったはずなのに、苦しみ涙を流す宝石の、本当の姿を知っている偉大なるものは言いました。
何がそんなに悲しいのだろうか?
どんなふうに苦しいのだろうか?
それはどうしてだろう? と、どれほど想像してもわかりません。
己に問うても、答えなど返って来ませんでした。
何故なら私は、痛みや不安を味わったことがないからです。
最善の方法を取るため、もっと傍に、触れられるほど近くまで行かせてくださいと頼みました。
その願いは、宝石たちと同じように尊重され、叶えられることが決まりましたが、それには条件があります。
今手にしている特別な力を眠らせていくこと。
それでいい。力を置いて、記憶を閉じて、どんなに重たくなろうとも構わない。これが私の幸せだからです。
強い志を持って、けれど絶対に宝石の意思を妨げることだけはしないことを約束して、私は眠りにつきました。
偉大なるものの願いを実現させるために、夢の世界へ旅立ったのです。
「私の存在は、あってはならない」
夢の世界で私は、暗闇を彷徨っていました。
自分にどれほどの価値があり、何を内包しているかも忘れて、”愛”を見失い、偉大なるものとの繋がりさえ気づかずに。
人として生きることに慣れず、失敗を繰り返していると思いこみながら、いつの間にか、夢を本物として捉えていたのです。
「人が怖い」
――本当に?
「人に嫌われるのが辛い」
――本当に?
「私は、罪を償うために生まれて来たの」
――本当に?
人間を恐ろしく思う度、自分を否定する度、ゴリゴリと心が削られていく音の向こうで、全く違う感情が伝えてくるのです。
『人が怖いのですか?』
『あなたの目的は何でしたか?』
『誰より人を愛しているのは誰ですか?』
『人とは、何ですか?』
『あなたは誰ですか?』
あなたは、誰ですか――?
”あなたは、 なんですよ”
頑なに閉じられ、干上がったハートの鍵が開けられました。
背中に隠していた羽根が、広がり始めたのです。
分析を止め。
批判するのを止め。
ない、と思うのを止め。
鳴り響いていたウェイクアップコールを無視するのをやめ、目覚めると、
”お還り”
私が、微笑んでいました。
私は初め、小さな、単純な細胞のようでした。 偉大なものの意思で出来上がった、粒です。
そして、形を成し、名前のなかった私は、やがて天使と呼ばれるようになりました。
そして、大好きな人間の元へ来る道を選んだのです。
光の宝石が何を思い、何を感じ、どんな場所でどんな風に成長しようと懸命に生きているのか。
それを見たかった。それを知りたかった――手助けができるように。
ないようで確かにある、偉大なるものがどれほどに慈しみ、楽しみに待っているのか。愛されているのかを伝えるために。
「やっぱり、私は最高に素晴らしい」
身を以って知りたいと望んだ唯一のあなた……偉大なるものの望みを代わりに叶えるためにここに来たのだと思い出しました。
誰がどんな意思を持とうとも、美しく、尊く、気高い輝きを放っている。
間違いなどなく、闇に見えようとそれは愛の光。
そう、これは偉大なる喜びの計画の過程であり、
Something great is you.
I am Something great.
いついかなる時も、最も善きことが為されている真実を思い出しました。
私は、この世界の、あなた方宝石の始まりに立ち会った者。
それはかけがえのない誇りであり、今でも私がここにいる理由なのです。