前の記事でも書きましたが
私は昨年10月に
自宅から車で10分ほどの病院に
就職を決めました

前に働いていた総合病院は
200床ほどの病院で
外科、内科、整形外科、婦人科、小児科
など、まあメジャーな科は揃っていて
各入院病棟もICUもあるような
中規模の病院でした

今回の就職先は150床ほどで
一般病棟(内科、耳鼻科)
回復期リハビリ病棟
長期療養病棟
透析室
という小規模な病院でした


就職を決めた理由は
日勤のみの看護師を募集していたから
これだけでした笑

せっかく体調が良くなったのに
また夜勤を始めて生活リズムが狂ったら
悪化するかもしれないし
旦那さんも夜勤には反対でした


求人を見て
まず電話で問い合わせをして
看護部長さんと面談させていただきました

日勤常勤という形で
当然、夜勤をしている職員よりも
基本給は少ないし、ボーナスも夏はなし
退職金もなし
ただ社会保険は正社員と同じで
産休、育休もとれるという条件でした

看護部長さんもすごく感じの良い方で
夜勤ができない事情もわかってくださり
日勤だけでも大歓迎!という感じだったので
就職を決めました


そして偶然にも、配属となった一般病棟に
高校からの友人が働いていて
心強いし、その友人も働きやすい職場と
言っていたので
またイチからがんばろう!と
気合いをいれていました



そして迎えた初出勤日

なんと同じ日から同じ病棟で
働き始める看護師さんがいて
しかも歳も近くて、
同じくらいの時期に結婚した新婚さん
共通点がたくさんある方で
これまた心強い♡
これはがんばれそうだ!と
油断しきっていました笑



そして病棟へ
感じの良さそうな師長さん登場
さらに油断する私
物腰の柔らかな40代くらいの方でした

オリエンテーションをしていただき
「詳しくいろいろ聞きたいから」と
3人で個室へ


そこで始まったのは
・以前どんな病院で働いていたか?
・どんな仕事を任されていたか?
・どんな看護をしたいか?
・どうして辞めたのか?
などの質問攻め

まあここまではわかります
情報収集ね、うんうん



しかし、さらに続いたのが
・家族構成
・家の場所、通勤時間
・妊娠の予定
などなど、とっても個人的な質問

師長さんと1対1の面談ならまだしも
いい人そうだとは言っても
まだ出会って数時間の人もいるし←
そんな個人情報的なこと
あんまり答えたくないなあと思いながらも
当たり障りない感じで答えていました

ここからは師長さんと私のやりとりを
ご覧ください


師長「家から10分なら通勤しやすくて
いいわね
旦那さんとふたりなら
まだまだ時間に余裕もあるだろうし
で、月に何回夜勤はできる?」

私「え?あ、申し訳ないのですが
私日勤のみという契約でして…」

師長「え?!夜勤できないの?!
なんで?!」

私「(伝わってないんかい!)
えーっと、夫も夜勤に反対していて
私自身も交代勤務をしながら
家のことをこなす自信がなくて…」

ここで身体のことが理由と
はっきり伝えればよかったのですが
出会って数時間の人に
病気のことを打ち明ける
勇気がありませんでした


師長「そんなの大丈夫でしょ〜
〇〇病院で夜勤してたんでしょ?
あんな忙しいところでしてたんなら
絶対大丈夫よ〜
それに今がお金の貯めどきよ?
子どもができたらそれこそ
夜勤もできなくなるし
お金もいっぱいかかるんだから」

私「(そんなことわかってるし
てか夜勤してたのは独身の頃だし
今は無理だっつってんのに)
それはそうなんですが…
主人と相談して夜勤はしないと
決めたので…すみません」

師長「…はあ(でかいため息)
夜勤できない人、いらないのよね正直
〇〇さん(一緒に入る人)は?
夜勤できるんでしょ?
〇〇さんも、結婚したばかりよね?
えーっと、お家はどのへん?
この住所なら30分くらいかかるわよね
それでも夜勤してくれるんでしょ?
理解のあるご主人ね〜
で、同じ新婚さんで
通勤距離も半分以下なのに
なんであなたは夜勤できないの?」

私「(やばいこの人会話できねー笑
てゆうかそういう契約で入ったし
給料も夜勤やってる人と
同じだけもらおうなんて思ってないのに
なんでそこまで言われなあかんわけ)
すみません…でも今ここで
やっぱりできますとは言えないので
もう一度主人と話し合ってみ…」

師長「うん、そうして(食い気味)
うちの病棟、夜勤やってない人
今こんなにいるのよ
見て、こーんなに(勤務表見せる)
まあみんな子育て中だから
仕方ないんだけど
ここにさらに夜勤できない人増やされても
正直困っちゃうのよね
夜勤してる子達が
疲弊してきちゃうじゃない
部長が日勤だけでいいって
言ったのかもしれないけど
勤務組むのは私だから
あなただけ夜勤なしってことには
できないのよ
まだお子さんもいないのに
不公平でしょ?そう思わない?」


お分りいただけたでしょうか
この師長のやばさ笑笑

ここまで言えば、やりますと
言うと思っていたのか
それでも首を縦に振らない私に
向こうもイラついてました笑

やばい帰りたい…
いやでも師長が嫌な人でも
一緒に働くスタッフがいい人なら
きっとがんばれる!
こんなやばい師長
スタッフに好かれてるわけない!

と自分に言い聞かせて
いざ、業務に入りますが
そこで待っていたのは
すさまじいカルチャーショックでした




長くなるので続きます笑





約3年ぶりにブログを開きました
ずーっと放置していたこのブログ
だれか見てくれてるのかな?
独り言でもいいので書こうと思います
お久しぶりです

この3年でいろんなことがありました
何から話せばいいのかな

ちょうど3年前は
前の職場を辞めようか
悩んでいた時期で
とても暗い内容のまま
更新をストップしていましたが
無事に、2016年12月末で退職して
2017年新年早々から
実家近くの皮膚科で働いていました
とても良い職場で
心も身体も楽になり
毎日楽しく働かせてもらいました

そして2018年を迎え
お付き合いしていた彼から
2月にプロポーズをしてもらいました
そこからトントン拍子に話は進み笑
翌月3月22日、私の28歳の誕生日に
入籍しました^^

彼の実家近くにアパートを借りて
引っ越したのですが
そこから職場までが遠くなってしまって
家にいる時間がとても短くて
とても良い職場だったのですが
考えた上で6月末で退職させてもらいました

そして8月に
結婚式を挙げることもできました


大切な家族と大好きな友達に祝福されて
そして隣に大切な人がいて
28年間生きてきて一番幸せな日になりました


9月にはハワイへ新婚旅行に行きました
控えめに言って最高でした笑


そして10月から
新しい職場で働くことになったのですが…
そこがとんでもない職場で
なんと3日で退職しました笑
それはまた詳しく書こうと思います笑

そして就職難民となった私を
救ってくれたのが
前の職場の皮膚科の先生でした
「パートでいいから戻ってこない?」と
声をかけていただいて
旦那さんの理解もあり
パートでのんびり働かせてもらっています

しかしその職場でも
その後いろいろあって
今扶養内パートという形で
本当に少しだけしか働いていないのですが
そのこともまた詳しく書こうと思います笑




そして現在
1月に念願の子どもを授かり
今妊娠3ヶ月です^^

IgA腎症の方は
前の総合病院を辞めて
皮膚科に転職してから
生活リズムが整って
ストレスも減ったためか
寛解状態を維持してくれて

主治医と相談して
入籍したと同時期ぐらいに
いつ子どもができても良いように
飲んでいた薬を全て止めました

あ、主治医は変わらず
大好きな先生のままです笑

先生も前の病院は退職されて
今は別の病院に勤務されていますが
私もちゃっかりそこの病院で
引き続き診てもらっています笑


病気がわかってから
ずっと飲み続けていた
ミカルディスを止めることは
すごく怖かったです

止めて悪化したらどうしよう
悪化してまたステロイドとかなったら
それこそ子どもを作るなんてできないし
でも止めないと妊娠はできないし…

って、思い悩んでいる私に先生は
「悪化するかもしれないけど
悪化した時はその時考える!
今余計なことは考えない!
今までいろんな治療をして
頑張ってきたのは
こういう時のため
これだけいい状態なんだから
絶対大丈夫」
といつもの真っ直ぐな目で言ってくれて
踏ん切りがつきました

旦那さんは
私の病気が悪化するかもしれないなら
無理に子どもは作らなくていい
ずっと二人でもいいと言ってくれて
その言葉にも
背中を押してもらいました



そして薬をやめても
私の腎臓は頑張ってくれて
少し尿蛋白は増えたものの
寛解状態を維持してくれました


妊娠したことで
腎炎が悪化する可能性は
十分あるみたいだけど
産婦人科と腎臓内科で注意深く
診ていけば大丈夫と言ってもらって
安心して身を任せています



この病気になって約7年
将来結婚できるのか出産できるのか
不安でいっぱいでした

結婚が決まったときも、幸せな反面
私も他の人と同じような幸せを
大好きな彼に与えることができるのか
不安もありました

でも、そんな私の全てを
受け入れてくれた旦那さん
感謝の気持ちしかありません


長くなりましたが
今IgA腎症と診断されて
治療を頑張っている方
不安でいっぱいな方

私も、そうでした
みんなと同じように広がっていた未来が
急になくなった気分で
悲しくて、つらくて

でもあの時の想いも経験も
全部今につながっていて
何ひとつ欠けても今の私はないと思います

がんばってくださいとか
いつかきっと良くなりますとか
そんなことは絶対言えません


でも、7年前の私に
今声をかけられるとしたら

わかってくれる人は必ずいる
見ていてくれる人も絶対いる
ひとりでがんばる必要なんてないし
もっともっと周りに頼って甘えて
楽して生きていけばいいんだよ
それでも苦しかったら
立ち止まってみてもいいんだよ
自分の身体を信じてあげてね

って、言ってあげたいです










皆さん
暖かいコメント
本当に本当にありがとうございます

今年に入ってから
涙腺がめっきり弱いです


すごくすごく考えました
信頼している人たちに
相談もしました

お母さん、お姉ちゃん夫婦
親友、同期

そして最後…
今日、先生に相談しました

先生、私間違ってますか?
まだ頑張った方がいいですか?


先生は、ゆっくり
私の話を聞いてくれました
否定も肯定もせず
何がしんどいのか
今、いちばんしたいことは何か
言葉を選びながら話す私を
ただ頷きながら
聞いてくれました


そして、先生の答えは、
こうでした

「個人的な意見を言うとね、
病棟にいてくれると
すごく心強いし
安心して頼めるから
辞めてしまうと考えると
すごく、すごく残念。
患者を任せる医者としては。
…でも、身体のことを考えて
さらに正直に言うと
無理してるなというのは
いつも思ってたし、
少し休んだ方が
いいんじゃないかと思ってた。
言わなかっただけで、本当に
いつも思ってた。
だから、少し休みたい
身体を大切にしたいというのは
正しい選択だと思う。
間違ってないと思うよ。
無理をして働き続けても
絶対に良いことはないし、
今我慢して、後々
もっと辛い思いをして
結局辞めることになったら
それこそもったいない。
能力もスキルもあるんだから
将来につなげるために
今、休むという選択は
正しいと思うよ。
いろんな人がいろんな手段で
引き止めてはくると思うけど
辞めると決めたら
頑張って辞めよう。
そうしよう、ね。辞めよう!」



先生の優しさ、あたたかさ
いつも感じているつもりだったけど
想像以上の優しさに
ずーっとざわざわしていた気持ちが
穏やかになっていくような
そんな気がしました

先生、ありがとう
私は先生にいつも
心も身体も救われています

病院のスタッフなのに
看護師が減ることは
先生にとっても
絶対良いことではないはずなのに
ちゃんと、意見をくれた
こんなまっすぐな人に
診てもらえて、私は幸せなんだと
忘れないようにしなきゃいけない


信頼してる人
みんなに共通していたのは
誰も、辞めない方がいいとは
言わなかったこと


辞めなければよかったと
将来後悔することが
あるかもしれない
でも、それは
あの時辞めておけばよかったと
後悔するよりは全然いい
その後悔は、きっと
取り返しのつかない後悔だから











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昨日、師長ともう一度話をして
いろいろ、言われました


どうしてもっと早く
相談してくれなかったのか

視野が狭い
考え方が硬い

研修に行ったのに辞めるなんて
社会人としてどうなのか

どうでもいい子なら止めない
必要な子だから止めてる

夜勤のない部署に異動してみて
それから考えてもいいんじゃないか




他にもいろいろ言われました
私も反撃しました
今私は師長に
相談をしてるわけじゃないし
辞めると決意したんだから
誰かに相談して変わることじゃないし
異動して解決することでもない


でも、さすがに
いちばん悔しかったのは
「病気と仕事両立してる人は
あなたが知らないだけで
たくさんいる」と言われたこと

「あなたより大変な人は
たくさんいる」って
言われたような気がして
他にも頑張ってる人は
たくさんいるのに
私は病気を理由に逃げ出すのかと
そういう意味にしか思えなくて
悔しくて、悔しくて
涙が止まらなかった


そんなこと分かってる
がんばってる人はたくさんいる
私より辛い人はきっと
数えきれないほどいる

病気を味方にするのは
ずるいこと?
自分の体を大切にしたい
っていうのは
辞める理由にはなりませんか?

もしかしたら
辞めたあと後悔するかもしれない

でも
辞めずに働き続けて
もし、もしも
将来後悔するようなことがあっても
病院は責任とってくれないでしょ
あの時辞めておけばと
後悔するのは私
苦しむのも私でしょ


私は、ずっと溺れています
病院は、異動とか、相談とか
救いの手を差し伸べている
つもりかもしれない

でも私、
その手に簡単にすがれるほど
素直じゃないし
その手を信頼もしていない
どうせ、助けたふりをして
すぐに手を離すとしか思えない

だから自力で
助かる方法を考えたのに

どこまでも引きずり込まれて
もう、息ができなくなる

手を離してください
この願いも届かない


私、間違ってたのかな




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ここ1年くらい、ずっと
ずっと悩んでいました


寛解に至っていないこと
頭痛や関節痛が続いてること
たまに微熱もでること
眠剤がないと眠れないこと
最近は
鎮痛剤を飲まないと
働けなくなっていること
体調が悪い日の方が
圧倒的に多いこと…


今まで、私の考えは
身体より仕事でした

病気になった時から
身体のことを理由に
仕事に支障が出ることが
一番嫌でした

何も諦めたくない
健康な人と同じように
看護師を続けたい
ただ、それだけでした


でも、最近
限界を感じるようになりました
心も、身体も

仕事のために体調を整える
それがしんどいと
思うようになりました 

日勤も準夜も深夜も
残業だらけで
任されることも大きくて
「無理をしないように」
と言われても
無理をしなければ
患者さんの命が守れない
自分の納得のいく仕事ができない

全力を出して働いて
休みの日は廃人のようになる

私の生活、これでいいの?って
思うようになりました


これからの人生と
今、全力で働くこと
天秤にかけて考えてみた
どっちが大切?
私を守れるのは
私しかいないんじゃないの?


考えて考えて考えて…
決めました

今年いっぱいで、
今の病院を退職します


それを今日、師長に伝えました
そして言われました

「しんどいんだろうなというのは
薄々気づいてたけど
気づかないふりをしてた
でも話が極端すぎる
もう少し手を抜いて
やってみたらどう?
夜勤の回数減らす?
部署異動してみる?
どうすれば楽に働ける?」


いろいろ言われました
なかなか納得してもらえず
もっと納得いく理由を言って
とも言われました

私のダメなところは
手を抜けないところです
ここにいる限りは
全力でやりたい
ほどほどに、適当にということが
できない
夜勤を減らしてもらっても
それは私の気持ちが辛い
心も身体も限界
一度病院を離れて、休みたい
それ以上でも
それ以下でもありませんと
はっきり伝えました

師長にはこう言われました
「言い方は悪いけど
どうでもいい子だったら
こんなに引き止めない
もっともっと
肩の力を抜いてでもいいから
辞めないでほしい
ただ、私がいつまでも
手放すことができずに
無理をさせ続けたことは
責任を感じる
今すぐにとも言わずに
3ヶ月後とも言わずに
1年後でいいからと
言ってくれたことも
あなたらしいと思う
でも、ごめん本当に
どうしても諦めきれない」

簡単に辞めれるとは
思ってなかったけど
こんなに説得されるとは
思ってなかったので
すごくすごく
罪悪感がつのります

きっとこれから
看護部長とも面談して
すごい説得に
合うこととは思いますが

ただ、もう気持ちが
変わることはないと思います


あと1年
全力で働いて
そして、そのあとは
もう少し自分を大切にする生活を
送れたらいいなと、思います



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今年の病棟からの初日の出
患者さんの幸せそうな笑顔を見て
私も幸せな気持ちになりました

皆様、今年もどうぞ
よろしくお願いします



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今年最後の休みを
体力回復に費やしまして
少しごはんが
食べられるようになりました

大晦日はなんと
日勤からの深夜入りです
絶対休めないので
出勤出来そうでよかった


さて今年もあと1日
ということで
年末恒例の
振り返りをしたいと思います!



1月
扁摘に向けて
コンディション調整してましたね
SMAPライブも行って
幸せ幸せでした
希望溢れる年の始まりでした

2月
おばあちゃんの体調が
少しずつ悪くなって
私も不明熱が続いて
扁摘が延期になって…
診察室で泣いたことも
今となっては良き思い出(笑)
でも、予定通り手術受けていたら
おばあちゃんを看取ることは
できなかったので
きっとおばあちゃんが
そういう風にしたんだと思います
ありがとう、おばあちゃん
24年間、溢れるほどの
愛をもらいました


3月
25歳のお誕生日
親友と滋賀に行きました
楽しかったな
オーストラリアにいる親友からも
お手紙が届いて
落ち込んでた心が
少しずつ晴れてきた1ヶ月


4月
何と言っても扁摘手術
想像以上に辛くて
なんで痛くもない扁桃を取って
こんな思いをしなきゃいけないんだと
本気で後悔しました(笑)
たくさんの人の愛に
またもや救われた入院期間でした
退院後にごはんが食べれなくて
ケトンが出てしまって
先生に「これじゃ意味ない」って
怒られたなー(笑)


5月
ようやく本調子に戻って
さあ仕事がんばるぞ!って時に
研修行け宣告されました
しかも千葉、しかも2ヶ月
行きたくないと泣きました


6月
いざ、千葉県船橋市へ
得意の人見知り全開で
辛かったことしか
記憶にございません
毎日毎日グループワーク、発表
地獄のようでした


7月
研修生の皆さんと
少しずつ打ち解け始めたけど
やっぱりホームシック!
もう都会無理!と
最後は半ば投げやりになりながら
念願の一時帰国(笑)
小学校の頃からの親友と
香川へ旅行に行きました
熱中症になりかけたけど
本当に楽しかった


8月
前半必死に働いて
やっぱり体調を崩し←
不明熱と貧血で
絶不調な中、再び千葉県へ
前期と比べてレベルの高い授業に
ついて行けず、毎日
「帰りたい」と泣いてました


9月
長くて研修もいよいよ終わり
最終日はなかなか寂しいもので
修了証をもらったときは
胸がいっぱいになりました
普段あんまり本気出さない私ですが
久しぶりに本気でがんばった夏でした


10月
大嫌いな夏が終わり涼しくなって
先輩の結婚式にお誘いいただいたり
親友のお誕生日をお祝いしたり
仕事は忙しくても
のんびり楽しいことが
多かったような気がします


11月
病棟に妊婦さんが増えて
おめでたいことなんやけど
夜勤の回数が激増して
誰かが休めば
ひとりマイナスでまわすしかない
病棟がそんな自転車操業状態
体調崩さないようにがんばらなきゃと
気合い入れ直してました(笑)


12月
気合いで気づかないふりをしてきた
風邪が猛威をふるい始め
現在に至るです(笑)



こうして振り返ってみると
2015年もなかなか
大変な1年でした

辛いことも悲しいことも
たくさんあったし
出逢いも別れもありました
あんまり気を抜く場面もなくて
その分成長できたのかなと思うけど
来年はもう少し
のんびりしたいというのが
正直なところです

1年を振り返って
あぁ疲れたなぁ…と思ったのは
初めてです(笑)


でも、今年度が終わるまでは
まだ気がぬけないので
まだまだがんばらなきゃなと
気合いを入れ直そうと思います


今年もたくさんの方々に
お世話になりました
私が生きていられるのは
私を支えてくれる
皆さんのおかげです
本当にありがとうございます

来年も、皆さんにとって
希望溢れる良い1年となりますように


2016年も
よろしくお願いします
良いお年をお迎えください♡











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お久しぶりです
皆さまお元気でしょうか
あと2日で2015年も終わりですね

私はこの年の瀬に
絶賛体調不良中です

まず、12月の初めから風邪をひく
→熱が出る→血尿が出る
→先生に診てもらう→検尿

でも検尿結果は
蛋白が思ったより増えてなくて
経過観察でOK!セーフ!←

だったんですが
そこからなかなか風邪が治らず
いつまでも咳が止まらない
咳で夜中目が覚めて
夜勤の仮眠でも眠れず、寝不足
そしてさらに風邪が治らない
という負のループに陥り

先週の土曜日
我慢の限界にきたので
そのへんにいた小児科の先生に
お薬を出してもらおうとしたら
おおごとになって
採血、レントゲン撮られて
咳喘息じゃないかとなって
まさかの吸入処方されて

咳がマシになったと思ったら
昨日から胃腸炎です

たまたま昨日当直だった先生に
診てもらって
休まないとダメだと言われて
こんな人手不足のなか
年末年始の仕事は
絶対に休めないと泣きついて←
点滴してもらって帰宅


たしかに
年末やからって
休みの日はあそびたくってました
忘年会3回くらいやりました
でも仕事もちゃんとしてました
でも身体の声は無視してました
ごめんなさい


風邪をひいたあたりから
身体の悲鳴は
聞こえてました
血尿が出てやばいと思いました
それでも仕事は休めないし
休みたくないし

でも仕事をがんばればがんばるほど
無力感を感じるばかりで
患者さんに何もしてあげられない
私は看護師に
向いてないんじゃないかなって
最近すごく思います

仕事に行くと
後輩のミスばかりが目に付きます
患者さんにもっとこうしてあげたい
って思うこと
たくさんあるのに
もっともっとちゃんと
話を聞いてあげたいのに
私は何もできていない

看護師として
後輩の見本になれるような
看護ができてるわけじゃないのに
ただただミスばかり見つけてしまう

患者さんには
私が担当で申し訳ない
後輩には
私が先輩で申し訳ない
上司や先輩には
もっとしっかりした後輩がいなくて
申し訳ない

申し訳ないばかりで
ごめんなさいばかり

休みの日も
次の仕事のことを考えると
眠れなくて
こうして体調が悪くなって

看護師であることと
元気でいること
比べるものではないけど
天秤にかけたら
私にとってどちらが大切なのか
どっちを選べばいいのか
もうわからなくなってきた

逃げたくないとも思うし
辞めてしまえば楽なのかもしれないと
思っている自分もいる


心身ともに
疲れが出た
そんな年の瀬です











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お久しぶりの更新です!
皆さんお元気でしょうか♡

私は、無事長期の研修が終わり
相変わらず毎日働いています


体調の方はというと
まず、8月の診察!
この時また謎の微熱が続いてまして
念のための採血
炎症反応は出てなかったけど
Hgb:8.9で、貧血進行
扁摘したときは11くらいあったのに
なんだこの下がり方(¬_¬)
フェリチンも低いので
鉄欠乏性でしょうってことで
とりあえず様子見
熱はセレコックス頓服で様子見

尿検査はいつもとあんまり変わらず
蛋白0.3g/creくらい出続けてますが
しばらくはARB(ミカルディス)の
内服のみで様子見ますと
先生最後にぼそっと
「もし悪化傾向なら…考えなきゃね」
怖い怖い←
もう何も聞きませんでした笑

体調が悪いようなら連絡で
定期の診察は11月です☻



研修終わって帰ってきて
病棟で先生に会って
あまりの嬉しさに「先生!」って
声かけてしまった←

「おー帰ってきたんやね!おかえり!
待ってたよー僕以上に
師長さんがすごく待ってたよー笑」

先生のこの言葉どおり
病棟はいろいろ大変やったみたいで
一応チームリーダーの私は
やらなきゃいけないことが
山積みになっていました笑

研修で増えた体重を減らすためにも
気張って働きます←



{836A9C04-3B5A-4116-8D3B-1930B6C8C2F3:01}
こないだ友達のお誕生日に行った
犬山城♡
良いお天気で癒されました



{C01FAD78-56DF-46C0-A10A-5737AA91D244:01}
負傷して病院通い中の
実家のねこちゃん
早く良くなりますように


寒くなってきたので
皆さん体調崩されないように
気をつけてくださいね










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人見知りあるあるーー



・「私、人見知りなんですけど、
がんばってるんです。」
なんて言う人は、
本物の人見知りではないと思う

・本物の人見知りは
「人見知りです」ってことも
言えやん

・自分も好きな芸能人とかの
話題で盛り上がってても
「私も好きなんです!」
とか絶対言えやん

・全然心開いてないけど
飲み会誘われたら断れやん

・席は端っこに座りたい

・飲み放題やのに全然頼めやん

・料理の味とか全然覚えてない

・なるべく話振られやんように
常ににこにこ

・「無口だね」って言われる

・無口なのではなく
ただの人見知りです

・結局満腹にもならず
飲み会終了する

・絶対元取れてない

・やっと帰れると思って
ちょっとホッとしたのに
財布の中に万札しかなくて
すごい汗かく

・帰宅した時の疲労感はんぱない

・同時に襲われる
「自分ってなんてダメ人間なんや」
という絶望感

・こんな思いするなら
ひとりにしてほしい

・そして体調もくずれていく



はい、とにかく限界なんです←


三重に帰りたい
知ってる人に会いたい
心から笑いたい

ホームシック全開です








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