旅行、美術館、書評 -4ページ目

国家予算を公共事業に重点を置くべきとする条約

本当かよといいたくなる、悲しくなさけない




http://www.tnagao.org/wake_02.html


「私が政治家を目指すことになった理由(わけ)」

 

-日米構造協議の存在-
1995年の秋、福島県郡山市のとある講演会で、1990年6月28日、時の海部内閣が調印した日米構造協議の存在を知ったのだ。その衝撃は凄まじく、その後は何かにとり憑かれたように、片っ端から資料を読みあさり、全国で様々な講演会、セミナーに参加し、自分でその是非を確かめたかった。インターネットが普及し始めたのもこの頃で、まだまだ高かった接続料を支払って何時間も資料探しをした。

「これは平成の不平等条約だ。日米修好通商条約に調印した井伊直弼の暗殺、桜田門外の変が何時起きてもおかしくない、いや待て待て待て、落ち着けっ、今は平成だっ、そんなはずはない。」だが、この不平等条約は確かに存在し、その後の日本を水面下でボディーブローのように日本を痛めつける悪法であり、今日の日本経済の堕落を裏付ける元凶のひとつとも言えるのだ。

日本が間違いなくトップランナーであった、1990年6月28日、時の海部内閣は日米構造協議を結んでしまった。これは、日本の国家予算をIT技術を始めとする、技術開発、普及に使わず、公共事業に重点を置くべきとする条約。 3年に一度のフォローアップ会議を行い、日本が本当に条約を励行しているかどうかチェックする。私は、この条約こそ、日本のお家芸である「モノづくり」、「技術開発」をストップさせた最大の原因であると認識している。つまりは、公共事業で儲けたい政治家・企業と、技術力で日本に遅れをとりたくないアメリカの利害が一致したのだ。

表面上、この日米構造協議は、アメリカの膨れ上がった貿易赤字を解消すべく日本側に経済構造を開放するのが目的とされている。具体的には、「大店法の撤廃」「政府、地方自治体による米国製スーパーコンピューターの入札参加の自由化」「商用通信衛星の購入の自由化」「米など農産物の自由化」という「市場開放」を迫るもの。そして、日本の国内においては、何故か、公共投資を、最大限度で増額することが要求されることになる。

農耕社会から、工業化社会へ、そして来る情報化社会へ移行する21世紀突入前に、アメリカは日本に遅れを取りたくなかった。森鴎外はインテリジェンスを情報と訳してしまった。ここに日本人の情報という言葉が伝える本当の意味が分断されてしまった。情報とは「戦略」なのである。日本の情報ハイウェイ構想をいち早く打ち出したのは通産官僚とNTTの若手。噂には現NTTドコモの立川社長も参加していたとも聞く。日本国内に光ファイバーを張り巡らせ、高速情報インフラを世界最高スピードにまで整備する。その情報伝達に呼応できる輸送手段のネットワークも同時に並行構築し、日本全土をネットワークで結んでしまうというものであった。これに特に、ゴア上院議員大変な危機感を覚えたという。

ゴア上院議員の父親も政治家でアメリカ全土に高速ハイウェイを張り巡らし、全米のトラック輸送網を整備した実績を持っていた。息子も来るべき情報化社会において覇権国アメリカの実現の為に情報ハイウェイ構想を持っていた。しかし、日本のその構想がはるかにそれを上回っていたのである。そして、アメリカは国家ぐるみで日本の情報化を遅らせようと躍起になってくるのであった。

日本の政治家が一番金になるもの、それは土木建築を中心とする公共事業である。アメリカはそこに目をつけた。アメリカの提案に、金丸信が今後10年間で430兆円はやれると豪語。しかし、ウェジントン米財務次官補は430兆円は小さいといったとか言わないとか。その時の日本の対外黒字 は1000億ドルを突破しそうなので、内需を拡大して必要がある (この辺の理屈がアメリカ中心主義)。モンデール駐日米大使が600兆円なら歓迎の発言し、公共投資基本計画の発表は総額630兆円と決まった。もうなんでもアリである。公共投資の財源の半分は、国際、地方債財政投融資等の利子付きの資金であり、将来の国民の負担となるなるのだ。

日本国民に対しては、表面上は、景気対策と訴える。馬鹿な国民もフンフンと何も考えずに頷いてしまう。公共投資により公共事業を行うことで、その事業に携わる企業だけでなく雇用も促進され、地域経済の活性化にもつながるという未だ続く理論そのマンマ。全くアホらしい。不勉強な政治家が民間が気づいていたITの重要性を無視し、目先の私利私欲に走り、国益を損ねたのだ。もちろん、公共投資拡大要求には、日本の大規模公共事業へ米企業を参入させる思惑もあったことは言うまでもない。

要は技術立国日本を確立するための予算を公共事業へ投じてしまったのである。お陰で日本のお家芸である技術開発が国際的に遅れをとってしまった。それどころか、情報ハイウェイ構想、ヒトゲノムがアメリカにパクられてしまったのである。 そして、日本は完全に国際競争力を失ってしまった。

私は大前研一氏が主催する政策集団「一新塾」に参加するのだが、ある機会を得て、日米構造協議に関し、尾身大臣に面と向かって質問をしたことがある。大臣は実に嫌な顔をしていた。「長尾さんがおっしゃる日米構造協議はいろいろな論議があった。ただ、当時アメリカは日本に負けまいとしてレーガノミックスの名の元に、数多くの改革を実現した。その結果アメリカの今日の繁栄がある。日本は私が先ほど示したような計画 (これが国立大学の民営化とか、その他たいしたことのない計画)で、アメリカに習い、 10年後には遅れを取り戻しているでしょう。」と、完全にシラバックレタ。大臣という立場である以上ここまでが限界であろう。それ程この問題は今日の日本のあり方に影響を及ぼしたものであるからだ。

あわよくば、当時のゴア上院議員が日本の情報ハイウェーネットワーク構想をパクった事。その延長線上にあるTCP/IP(インターネットの言語) を、アメリカの主導で普及させてしまったこと。エシュロンを可能にさせてしまったこと。ヒトゲノムの開発が特許庁役人のくだらない揉め事でアメリカに持っていかれたことも質問したかった。悲しいかな、これら事実を多くの国民は知らないのだ。

「なぜそんな条約を日本の政治家は結んだのだろうか?」単純な疑問だった。結局はアメリカと利害が一致した一部の政治家、官僚、企業が、今日の国際競争力のない日本を作り上げてしまったのである。我が国は孫子の代にまで借金を背負い、ハンデを背負いつつ勝ち残っていかなければならない現状にあるのだ。今日の自民党議員が未だに公共事業に縛られるのか、これ即ち、日米構造協議の副産物、副作用とも言えるのではないか。

私は日米構造協議の存在に覚醒されてしまった。大学時代モノづくりが支えた高度成長を研究した私にとって、資源のない日本のモノづくりに対する思いは人一倍強い。その「21世紀へのモノづくりを封印」し、「旧態前のモノづくりへと日本を封じ込める」アメリカのやり方が許せなかった。1990年、奇しくも失われた10年の始まりと合致する。情報は明らかに戦略として我々国民の前に君臨している。特に金融には、もはや兌換性など関係なく信用という情報がそのものの価値となってドル中心に全世界を還流している。そして、バブルは仕掛けられハジカサレ、日本は金融敗戦国となってしまったのだ。

私は俄然と、この国の本当の形を知りたくなったのである。父には国家観、歴史観を説かれ、大学では「モノづくり日本」を学んだ私だが、さて一介のサラリーマンに何ができるというのか?本当に我が国はこのままで良いのかだろうかと数年にわたって悶々と自問自答する日々が続く。インターネットでHPを立ち上げ情報発信を試みた。今日27万アクセスを超える大サイトに育てていただき、全国に100人を超える仲間を得た。政党を作ってみんなで立候補しようなどという身のほど知らずのことをのたまってもいた。草の根政治活動は4年ほど続けているが、やはり、不完全燃焼感が残る。現実味がないのだ。

「月の石」、鑑定の結果ニセモノと判明

この美術館にはいかないと



オランダ首相が米国大使から寄贈された「月の石」、鑑定の結果ニセモノと判明

http://www.technobahn.com/news/200908290732

アムステルダム国立美術館側は「どうしてこの石が月の石とされてしまったのかなど、ナゾが残るのも事実ではありますが、由来のあるものなので今後もこの石の所蔵を続けていきたいと思っています」と述べている。

http://www.rijksmuseum.nl/nieuwsenagenda/maansteen-nep?lang=nl



麻の訓読みは「を、あさ、そ」


徳島のあたりのは古墳が密集していて、邪馬台国四国説もあり

天皇がかわる時に行われる大嘗祭の神事に使われるおお麻の生地は代々、徳島の三木家
http://www.ab.auone-net.jp/~jmiki/index.html


ヘンプカーも最近知った

http://www.hemp.jp/hempcar.html



しかし 「を」 が 麻 とは今日知った。


以下

http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/miotukusi/090303/20090303036.html

より

いろは歌の謎

麻の訓読みは「を、あさ、そ」です。これを基に次の元歌を考えてみました。

 一、「色(いろ)は匂(にほ)えと散(ち)りぬる麻(を)」

 二、「我(わ)か世(よ)『は』垂麻常(たれをつね)ならむ」

 三、「麻(を)植(ゑ(え))の奥山今日越(おくやまけふこ)えて」

 四、「麻酒夢見(あさきゆめみ)し酔(ゑ)ひもせす」

 二を七語にするため『は』を加え、三には「有(う)為(ゐ(い))」を徳島県の郡名「麻植」に、いろは歌と読み(音名)が変わるのはこの二カ所だけです。麻植の代わりに麻生(をふ)や麻積(をみ)でも通じます。

 そしていろは歌の「誰(たれ)そ」と「浅(あさ)き」を同音異句の「垂麻」「麻酒」にしました。

 「垂麻」は少しの風でも揺れる麻で作られた帳垂絹(とばりたれぎぬ)のことで、「麻酒」は古代人間を酔わせる物とされた酒と麻からです。

麻は日本の文化

Dave

デーヴ この映画はいい。アメリカも日本も世界もこの時代以降、
くらいからどんどんおかしくなっていった。

シガーニー・ウィーヴァーの大統領夫人が美しい。
Gyao にて9月2日まで。
http://www.gyao.jp/sityou/catedetail/contents_id/cnt0068801/

ケビン・クライン/デーヴ

¥2,100

やろうとしてみなければ、なにもかわらない!


予算の調整など、本気になればできる



のりしおの闇

http://www.geocities.jp/o1180/index.html

この事件はどのようなことになるのであろうか



http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1250209357/l50x

829 :名無しさん@十周年:2009/08/15(土) 12:07:13 ID:sohV0XCKO

今回の内情をスピードグラファー作者は知っていて題材にしたんだな。



スピードグラファー、第1話は

アイズ ワイド シャット [DVD]
 のシーンの影響が感じられる。 
Gyao でも放映中
http://www.gyao.jp/sityou/catedetail/contents_id/cnt0068796/
ちなみにこのDVDはノーカットでへんなぼかしもないようなのでそれなりの購入価値はあると思います。
それより、なにより、やはり映像が美しい。
そういえば、この作品も冒頭、最中に白いクスリでモデルの女性がいきかける場面があり、
医師役のトム・クルーズに一命を救われるシーンがあった。

お塩容疑者はどうやらトム・クルーズのような役だったみたいだけど、お客さまへの対応が

必要だったとかいう話も、なんとなく食事にでたとかいう時間のながれからも、正解なの

かも。

さて
アポロを撮影したといわれるスタンリー・キューブリック監督の遺作あまり嘘がばれないので
目を開いてちゃんとみろだとか。
このアニメもこの隠喩を踏んでいるのかな

やはりこちらは煙幕

本当にわるいやつら
http://www.nikaidou.com/2009/08/post_3256.php
http://headlines.yahoo.co.jp/cm/main?d=20090808-00000001-oric-ent
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やはり、初音ミクの存在は大きい

初音ミク「白いクスリ」がアップ 酒井容疑者「碧いうさぎ」の替え歌
http://www.j-cast.com/2009/08/11047233.html


> 「ミク仕事選んでwww」というコメントも

たしかに

夫とチャネリング(霊の交信)するつもりはありません

なかなかおもしろい

原発ルネッサンスとプラハ演説

石油が米ドル以外でも購入できるようになってきたこともあり、次はウランということも

背景にあるとは思えるけれども、プラハを選ぶところはさすが。


歴史的演説となるか



酒井法子容疑者、経済損失10億円

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0908/10/news068.html

多鈕細文鏡の呪力

天皇はどこから来たか (新潮文庫)/長部 日出雄
¥540
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天皇はどこから来たか (新潮文庫)/長部 日出雄 の中で

「古鏡」 小林 行雄著 の多紐細文鏡  たちゅうさいもんきょう の使い方の記述を

敬意を籠めた引用として紹介している。


こういうふうに考えてくると、私には、弥生時代の日本人が、多鈕細文鏡をどのように
使用したかということが、ほぼ想像できるように思われる。


すなわち、まず紐が鏡の中心からかたよった位置に二個あるから、

紐をとおしてさげると、鏡の表面は、だいたい垂直近くなる。

その榊の枝にとりつけて、一人の女性が人々の前に姿をあらわしたとしよう。


それは、よく晴れた日でなくてはならない。

待ちかまえた人々は、おそるおそる巫女の姿をあおぎ見、つぎに鏡に眼をうつしたことであろう。

その時、巫女が榊の枝を静かに動かすと、一瞬に、鏡の面に反射された太陽のまばゆい光輝が、

人々の眼を射る。

はっと驚いた人々は、眼を閉じて平伏したであろう。

しかし、眼をとじてみても、開いてみても、網膜に焼きつけられた太陽の残像は、

あるいは緑に、あるいは紫に変化して、もう一度、いま見たものをたしかめようとしても、

ただ不思議な色彩が見えるばかりであったろう。


ようやく時間がたって、あたりの光景を、ふつうの状態に見ることができるようになった時には、

巫女の姿は鏡とともに消えている。


こうして人々は、巫女が太陽を自由にするほどの呪力をそなえていることを、

確信したにちがいない。太陽を支配するとは考えなかったとしても、人々が太陽にたいして、

稲の育成をすこやかにするように、十分な日照りをあたえてほしいと願う時には、

その願いを太陽につたえてくれるだけの能力を、この巫女がもっていることは、

信じえたと思うのである。


斎王の女神は、みずから身につけた鏡で陽光を眩しく反射させることによって、

太陽と一体化する。


なるほど、 多鈕細文鏡はこうした使い方をしたのかと。


太陽神は同時に穀霊神でもあった。

斎王の女神が祭祀と呪術、男王が政治と軍事を司る。聖俗二重体制。


先祖から知っている部族がいくら鏡で太陽神といっても、信じないかも

しれないが、遠いところから来た一族であれば、話は違ってくる ...

それで、

天孫降臨は日向の山峡高千穂であったのではと長部氏はつづける。
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