ぞっと…笑って下さい。道化猫くっきーの小説ブログ“笑う猫の夢”
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僕のワンワン3(中編小説)

さあ…この野郎どう出やがる?

華やかに飾り付けられた店内で
荒井の貧相で不気味な風体は異様な程に浮いていた。

俺の隣で酒を作っていた正美という三流野郎は
驚きの余り
その生白い手からマドラーを取り落とし、

指名の男の肩に手を回し、
何からかき口説いていた隣の席のじじいは
瞬時に目を丸くし、
ジロジロとこちらに見入っている。

客が増えると
日頃は、目を輝かせこちらに媚びを売りやがる待機席の連中も
一様に目を伏せている。

想像以上だ…

吹き出しそうになるのを懸命に押さえた俺は
軽く眉をしかめる明の肩を再び叩いた。

「よろしく頼むぜ!」

機嫌良く発した俺は
隣で固唾を飲む
正美の肩に手を回し親密気に話し掛け出す。

普段の俺ならこんなチンケな野郎はごめんこうむる。

だがこれは作戦だ。

そう…

明の野郎が
俺や正美を交えて
“4人で会話をする”
という
小狡い作戦に出られないようにする為だ。

「なあ…正美…」

「はい…」

ネズミのようなチンケな面がオドオドと応じる。

「実を言うと俺はお前が気に入ってんだ…」

俺はいかにもと言った感じで生白い頬を撫でる。

「え?明さんじゃないんですか…?」

瞬時に丸くなった目はますますネズミそっくりだ。

「んなわけねえだろ!俺は変にスレ切った野郎は嫌いなんだよ。男でも女でもな…こんな野郎陰で何してっか分かったもんじゃねえ…」

俺はそっと差し向かえの明を指差す。

思った通りだ…

差し向かえはまるでお通夜のようなムードだ。

何やら耳元で囁く明を見る事なく、
荒井が不愉快に顔をしかめながら面倒臭そうに応じている。

ただでさえ不気味な風体に、
不快オーラをこれでもかと撒き散らす野郎に
たじろぐ事なく、
精一杯接客に徹する明の“プロ意識”にはある意味感服だ…

しかし、
いかに奴でも今回は撃沈だろう。

荒井は俺と違い、
“男を可愛がる”趣味は一切ない。

野郎に接客されるなど、
奴にとっては“不快”以外何物でもないだろう。

しかも奴に
“上司のおごり”
という自覚は一切なく、
どこへ行っても王様気取りだ。

明の吠え面を想像した俺は
満面の笑みで正美に向き合った。

「なあ…そうだろ?俺はお前のようなウブな男が好きなんだ。」

「そうですよね!」

相変わらずチンケな面からオドオドとした表情が消え、
ネズミが別人のように声を張る。

こういう野郎は
ちょっとおだてるとすぐに調子に乗りやがる。

「実はね…僕純一さんの事が心配だったんですよ…」

「ん?何が心配だったんだ?」

嘲笑を癒しの笑みに変えた俺は
耳元で囁くネズミ野郎に優しく応じた。

「明さんの事です。実を言うと明さんには余り良くない噂が…」

良くない噂…

「なんの事だ!?」

確かにありそうだ…

あいつには
こんな“特殊な世界”でも浮き上がる程の
一種異様な“空気”が取り巻いている…

興味を持った俺は
思わず身を乗り出した。

その時、
これ以上ない程に
けたたましい笑い声が俺の耳を炸裂した。

明の声ではない…

まさか…

「こら!明!お前…!あんまりいい加減な事ばかり抜かすとぶっ飛ばすぞ!」

電光石火で差し向かいを凝視した俺は我が目を疑った。

荒井の奴が
眼鏡の奥の目を拭い、
空いた方の手で明の肩をバシバシと張りながら、
大口を開けて笑っていたのだ。

「やだなあ!荒井さんって段持ちなんでしょ?」

同じく顔をぐちゃぐちゃに崩した明が
華奢な手で応酬する。

「おうよ!こう見えても俺は極真の2段持ってるぜ!」

荒井が得意そうに
片手を挙げる。

奴がこんなに喋るのを
俺は未だかつて聞いた事がない…

「でしょう?荒井さんにぶっ飛ばされたら僕の顔めちゃくちゃになっちゃいますよぉ!」

明がまるで旧知の友人にでもするように
馴れ馴れしく荒井の肩を叩く。

「安心しろ。それ以上ぐちゃぐちゃになったりしねえから…」

俺の視線を感じたのか
慌てて抑揚のない声を出すが、
その薄汚い唇が
これ以上ない程に緩んでやがる事を、
俺は見逃さなかった。

「ひどいなぁ!僕こう見えてもあの人に似てるってよく言われるんですよ!え~と…今下火になってるけどよく売れてたピンの人!『アッサム!ニルギリ!僕ハンサム!』ってやってた人!」

「佐野劉光か?」

思わず俺は口を挟んだ。

「はい!そうです!」

「馬鹿野郎!全然似てないぜ!お前はどっちかと言うと『ブルースリー』の小さい方だよ!」

荒井が間髪入れずに突っ込む。

「ああ!林さんですね!相方をバシバシ叩く。それもよく言われます!でも雰囲気は『ハンバーマン』の黒髪の方って言われます。僕あんなに怪しい雰囲気してますかぁ?」

「お前はそれ以上だよ!」

荒井が再び明をバシバシと叩く。

こいつがこんな顔をする事があるのか…

横でネズミがなにやら言っていたようだが、

俺は
相も変わらずはしゃぐ荒井を呆然と見詰めていた…

僕のワンワン2(中編小説)

――くそっ!!

先程から幾度となく悪態をつく俺を、
隣のデスクに座る田原がオドオドと伺う。

「ジロジロ見てる暇があんならビラ配りでも行って来やがれ!!」

俺の怒声にびくりとした貧相な背中が脱兎のごとく駆け出す。

「けっ!」

夕べは散々だった。
ウサを晴らす為に
高い金を払った客であるこの俺が
何故あんなイカれたホモ野郎にコケにされる言われがある!?

「くそっ!」

なんとかあのホモ野郎に吠え面を掛かせる方法はないだろうか?

「ただいまです…」

「うわぁ!!」

出し抜けに背後から声を掛けられ
飛び上がった俺は振り返り様に怒鳴り付けた。

「てめえ!荒井!いつも言ってんだろうが!いきなり声を掛けんな!」

「はぁ…」

フケだらけのボサボサの髪、
ずり落ちそうな黒ぶち眼鏡、
その奥に沈む
ガマガエルを思わせる
陰気で粘着質な目。

そして、
その風貌を裏切らない
薄気味の悪い所作…

社内の女共はもちろん、
男からも敬遠される
この“給料泥棒”を
俺は近々社長に言ってクビにする肚だ。

俺はフッと溜め息を付いた。

「本当にお前ときたら…それなんとかならねえのか?」

「はぁ?」

ポカンと呆けるカエル面に
余計に胸が悪くなった俺はそれから目を反らした。

――こいつの上司である俺ですらこの様だ。こんな気味の悪い野郎に家訪なんかされた日にゃあ客は話を聞こうとするどころか…

――ん?

不意に思い至った素晴らしいアイデアに
俺はニンマリとほくそ笑んだ。

「おい!荒井!」

「はぁ?」

凄まじいまでの不気味な呆け面に
俺は頼もし気に笑い掛けた。

「お前今夜暇か?」

「は…はぁ…」

当然だ。
こんな野郎にアフター5の予定なんかある筈がない。

「今夜俺に付き合えよ。」

俺は頬を綻ばせて続けた。

「いい所へ連れてってやるぜ…」




「いらっしゃい…あら!純ちゃ~ん!」

「おう!今日は昨日の2人を呼んでくれよ。」

例によって揉み手で迎える支配人に、
俺は機嫌良く応じた。

「あらっ!お気に入りになったのね!正美ぃ~!明ぁ~!ご指名よ~ぉ!!」

甲高い支配人の声に苦笑する事5分…

「いらっしゃいませ!」

「…らっしゃい…せ…」

昨夜とは逆の順で
2つの声が重なる。

「純一さんまた来てくれたんだ!」

昨夜の事など
まるで忘れたかのように
野郎が無邪気な声を出す。

「おう!明!」

俺はいかにも気に入ったかのように
奴の肩をポンと叩く。

「昨日は悪かったな…」

俺の心にもない謝罪に対して
我が意を得たとばかりに
ほくそ笑むところを見ると
やはりまだまだガキだ…

「なんの事でしょう?僕酔っちゃってなんにも覚えてないんで…」

ぬかせ!
その空とぼけ面も今夜でお仕舞いだ。

「明…」

なるべく深刻な面を作った俺は奴に向き合った。

「俺も相当あちこちで飲んでるけどよ…お前程の奴は見た事はねえ…」

「ありがとうございます!」

いかにも嬉し気な笑みを作ってはいるが、
その細めた目の奥には
当然だと言わんばかりに何の感情も浮かんでいない。

どこまでも虫の好かねえ野郎だ。

「それでだな…お前を見込んで頼みがあんだよ…」

「なんでしょうか?」

瞬時に奴の目に警戒の色が浮かぶ。

「いや…実は今日は難しい奴を接待しねえといけなくてな…」

「はぁ…」

「地主なんだよ…」

もちろん大嘘だ。

「ああ…お仕事のご関係ですね。」

目から鼻に抜ける野郎だ。

大概の奴は
俺の職業を裏社会だと踏む。

「すごく気難しい奴でな…」

これはある意味本当だ。

「あいつをちゃんと接客出来る奴なんて俺の知ってる店には居ねえ…」

居るわけねえ…
あんな金にもならねえ根暗で薄気味悪い奴など…

「そのお客様を僕が担当させて頂ければいいんですね?」

なんだそんな事かと細い首をすくめる野郎に
俺はニンマリと応じた。

「さすがに物分かりがいいな!昨日はお前に会えて来た甲斐があったぜ!」

「僕もですよ。純一さんと知り合えて嬉しいです。では、その気難しいお客様と正美君と4人でこの出逢いに乾杯しましょう。」

奴が片膝をついて手をのべる。

相変わらず芝居掛かってやがる…

苦笑を冷笑に変えた俺は
席を立ち、
携帯の発信ボタンを押す。

「おう!荒井か。なんだ。お前まだ食ってやがんのか…段取り出来たからさっさと来いよ…」

俺はニヤリと笑って携帯を畳んだ…

僕のワンワン1(中編小説)

――遅い…

リビングの掛け時計は既に午前1時を回っている。

俺は余り丁寧とは言い難い仕草でテーブルの上の携帯を引き寄せた。

先程から幾度となく
ダイヤルした番号に
荒々しくリダイヤルボタンを叩き付ける。

数度のコール音に焦れる俺の耳に、
ようやく受話器を取り上げる気配の後、
聞き慣れた特徴のある声が応じた。

「はい…?」

「はいじゃねえだろ!てめえ!なんで電話に出やがらねえ!?今何時だと思ってんだ!?」

安堵と裏腹に
俺は電話の向こうの抑揚のない声を怒鳴り付ける。

「1時を少し回ったぐらい…」

相変わらず悠然とした声だ。

いつもながら俺の怒鳴り声など屁とも思わない様がありありと浮かび、
俺は更にムカムカとして来るのを禁じ得なかった。

「ああ!?てめえなめてんのかよ!!今どこに居んだよ!?おお?客とホテルでも行ってんじゃねえのか?こらぁ!」

「こんな時間にホテル行くんだったら泊まって来るよ。」

半分嫌味を含んだ罵声を片手でかわされた俺は
己の脳天に血が逆流するのを禁じ得なかった。

「おい!てめえ…てめえがどこの男と何をしようが勝手だけどよ…自分の立場を良く考えてからやるんだな…お前が少しでも妙な事しやがったら…」

「ミッキー達を殺すんだろ?」

出し抜けに背後から肩を叩かれた俺は
思わず飛び上がる。

「ただいま。僕のワンワン。」

「てめえ…!いつの間に…」

振り返ると案の定
見知った小柄な姿が
携帯を握りニヤニヤと俺を覗き込んでいた…



河原洋明…

ここ2年間同棲している俺の“恋人”だ。

奴と知り合ったのは
お決まり通り歌舞伎町のゲイバーだ。

その日俺はけったくその悪い事があり、
いつになくムカムカしていた。

少しでもムカムカを発散させるべく、
行き付けの店の門をくぐった。

「おい!涼呼べよ。」

気味の悪い猫なで声の支配人の追従を遮った俺は
いつも以上に荒々しく
己の土足を大理石のテーブルの上に叩き付けた。

「ごめんなさい…今ね。涼君指名が入ってるのよ。」

「ああ!?誰だよ?どうせハゲ散らかした安サラリーマンだろ!?」

寄りに寄ってこんな日に…

俺はすっかり薄くなった支配人の頭に向かって罵倒した。

「純ちゃんお願い…そんな事言わないで…その代わり新しく入った男の子2人つけるから…とってもいい子達だから!ゆっくりして行ってね!」

俺の返事を待たずに
逃げるように走り去る背中に
ひとしきり罵声を浴びた俺は仕方なしに
件の“大型新人”2人を待つ事にした。

「いらっしゃい…せ…」

「いらっしゃいませ。」

――なんだ!?これは?

「おい!この店は俺をなめてんのかよ!?」

「なんの事でしょう?」

席につく早々
俺に罵声を浴びせられた1人が
涼しい顔で俺を見返す。

先に来たもう1人は
無言で肩を振るわせ
しょぼくれた目を伏せている。

俺の怒りはしごく当然だ。
俺の好みは当時指名していた
18歳の涼のような
目の大きい今風の整った顔立ちと
俺の言う事に逐一頷いて応じる従順さだ。

しかし、
目の前で雁首揃える2人ときたら…

先に来た奴は箸にも棒にも掛からない奴だ。
容姿は言うに及ばず
客商売をしているという自覚がゼロな事は
一目瞭然だ。

後から来た奴が
殊更に涼しい顔で名刺を出す。

「いらっしゃいませ。純一さんですね?明と申します。」

別の意味でタチが悪そうな奴だ…

いや…
はっきり言って一番嫌いなタイプだ。

滅多に居ないタイプだが、
何故寄に寄ってこんなけったくそ悪い日に
ここにいやがる!?

「お前の名前なんか誰も聞いてねえよ!さっさとあっちへ行きやがれ!」

俺は今しがた奴が押し付けて来た名刺を真っ二つに破り捨てた。

気の弱い奴なら
これだけで涙目になるだろう。

さすがに奴も己の眉をしかめる。
いい様だ。

「あ~ぁ。困るなぁ…こんな事されたら…」

「文句あんのかよ!?俺も気に入った奴の名刺は大事に扱うぜ。」

俺は
無惨な姿でペルシャ絨毯に横たわる己の名刺を拾う野郎に
とどめを刺した。

「いや…それは別に構わないんですけど…」

構わない!?

俺は思わず奴の顔を覗き込む。

「いらないなら返して下さいよ。この名刺結構高いんですよ。」

奴の面はどこも痛んでないどころか
薄笑いすら浮かんでいた。

瞬時に
俺は己の脳内で何かが弾ける音を聞いた。

こういう野郎は徹底的に潰しておくのが俺のやり方だ。

「けっ!名刺代ぐれえで客に泣き言言うホモ野郎を飼ってるなんてこの店も落ちたもんだな!」

平静を装った俺は
奴の薄笑いに向かって更に吐き捨てた。

「まあ…お前には同情するぜ。お前結構いってんだろ?ひょっとしたら俺より年上じゃねえのか?それでその面じゃあ指名する物好きはいねえよな…しかもそんな安物のスーツじゃな…店もお前を入れた事を後悔してんじゃねえのか?」

さすがの俺もここまでの罵詈雑言を吐き捨てた事はない。
これで奴も参る筈…

しかし、
次の瞬間奴から発せられた声は
気色ばむどころか楽しげな響きすら含んでいた。

「がっかりしたな…」

「はぁ!?」

俺は不覚にも間の抜けた声を発した。

「純一さんパンチの効いた人だって聞いてたから僕、純一さんの席につかせてもらうのが楽しみだったのに…案外普通なんですね。」

「てめえ!そりゃあどういう事だ!」

俺は掴み掛からんばかりに奴を睨み据えた。

「普通の事だと言ったんです。僕が若くてイケメンだったらこんな所でお酌なんかしていませんよ。ジャニーズにでも入ってダンヒルのスーツでも着てますよ。ホモ野郎でも顔さえ良ければジャニーズには入れます。それに、僕はこう見てもまだ25歳です。」

25歳…?
遥かに年下だ…
いよいよこんな野郎に侮られる訳には行かない!

「嘘つけ!そんな講釈垂れやがる25歳が居るか!?見え透いた小細工しやがって…!」

「本当に25ですよ。良かったら証明書見せましょうか?」

俺の怒声に店内がシンとなる中、
奴がしゃあしゃあと続ける。

「まあ…信じてもらえなくてもしょうがないですね。純一さんには足元にも及ばないけど…僕も今まで相当悪い事して来ましたからね。」

明らかに挑発するような
奴の面に唾を吐きたい衝動を制した俺は
奴以上に挑発的な笑いを作り発した。

「ほ~!ぬかしたな。お前の度胸とやらを見せてもらおうか。」

俺は横でオタオタする木偶の坊に
白い紙を二枚用意するように命じた。

「ベルトを外せ。」

「僕は公衆の面前でする趣味はありません。」

相変わらず抑揚のない声で薄笑いを浮かべる明を
俺は怒鳴り付けた。

「馬鹿野郎!!誰がてめえなんか抱くと言った!」

「はぁ?」

訳が分からないと言った顔で首を傾げる奴に
俺は放った。

「男と男の勝負だ。」

先にベルトを外した俺は
己の毛を渾身の力で引き抜いた。

――つっ!!

瞬時に電撃が走る。

想像以上の痛みだ。

口が達者なだけの優男に耐えられる痛みではないだろう。

俺はニヤリと笑った。

「どうだ?てめえがその面床に擦り付けたらこの勝負なしにしてやってもいいぜ。」

しかし、
奴はフッと鼻を鳴らした。

「いいでしょう。受けましょう。」

「てめえ!分かってんのかよ!?抜いたそばからこの紙に乗せて行くんだぜ!」

「お客様のニーズには出来るだけ答えろと支配人から言われているんでね…」

相変わらず俺をムカムカさせる薄笑いを浮かべた明が
芝居掛かった所作で
己のベルトを外す。

――うっ!!

――うわっ!

――痛でえ…

言い出しっぺの己を呪いたくなる激痛に
俺は涙を禁じ得られなかった。

――この俺ですらこの様だ。奴はさぞかしべそかいてやがる…

ふと明を見た俺は
余りの事に肝を潰した。

奴の目の前の白い紙には
俺の分の三倍は積み上げられ、
奴は顔色一つ変える事なく
淡々と“作業”に没頭していた…

「おい…明…てめえ降参してもいいんだぜ…」

情けなく発する俺の声に
ふと顔を上げた明が俺をじっと見返す。

全体的に造りは小さいが
ふとした瞬間に見え隠れする淫靡さと凄味を織り交ぜたような切れ長の目…

確かに今風の整った顔立ちではない。

だが
ある種の野郎共にとっては
人形のように整った面以上に本能を刺激されるだろう…

場違いな思考を振り払うべく
頭を振った俺を
しばし観察していた明が
突然破顔する。

「良かった!純一さんがいつそう言ってくれるか…僕ずっと待ってたんですよ!」

「あ…?」

想像だにしなかった言葉に俺は呆然と奴を見詰める。

「見栄張ってポーカーフェイスにしてたけど、僕もう痛くて痛くて…やっぱり純一さん本当は優しい人だったんだ!はい!降参で~す!!」

先程までの人を食ったような表情はすっかり消え、
奴は無邪気な所作で両手を上げた。

「それに大事な商売道具だし…」

女のようにペロリと舌を出す明の手に
俺は幾らかの高額紙幣を握らせる。

「商売道具に傷を付けて悪かったな。慰謝料だ。」

瞬時に奴の顔が強張る。

――少なかったか?

俺は先程の倍近い紙幣を
今度はテーブルの上に叩き付けた。

「余り欲をこくなよ。これ以上とぬかしやがったらお前は今夜無事に帰れなくなるぜ。」

精一杯の凄味を効かせた俺を強張った面で見据えていた明が
突然無邪気な声を出す。

「純一さん…」

「ん?」

「これ僕が稼いだお金ですよね?」

「あ…ああ…」

「じゃあ好きに使っていいんだ?」

奴の言わんとする事が皆目掴めない俺は
頷くより他はなかった。

「すいませ~ん!!大きい灰皿下さ~い!」

固唾を飲む店内を
奴の低いくせによく通る声が響き渡る。

慌て灰皿を片手に走る黒服の手からそれを受け取った明が
黒いスーツのポケットから2枚の紙片をゆっくりと取り出す。

よく見ると
俺が先程破り捨てた名刺だ。

――何をする気だ!?

手元を凝視する俺などまるで居ないかのように
口元に薄笑いを浮かべた奴がそれに火を付ける。

「うわぁ!よく燃える!」

どこかタガが外れたような歓声を上げた奴が
更に悠然とした所作で
テーブルの上の紙幣をわし掴む。

――!!!

名刺をなぶるようにまとわりついていた炎が
パッと火柱を上げ、
歓喜に満ちたかのようにクリスタルの灰皿を
キラキラと揺るがす。

「お札のキャンプファイヤーだ!!」

「て…てめえ!!」

しばし呆然とその様を見詰めていた俺がハッと我に返る。

「見て!純一さん!きれいでしょう?」

無邪気な声とは裏腹に
奴が嘲るような目で俺を見据える。

「あっ!12時だ!終電の時間だから僕失礼します。純一さん…ありがとうございました。」

先程以上に芝居掛かった仕種で
膝を付き深々と頭を下げた明が
数秒の間俺を覗き込む。

テーブルの上で燃え盛るクリスタルの光に反射した感情の読み取れない目を
俺はぼんやりと見返す事しか出来ないでいた…
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